第11話 ヒント

 いつもの兵服ではない。ビシッと決めたスーツに、ロングコート。手には皮の手袋グローブを身に付けている。

 普段とは違う姿に、美空の心臓は変に高鳴った。



「どどどどっ、どうしてここに……!?」

「仕事明けで帰るところでして。まさか美空さんが、この辺に住んでいるとは思いませんでした」

「わ、私もです……」



 無意識に前髪を直している自分に気付き、慌てて手を下ろした。これでは、鬼さんを意識しているみたいではないか。



「今から、お出掛けですか?」

「は、はい。友人と食事に」



 美空の言葉に、鬼さんが八百音に視線を向けた。

 八百音はにこやかに笑い、1歩前に出る。



「初めまして……という感じはしませんね。美空の動画で拝見させて頂きました、鬼さん。美空の友人の、八百音と申します。鬼さんは……動画で見るより、ずっとカッコイイですね」

「初めまして。いやはや、人の配信とは言え、一方的に知られるというのは恥ずかしいものがありますね」



 いつになくお淑やかな八百音と、彼女の言葉を本気にせず受け流す鬼さん。

 美空には、2人が(特に八百音が)ずっと歳上の様に感じた。

 それがなんとなく面白くない。鬼さんと八百音が仲良くするのはいいことなのに。



「お、鬼さんっ。お仕事終わりなら、一緒に食事でも……!」

「申し訳ありません」

「あ……そ、そうですよね……」



 いくら仕事終わりだとしても、仕事上の繋がりがあることには変わりない。

 美空はそっとため息をつくと、それを横目で見ていた八百音が肩を竦めた。



「でしたら鬼さん、私とはどうですか?」

「はい?」

「私でしたら仕事上の繋がりはありませんし、いいですよね?」

「しかし……」

「それと」



 八百音は鬼さんに更に1歩近付くと、美空に聞こえないように耳元に口を寄せた。



「余り女の子からのお誘いを断るのは、恥の上塗りになりますよ」

「それは、彼女のですか?」

「彼女と、あなたです」

「……これ以上断ると、私の程度が知れますか……なかなか強かな女性ですね、あなたは」

「それが取り柄なもので」



 さすがにもう無理だと悟ったのか、鬼さんはそっと息を吐いてほがらかに笑った。



「それでしたら、ご一緒させてください」

「こちらこそ。美空もいいよね?」

「……え……あ。う、うんっ」



 一連の会話は聞こえていなかった美空は唖然としていたが、直ぐに頷いた。



「それじゃあ、行きましょう。どこに行くかは決まってるのですか?」

「焼肉に行こうかと思ってまして」

「いいですね、肉は。タンパク質は体を構成する大事な栄養ですから」



 なんだかんだ乗り気な鬼さんだった。

 彼を横目に、八百音が美空に視線を向けると、軽くウインクをする。それですべてを察した美空が、感謝の視線を八百音に向けた。



(さ、さすが八百音、スマートすぎる……!)

(今度パフェね)

(もち!)



 さっきまでのブレないと決めた気持ちはどこへやら。今はただ1人の女の子として、気になる人との食事が楽しみで仕方なかった。



   ◆◆◆



 場所を移動し、焼肉屋へやって来た3人。

 鬼さんの計らいで、高級焼肉店の個室に入れた。しかも、顔パスで。こんな高級店に来るなんて思ってもおらず、美空と八百音は少し萎縮していた。



「だ、大丈夫かな。ウチ、ここ払えるだけのお金……」

「わ、私だって手持ち少ないよ」



 個室に通された2人は、周りを見渡して落ち着かない。

 そんな2人を見た鬼さんは、にこやかに笑いかけた。



「私の奢りなので、お気になさらず」

「そっ、そんなっ。お金は払いますよ……!」

「私は大人で、あなた方は子供。ここは存分に甘えてください」



 好きなものをどうぞ、とホログラムディスプレイを表示して、2人に提示する。

 どれもこれも美味しそうな肉だらけ。代わりに値も張るが、食欲には勝てないのが人間だ。2人は顔を見合せ、おずおずと注文し始めた。


 いくつか注文をすると、数分で配膳ロボがやって来て、注文した肉やごはんが並べられる。

 宝石のように輝く肉が、瞬く間に食卓は埋め尽くしていく。



「さあ、どうぞ食べてください」

「いっ、いただきます……!」

「いただきます」



 熱された網に肉を乗せる。

 耳障りのいい肉の焼ける匂いと、鼻腔をくすぐる芳ばしい匂いが食欲をそそる。

 美空と八百音は、食欲旺盛な年頃の女の子だ。焼肉の持つ圧倒的かつ魅力的なパワーの前には勝てない。

 喉を鳴らし、焼けた肉をタレに付ける。肉の脂がタレの上に花のように散った。


 口に入れた瞬間、肉と脂が口の中で解け、甘い味わいと炭火の芳ばしさが鼻から抜けていく。今まで食べて来た焼肉が嘘だったように、旨みが脳内で弾けた。

 ……ような気がした。それ程、ここの焼肉は美味いということだ。

 たまらずごはんを掻き込み、また肉に手を伸ばす。

 食欲旺盛な2人を見て、鬼さんは満足そうに笑ってお茶を口につけた。






 焼肉を楽しむことしばし。ある程度腹も膨れたところで、残った肉をちまちま焼きながら、美空が鬼さんに声を掛けた。



「そういえば鬼さんは、モンスターハウスで修行したって言ってましたよね。あれをクリアするまでに、どれくらい時間がかかったんですか?」

「私の場合は、ピンチの時は師匠が助けてくれましてね。こう、鎖を腰に巻き付けて、危ない時は釣りのように引っ張られて。ザッと、1年は掛かりました」

「い、1年も……!?」



 鬼さんの言葉に、八百音が驚く。

 が、美空としては別の意味で驚いた。

 あの苦行をたった1年、、、、、でやり遂げるなんて、考えられない。

 自分で体験したからわかる。あれは、そんな生易しいものではない。



「私の師匠は、文字通り鬼のような人でして。回復薬を常備して、休憩時間は回復薬を飲む5秒のみ。終わったら叩き落とされ、また釣られ、また叩き落とされ……」



 当時のことを思い出したのか、鬼さんの顔色が少し青くなった。

 いつも笑顔で冷静な鬼さんが、珍しい。余程、トラウマなようだ。



「でもそのおかげで、強くなったんですよね?」

「ええ、まあ。その点は感謝していますが、恨みの方が強いですね」



 気持ちはわかる。自分がそんなことされたら、恨みを通り越して殺意が湧くだろう。

 けど、美空の頭の中には、あることが思い浮かんでいた。

 隣にいる八百音を見る。と、何かを察したのか、途端に嫌そうな顔をした。



「美空、あんたまさか……」

「な、なんでもないっ。そ、そろそろお腹いっぱいだしデザート頼もうと思ってただけ」

「本当に? 本当の本当に?」

「……ウン、ホントウダヨ」

「おいコラこっち見ろ」



 2人がわちゃわちゃと楽しそうにしているのを見つめ、鬼さんは残ったお茶を飲み干す。

 まるで、いつの日かの思い出ごと、胸の奥にしまうように──。


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