第7話 サンマ

   ◆◆◆



『みみみ、今日ご機嫌?』

『何かあったん?』

『ご機嫌なみみみ可愛い』

『かわいい』



 翌日。ダンジョンに潜っていた美空は、随分と浮かれていた。配信中だから、コメント欄も嬉しそうな美空に反応している。



「えー、気になる? 気になっちゃう〜? どーしよっかなぁー、言っちゃおうかなー」


『ジャアイイデスー』

『どうせしょうもない理由』

『朝の卵が双子だったとか』

『特に興味ないかな』

『それよりバトルはよ』

『おっぱい』


「そっかそっかー、そんなに興味あるかー。もう、仕方ないなぁ〜」


『エアコメ』

『エアコメ読むな』

『錯覚やぞ』

『あなた疲れてるのよ』

『やっぱりもうしばらく病院行った方が……』

『可哀想』


「お前ら少しは興味持てよ! ウチだって怒るときは怒るんだかんな! あと可哀想とか言うな!」



 涙目で地団駄を踏む美空に、可愛いのコメントが飛ぶ。からかわれてることに気付いた美空は、ふくれっ面でカメラに背を向けた。



「ふんっ。どーせしょうもない理由ですよ。みんなは興味ないことですよ。……何さ。ウチだって、みんなを喜ばせようと必死なのに」


『ごめん』

『ごめん』

『ごめんなさい』

『ごめんね』

『ごめん』

『泣かないで』

『ごめ……ケツでっか』


「ケツでかいのは余計だろぅ!?」



 途中まではちゃんと謝罪してたのに、なんで方向転換したんだ。

 まあ、ここまではリスナーとのいつものじゃれ合いだ。そこまで気にしてもないし、リスナーもわかっている。

 何人か杞憂民がいるが、今のやり取りでネタだとわかってくれたコメントも多い。



「そんじゃ、発表しますっ! なんとこの度私……武器を新調しました!」



 じゃじゃーん! と鞘から剣を抜く。

 煌びやかに輝く、傷一つない刀身が眩しい。

 形状は前のと同じ両刃剣。だがしかし、本来両刃剣にはない美しい刃文が浮かび、刃の中心に赤く細い紋様が浮かび上がっている。



『おおおおおおお!』

『すげぇカッケェ!!』

『めっちゃ高そう』

『やべぇ!』

『それ、まさか関?』


「お、有識者ニキいるね。そう、これは大昔に廃れてしまった関の技術を完全再現。ダンジョンに眠る鉱石を使い、更に炎属性特化の改良を加えた一級品! 神話級大業物、魔剣レーヴァテイン……の、レプリカ! どう、すごいっしょ!?」


『レーヴァテインのレプリカ!?』

『なんだレプリカか』

『レーヴァテインエアプおつ』

『レプリカでも十分スゴすぎる』

『画像でしか見たことないやつ!』

『上層で持つレベルじゃねぇwwww』

『これにいつものエンチャントしたら、どんだけ強くなるんだ』



 レーヴァテイン・レプリカの登場に、コメントがザワつく。思ってた通りの反応に、美空は満足そうに頷いた。



「えへへ……実はこれ、ずっと欲しかったんだ。でも高くて買えなくて……それでね、みんなが投げ銭をくれるようになって、ようやく買えたの」


『なんで欲しかったの? 強いから?』


「ん? んー……最初はそうだったけど、みんなから貰ったお金だから、みんなに還元できるものを買おうとか思ったんだよね。今のウチがあるのは、みんなのおかげだしさ。少しでもいい所を、みんなに見せたいと思って……って、恥ずかしいね、こんな話……!」



 強い武器があれば、いい所をリスナーに見せられる。

 強い武器があれば、より早く下の層に行ける。

 強い武器があれば、目標を達成できる。


 そのために買ったのが、この魔剣レーヴァテイン・レプリカなのだ。



『照れる』

『どういたしまして』

『俺らの金がみみみの笑顔になるなら、安いもんよ』

『【投げ銭:3000円】俺らのことはいいから、いい飯でも食ってもろて』

『【投げ銭:1000円】みみみの養分になるなら本望!』

『【投げ銭:2500円】いっぱい食べて』

『【投げ銭:5000円】つまり俺たちの投げる金が、みみみのおっぱいを作るってことか』

『【投げ銭:2000円】最高か』

『【投げ銭:4500円】もっと大きくして』


「セクハラやめろ! って、ごごごごごめん! そういうつもりで言ったんじゃなくてっ……! わーわー! もう投げなくていいよっ! みんなも生活があるんだし、見てくれるだけでも嬉しいから……!」


『【投げ銭:1200円】いい子代』

『【投げ銭:2000円】いい子すぎる』

『【投げ銭:10000円】息子の仕送り削りました』

『【投げ銭:3000円】今日から禁煙します』


「仕送り削るな!? 息子さん可哀想でしょ! あと禁煙は偉い!」



 まさかこんなことになるとは思わず、困惑しっぱなしだ。このリスナーたち、絶対悪ノリしている。

 一旦、投げ銭機能を停止すると、ようやくコメントが落ち着いた。ありがたいが、これだけ投げられると申し訳なさが勝ってしまう。



「さーて、剣のお披露目もしたし、次は戦闘お披露目かな」



 しかしダンジョンの中は広く、魔物も少数でしかエンカウントしない。レーヴァテイン・レプリカの力を見せるには、力の強い魔物……もしくは、多くの魔物が必要だ。



「と、言うわけで、ここにサンマを用意しました」



 鞄に手を突っ込み取り出したのは、今朝買ってきたばかりのサンマ(税込165円)。

 菓子折り以上に場違いすぎる存在感に、愕然とするリスナーたち。コメントが一瞬止まり、直後、一気に流れてきた。



『は?』

『え??』

『は?』

『何言ってんの?』

『どういうわけなのか説明求む』

『ごめんわかんない』

『は????』

『気でも狂ったか?』

『何故サンマ??』

『あれ、俺お料理番組見てたっけ』


「ほら、サンマって焼くと匂い凄いじゃん? この匂いを漂わせれば、魔物が寄ってくると思って」


『馬鹿がいた』

『やめろ』

『やめろ』

『やめろ』

『災害が起きる』

『炎上するぞマジで』

『死人が出る』

『【悲報】ダンジョンにいるワイ、今日命日』

『本当にやめろ』


「大丈夫大丈夫。ウチとレヴァレプに任せなって」



 手の平に魔力を集中すると……発火。美しく、煌々と燃える炎が現れた。



「じゃあ、この上にサンマを──」






「駄目に決まってるでしょう」






「──乗せ……あれ?」



 ない。手に持っていたサンマが、消えていた。

 さっきまでちゃんと持っていたはずなのに、どこにいってしまったのか。



「まったく……同僚からの連絡がなければ、大変なことになっていましたよ」

「え? あ、鬼さん!」



 声のした方を振り向くと、鬼さんが呆れ顔で立っていた。手には美空の持っていた、サンマを摘んでいる。



『キターーーーーーー!!!!』

『さすが鬼さん!』

『マジで助かりました!!』

『うおおおおおおお!!』

『生き延びたぁ!』



 鬼さんはサンマを自前の袋に入れ、キツく縛って美空に渡した。



「美空さん。何を馬鹿なことしてるんですか。ダンジョン内を大パニックにするつもりですか」

「そ、そんなんじゃ……」

「あなたは武器のお披露目をしたかったんでしょうけど、死人を出していては元も子もないでしょう。むしろ、犯罪者として後世まで語られますよ」

「ぅぐ」



 それは嫌だ。有名にはなりたいと思うが、犯罪者にはなりたくない。鬼さんが来なければ、すべてを台無しにするところだった。



「ごめんなさい……」

「謝るのは私ではなく、皆さんにです。配信中なんですよね?」

「はい。……皆さん、ごめんなさい。ウチ……私の軽率な行動で、混乱させてしまって……」


『いいよ』

『謝れて偉い』

『次気を付けて』

『お馬鹿なのは前から知ってたから』

『未遂だから、ギリセーフ』

『冗談で済まされないこともあるから、もっと考えて行動しよう』

『明日のネットニュースのトップは貰ったな』



 若干棘があるも、優しいコメントの数々。

 目立ちたい。すごいと言われたいという気持ちが先行しすぎて、周りが見えていなかった。鬼さんがいなければ、今頃……そう思うと、ゾッとした。



「ところで美空さん。同僚からの話によれば、大量の魔物と戦いたいということですが、あっていますか?」

「は、はい。レーヴァテイン・レプリカを試したくて……」

「それなら、いい場所を知っていますよ。恐らく、ほとんどの人が知らない場所です。その分、危険も多いですが……私が一緒なら、大丈夫でしょう。どうです? 行きますか?」



 あの強い鬼さんが、危険という。

 そんな場所が上層にあるなんて、聞いたことがない。

 喉の奥が乾き、思わず喉を鳴らした。

 しかし、ほとんどの人は知らない場所。もしそこに行けば、DTuberで初めてそこに行く人間になる。


 迷う余地は、なかった。



「い、行きます!」

「……わかりました。それでは、私についてきてください」



 先行する鬼さんの後を、迷わずついて行く。

 渦をまくように、うねる迷宮を進むのだった。


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