第8話 モンスターハウス
渦巻く迷宮を歩くこと2時間。
どれくらい進んだのかわからない。右も左も、感覚が薄くなってきた。
例の暴漢3人に中層へ連れていかれた時は、こんなに奥へ行かなかった気がする。最短で中層に行ったからかもしれない。
改めて、横浜ダンジョンがどれだけ広いのかがわかる。
「鬼さん、まだつかないんですか?」
「もう少しです」
「それ、1時間前にも聞きました」
「そうでしたか? いやはや。歳を取ると、2時間も1時間も変わらない気がしまして」
「さすがに変わるでしょ」
それに、歳をと言っても40歳前後。自分と同じくらいの子供がいても、おかしくない年齢だ。
横目で鬼さんを見るが、いつもの微笑みで前を見るだけ。
改めて、この人のことを何も知らないと思わせられた。知っているのは姿と、強いということのみ。鬼さんというのも愛称だし、名前もわからない。
暴漢未遂以降、人の悪意に敏感になってるから、悪い人ではないのはわかる。
謎が謎を呼ぶ、謎だらけの人。それが鬼さんだ。
(この人、本当に何者なんだろう……?)
「美空さん、見えてきましたよ」
彼について考えていると、不意に鬼さんが口を開いた。
視線の先には、何もない。強いて言うなら、もう少し進んだ先が部屋のように広がっているように見えた。
『やっとゴール?』
『随分長かったな』
『で、何があるん?』
『こんな場所、他の配信者でも見たことないな』
『ずっと見てたけど、入り組みすぎて理解できなかった』
『やはり横浜は迷路だったか……』
美空はこんな場所は知らない。
それに、奥から邪悪な気配を感じる。恐らく、魔物だろうが……。
「この先に何があるんですか?」
「覗けばわかります」
「……わ、わかりました」
怖い。怖いが、行かなければせっかく来た意味がない。
念の為、レーヴァテイン・レプリカを抜き、慎重に近づく。
近づくにつれて、獣のような匂いと悪臭が強くなってきた。何かが擦れる音や、唸り声も聞こえてくる。
『こっわ』
『なんの音これ?』
『ホラゲやん』
『みみみが勇敢すぎて惚れそう』
ただならぬ気配を察したコメントも、ザワついている。
1歩、また1歩と近付き……意を決して、覗き込んだ。
覗いた先はかなり広い空間になっている。恐らく、学校の体育館くらいの広さだ。
空間は下に3メートル近く窪んでいて、降りたら最後出て来れない。
が、それよりもまず目に飛び込んできたのは……。
「ひっ……!?」
部屋に蠢く、無数の魔物。
どこから現れたのか、どこから湧いたのかわからないが、部屋を埋め尽くすほどの魔物が敷き詰まっていた。
思わずへたり込むと、鬼さんも近付いて部屋を覗き込んだ。
「通称、モンスターハウスと呼ばれる場所です。文字通り、魔物が無限に湧き続ける部屋。ここなら美空さんも満足するのでは?」
「は……はは……そ、そうですね……」
鬼さんの言葉に、空返事しかできない。
今まで遭遇してきた魔物は、多くて4体程度。その時も結構苦戦した。
初めてこれだけの量の魔物を見たが、人間が対峙していい相手ではない。こんなのと戦ったら、命がいくつあっても足りないだろう。
『えぐ』
『いやいやいや無理無理無理』
『集合体恐怖症、閲覧注意』
『魔物ってこんなにいるんだな』
『モンスターハウスとか噂しか聞いたことない』
『みみみ、マジでやんの?』
コメントも、美空を心配する声ばかりだ。
確かにこれは、いくらなんでも多すぎる。戦わなくても、レーヴァテイン・レプリカじゃ全部を相手するのは難しいだろう。
でも、やっとここまで来たのに、手ぶらで帰るのは……違う気がする。
震える体を抑えるように、自分の手で腕を握る。
そんな美空を不憫に思ったのか、鬼さんが美空の肩に手を置いた。
「美空さん、無理はしない方がいいですよ。ここは私も苦労した場所ですから」
「お、鬼さんが……?」
「ええ。若い頃、よくここで修行していました。おかげで、それなに鍛えられましたが」
鬼さんが、若い頃に修行した場所。
それを聞くと、美空の体の内側から硬さが取れたような気がした。
「……ウチ、やってみます。……やります」
「……わかりました。それでは、私はここで見ています。危険と判断したら、すぐに助けに入りますよ」
「お願いします」
レーヴァテイン・レプリカを手に、モンスターハウスを見下ろす。
深呼吸を1回、2回……覚悟を決め、飛び降りた。
「《
落下中に、レーヴァテイン・レプリカに炎魔法を付与。
直後──今までとは比べ物にならないほどの炎が、レーヴァテイン・レプリカと共に美空を包み込んだ。
けど、まったく熱くない。服が燃えるようなこともなく、炎のドレスとなって揺らいでいた。
炎の熱気を感じたのか、魔物たちが美空を見上げる。
一瞬怯んだ美空だが、すぐに剣を握り直し──下に着くと同時に、近くの数体を薙ぎ払った。
斬られた魔物はもちろん、炎により、広範囲の魔物が焼け死んでいく。
美空を中心に円の空間ができ、幾分か動きやすくなった。
「さあ、新装備お披露目の時間だ……!」
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