第10話 イケおじ

   ◆◆◆



「…………」

「ねえ、まだ沈んでんの?」

「だってぇ……」



 ダンジョンから帰ってきた美空は、親友の八百音を呼び出して愚痴っていた。

 愚痴というか、このモヤモヤをぶつける相手が欲しかったのだ。八百音は性格がサッパリしているし、美空のことをよくわかってるから、愚痴っても何も問題ない。

 思った通り、八百音は「へぇ」って感じで話を聞いてくれる。愚痴るにはもってこいだ。


 一通り愚痴った美空は、ソファーで三角座りをして落ち込む。

 隣に座っている八百音は、コーヒーをすすって美空に声を掛けた。



「鬼さんが、仕事上の関係がある人とはご飯に行けないって言ったんでしょ? じゃあ諦めな」

「仕事だけの関係なんかじゃないもんっ。警備員さんとお客さんの関係だもん……!」

「それを仕事上の関係って言うんじゃないの?」

「……確かに。でもぉ〜……!」



 何度も助けられたし、何度もアドバイスを貰った。

 いくら歳が離れていると言っても、彼のことをもっと知りたいというのは、当たり前の感情だろう。……自分だけだろうか?

 美空はクッションに顔を埋め、誘った時のことを思い出していた。



 ──数時間前──



「どっ、どうしてですか……?」



 まさか断られると思わず、愕然とする美空。

 鬼さんは困ったように笑い、頬を掻いた。



「プライベートで仕事上の相手とは付き合わない様にしているので……申し訳ありません」

「し、仕事って……わ、私はダンジョン攻略者兼DTuberですっ。鬼さんと仕事の関係なんて……!」

「そう、あなたはダンジョン攻略者だ。そして私は、ダンジョン警備員。ダンジョンで関わってしまった時点で、私と美空さんは仕事上の関わりを持ったことになります」



 ご理解ください。と申し訳なさそうに謝る鬼さん。

 男を誘ったことなんてないが、まさか断られるとは思わなかった。

 自分の容姿やプロポーションには自信があるし、高校の友達にも羨まれるくらい整っている。

 けど、どうしても諦めきれない。なんでここまで鬼さんに執着するのか自分でもわからないが。

 ふと、美空の頭に悪い考えが過ぎった。



(なら──脅す!)



 本当に悪い考えだ。



「そ、そんなこと言っていいんですか。私の誘いを断れば、大変なことになりますよ」

「大変なこととは?」

「あの配信……見ようによっては、鬼さんが私を危険な場所に連れていったように見えます。このことをスレやSNSで拡散すれば、たちまち炎上して……!」

「構いませんよ」

「……へ……?」



 今、なんと言ったのだろうか。美空は自分の耳を疑った。

 今の世の中、炎上は誰もが恐れる。ネットリテラシーなんてどこへやら、瞬く間に個人情報が晒され、正義という名の匿名の暴力で叩かれる。だというのに、構わないという人は、初めて見た。



「あなたがそうしたいと言うのであれば、どうぞお好きなように。私はインターネットをやりませんし、顔も見えない方々に何を言われようとなんとも思いません。もし実際に危害を加えようとして来ても、そんな方々に負けるつもりもありませんから」



 にかやかな、それでいて自信があり、圧のある言葉。まさに大人の対応に、美空は羞恥心で顔が熱くなった。

 助けてくれて、いろんなことを教えてくれて、鬼さんのおかげでチャンネルもバズって、チャンネル登録者数もうなぎ登り。卑しい話になるが、お金に関しては今後心配することはない。


 そんな人生のパーソンと言える人に、自分はなんてことを言ってしまったんだろう。



「ご……ごめんなさい。ウチ……」

「いえ、気にしないでください。ですが、1つアドバイスをしましょう」

「アドバイス、ですか?」



 いつも通り、にこやかに笑う鬼さんの頬が、少しだけ赤らんだ。



「あなたは若く、美しい。こんなおじさんを食事に誘うより、より良い男性はたくさんいますよ──」



 ──今──



「とか言っちゃってさあああああああ!!!!」

「うっさ」



 突然の美空の大声に、八百音は眉をひそめる。

 自分は今何を聞かされているのだろうか。そんな気持ちになった。

 手に持っていた雑誌を閉じ、クッションを手に暴れる美空にジト目を向けた。



「鬼さんがイケおじなのはよくわかった。けどあんた、普段から可愛いとか言われ慣れてるでしょ。学校の奴らとかに何回告白された?」

「あんな奴らと鬼さんを一緒にしないで!」

「あ、はい」



 美空の剣幕に、八百音は身を竦めて下がった。

 確かに言葉は同じかもしれない。が、鬼さんとその他諸々とでは、篭っている感情の大きさが違うのだ。

 あんなに真っ直ぐ、自分の中に入ってくる言葉、初めてだった。

 思い出すだけでも体が火照る。こんな感情、初めてだ。



「はぁ〜……鬼さんって、ご家族とかいるのかな……?」

「さあね」

「ピチピチのJKとか興味ないのかなぁ……」

「知らんけど」

「……ウチ、もしや枯れ専?」

「そうなんじゃない」

「ちょっとは興味持てオラー! へぶっ!」



 襲いかかろうとした瞬間、目の前に砂の壁が現れて阻まれた。相変わらず、鋼鉄みたいに硬い砂だ。



「鬼さんにお熱なのもいいけど、あんたの目標は鬼さんとのお付き合いじゃないでしょ」

「う、そうだけど……」

「下層に行くのが当面の目標なら、どうやったらそこに行けるのかを考えなきゃ」



 八百音は自分のデバイスを操作すると、目の前にとあるDTuberのチャンネルを表示した。

 下層で活動している、人気DTuberのモチャだ。

 美空より小さい体躯にも関わらず、使う得物は身の丈を超えるほどの大鎚。それを笑顔で、しかも片手で操っているのだ。

 片腕で、狂化しているキメラを相手に戦っている。──否、遊んでいる。

 まるでペットと遊ぶようにキメラの攻撃を避け、脚を払い、転がす。

 今の自分では、到底できない芸当だ。



「美空。この人たちに憧れるもいいし、恋に溺れるのもいい。けど、あんたの目標だけはあんたのものだよ。そこから逃げたら絶対に叶えられない。わかるでしょ?」

「……うん、そうだよね……ありがとう、八百音。ウチ、もうブレないよ」

「……そっか。それじゃあ、ご飯行こう。お腹空いた」



 少し熱いことを言ってしまった自分を恥じているのか、八百音は立ち上がってそっぽを向いてしまった。耳まで赤くなってるから、隠せてはいないのだが。

 美空はそっと笑い、八百音を追って外に出た。



「どこ行く? 和食?」

「なんでそんなおじいさんなの。肉でしょ、肉」

「八百音、肉ばっか食べ過ぎ。太るよ」

「私としては、太りたいくらいだけどね」

「今、全ウチを敵に回したぞ……!」



 羨ましい悩みだ。美空は運動しなければ直ぐに太ってしまうのに。

 幸い、ダンジョン攻略はいい運動になっているから、劇的に太りはしないが。


 2人でどこに行くかを話し合いながら、アパートを出発する。──と、その時だった。



「おや?」

「あ」

「え?」



 反対側から来た男と、目が合った。

 見たことある、どころではない。ついさっきまで話していた、中年の彼は……鬼さんだった。



「おっ、鬼さん……!?」

「あはは……どうも、美空さん」


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