第9話 注意喚起
燃え盛る炎剣を振るう、振るう、振るう。
炎は剣の軌跡を追うように弧を描き、一振で数体の魔物を薙ぎ払う。
前の剣でも十分な火力だったが、レーヴァテイン・レプリカに変えてから火力が倍以上上がっていた。
(すごい。武器が変わるだけで、こんなに違うんだ……!)
レーヴァテインは、炎属性と相性のいい剣だ。レプリカでこれほどの火力ということそ、本物はどれ程のものなのか、想像もつかない。
自分の力はまだ未熟だ。しかし、自分が強くなったと錯覚するくらい、剣の性能が常軌を逸している。
剣を振るう度に、炎の斬撃が美空を護るように弧を描く。斬撃、炎撃に加えて、炎の盾の役割を果たしていた。
見渡す限りの魔物だらけなのに、未だにかすり傷ひとつ受けていない。
炎剣の破壊力だけじゃない。体の底から湧き上がるパワーもスピードも上がっていた
(そうか。《
これほどの万能感は、能力が開花した日以来だ。
気分が高揚し、剣に込める魔法を強める。
炎は更に大きく、威力を増し……逆に、不安定になっていった。
だが、美空はそれに気付かない。目の前の敵を倒すことだけに集中しすぎている。
『すげ……』
『武器の選択って大事なんだな』
『みみみかっこいい!』
『これなら、上層ボスも余裕じゃね?』
『【投げ銭:3000円】ガチ恋した』
『私、女だけど、惚れた』
配信も盛り上がっているが、今の美空は読んでいる暇はない。
楽しい。楽しい。楽しい。
ただ目の前の敵を倒す快感に、酔いしれていた。
──そんな様子を、渋い顔で見下ろしている人物が1人。
鬼さんである。
「ふむ……そろそろですか」
時計を見ると、美空が入ってからもう少しで10分になろうとしていた。
秒針が1秒、また1秒と刻み……丁度、10分が経過。
直後。魔物たちの体を、白いモヤのような光が包み込んだ。
「グロロロロロロロォー!!」
「ッ!?」
近くにいたオークが、棍棒を振り下ろす。
さっきまでは炎で燃え尽きていたはずが、逆に炎を吹き飛ばして眼前に迫った。
すんでのところで回避し、オークに一撃入れる。
が、さっきまでは一撃で倒せていたオークが、血を噴き出しながらも迎撃して来た。
「な、なんで!?」
『これ、もしかして狂化?』
『ボス戦で見たことある』
『一定時間経ったらパワー、スピード、耐久力が上がるやつか』
『ボスは耐久力があるからよく見るけど、雑魚でも狂化って起こるんだな』
『そっか、時間内に部屋の魔物を倒しきれなかったから』
『え、待って。こいつら1体1体が狂化してるってことは……』
見渡す限り、白い光をまとう魔物の群れ。本当にこれらが狂化しているのだとすれば、美空1人では太刀打ちできない。
「ガルルルルルルルアアアアアッ!!!!」
「くぅっ……!」
いつもは動きのとろいゴブリンが、かなりのスピードで迫って来た。
避けつつ、ゴブリンの胴体を切断する。
辛うじてゴブリンは一撃で倒せるが、手に伝わる硬さと重さがさっきの比ではない。
最初の方で調子に乗って暴れすぎ、体力も削られている。そこに、予想もしていなかった魔物の狂化によるパワーアップ。混乱と焦燥に、美空の動きは徐々に雑になっていく。
心臓が早鐘を打つかのように高鳴り、呼気が荒くなる。
視野が狭くなっているのが、自分でもわかる。今自分はちゃんと攻撃できているのか。それとも、攻撃されているのか。
剣を振る。振る。振り続ける。
ただがむしゃらに、生き延びるために剣を振るい──唐突に、剣から炎が消えた。
(嘘、魔力切れ──!?)
体から一気に力が抜ける。
それを好機と見たのか、魔物たちが一斉に襲い掛かり……。
「お疲れ様でした。ここまでのようですね」
視認できないほどのスピードで、周囲にいる魔物だけを瞬殺する鬼さん。
どうやったのかはわからないが、とにかく半径5メートル圏内にいる魔物は一瞬で灰となった。
魔物が怯んでいるうちに、美空を抱えて数メートルの高さまで跳躍する。
たった数秒で、美空は危機を脱した。
けど、魔力切れの影響と疲労で力が入らない。
そんな美空に、鬼さんはケースに入れていた薬のようなものを取り出した。
「回復薬です。元気が出ますよ」
半ば無理やり口の中に押し込まれた回復薬と水を、ゆっくり飲み込むと。
「……ッ、げほっ、げほっ……! はぁっ、はぁっ。し、死ぬかと思った……!」
次の瞬間、気力も魔力も全快した。
ついさっきまでダウナーな気分だったのが、嘘みたいだ。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうござ……って、鬼さん! なんですかアレ! あんなの聞いてませんよ!?」
到底配信では映せない剣幕で、鬼さんに詰め寄る美空。当然、配信には映ってるのだが。
しかし鬼さんは、平然とした顔で美空の怒りを受け止める。
「美空さん。あなたはここに来るまで、ずっと配信していましたよね?」
「え? ま、まぁ……」
「この配信の動画を見れば、誰でもここに着いてしまう。ということは、さっきの美空さんと同じ運命を辿る人が出てくるという訳です。私も、常にここにいる訳ではありません。万が一1人、2人でここに来た場合、助かる術は奴らを根絶やしにする他ない……でなければ、死にます」
死。ついさっきまで直面していた感覚に、美空は唾を飲み込んだ。
「で、でも、入る前に言ってくれたら……」
「もしあそこで美空さんが引き返すと言えば、私に止めることはできません。仕事上、無理やり入れることも、できません。ということは、あれ程の危険を世に知らせられない。私が入っても、危険度の目安にはなりませんから」
確かにそうだ。狂化した魔物でさえ、鬼さんは瞬殺した。そんな人が、ここは危険だからと言っても説得力がない。
理由に納得していると、彼はカメラの前に出てにこやかに話し始めた。
「これを見ている皆さん。それと、今後見るであろう皆さん。これは注意喚起です。ダンジョンの中にあるモンスターハウスをもし見つけたら、そこには絶対立ち入らないこと。立ち入る場合……死ぬ覚悟を持って、入ることをオススメします」
『はい』
『はい』
『ぜっっっっっったい入らん』
『間違いなく死ぬ』
『わかりました』
『はい』
『質問です。もし入ってしまった場合、どうやったら抜け出せますか?』
「ん? そうですね……戦いながら、助走をつけず数メートルを飛び上がれるジャンプ力があれば可能かと。ない場合、10分間の間に無限湧きしてくる魔物を2000体討伐。10分を超えてしまった場合、無限湧きは止みますが全魔物が狂化されるため、全滅させれば脱出用の階段が現れますね」
『は??』
『絶対無理じゃん』
『不可能すぎる』
『中層組でも不可能だぞ』
『少なくとも上層にあっていい罠じゃない』
『通りで、モンスターハウスの情報が少ないわけだ』
『入ったら最後だから、情報が出回らないんだな』
鬼さんの説明に、コメントがザワつく。
別画面でSNSや掲示板を見ると、もうモンスターハウスについて盛り上がっていた。
と、注意喚起を終えた鬼さんが、座り込んでいた美空に手を差し伸べる。
「申し訳ありません、付き合わせるような真似をしてしまい。立てますか?」
「は……は、はいっ。も、もう大丈夫ですっ……!」
鬼さんの手を借りずに急いで立ち上がると、美空はすぐに締めの挨拶をして、配信を閉じた。
ようやく人目もなくなり、深く息を吐いた。
「あの、鬼さん。今日はいろいろと助けてくれて、ありがとうございます」
「いえ。皆様に安心してダンジョンを攻略してもらう。それが、ダンジョン警備員の仕事ですから」
それでは。と言い残し、その場を去ろうとする。
が、これでは美空の気が収まらない。
「ま、待ってください!」
「はい?」
「あの、鬼さん。その……きょ、今日のこと、いろいろお礼をしたい、ので……えと、その……こ、今度、一緒にお食事でもいかがでしょうか……!?」
顔を真っ赤にし、勇気のお誘いを口にした。
当然、親同然も歳が離れた人に恋をするはずはない。この赤さと体の熱さは、恋愛経験のない美空が、羞恥心を覚えているためだ。
と、美空自身はそう解釈した。そうとしか思えない。そうであってほしい。
そんな美空の誘いを受け、鬼さんは──。
「お断りします」
一刀両断、切り伏せた。
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