第6話 友人
◆◆◆
「…………」
「美空、コーヒー零してる」
「……おわっ」
どれだけ心ここに在らずだったのだろうか。コーヒーを入れていたはずなのに、カップどころかソーサーからも零している。
「もー、気付いてたなら教えてよ、
「コーヒー入れながらぼーっとしてる美空が悪い」
元気で活発な美空とは違い、クールで覇気を感じられない彼女は、
ここは美空の自宅。訳あって一人暮らし中のため、今は2人しかいない。
八百音はそっとため息をつくと、人差し指を立ててくるくる回した。八百音の指先に砂が現れ、渦のように回転する。
指先に現れた砂をコントロールし、零れたコーヒーに砂を飛ばすと、零れたコーヒーを綺麗さっぱり吸収した。
「相変わらず、八百音の能力はすごいね」
「まあ便利だよ。遠くにあるものも取れるし」
今度はキッチンに置いていたミルクを砂で引き寄せた。
美空の能力は炎だから、正直羨ましい。
八百音はコーヒーにミルクを入れつつ、からかうような笑みで美空を見た。
「ぼーっとしてるのは、例の鬼さんについて考えてたとか?」
「そっ、そんなんじゃ……!」
さすが幼なじみ。見透かしてくる。
が、これは幼なじみじゃなくても察せるくらい、わかりやすいだろう。それ以外に呆然とする理由がない。
「照れるな照れるな。いいじゃん、歳の差カップル。私は応援するよ」
「だからそんなんじゃないって……!」
美空は自分の分のコーヒーに口をつけて、顔を逸らす。
視線の先には鏡があり、はっきりと赤くなっていた。これじゃあ、違うと言っても嘘に聞こえてしまう。
でも、これは美空の本心だ。あの人と親しくなりたいとか、ましてや付き合いたいだなんて思っていない。……いないのだが……。
「あんなっ、2回も近くでかっこいいところ見せられて、気になるなって方が無理でしょ……!」
「まあ、あれはカッコイイよね。見た目もナイスミドルだし、性格もいい。欠点とかなさそう」
八百音が美空のアーカイブを開き、例の動画を見る。
ドローンだから客観的に見られるが、縮こまる自分が乙女の顔をしているのが余計恥ずかしい。
コメントも大盛り上がり。それどころか、掲示板で『最強の警備員』というタグまで作られ、海外でもバズっているらしい。
鬼さんは一躍、時の人になっていた。
「その分、アンチも多いけどさ。見る?」
「見るわけないじゃん。鬼さんを悪く言うような人、こっちから願い下げ」
「ベタ惚れじゃん」
「惚れてないし」
人を助けているだけなのに、アンチが沸く。その分人気もあるけど、納得いかないだけだ。
まあアンチは、人気な人をこき下ろしたいだけの人たちだ。自分から関わりに行かなければ、何も問題ない。
幸い、配信のコメントやSNSのリプ、DMはすべて、AIによって悪いものは弾かれている。犯罪紛いのコメントや呟きも、即警察に通報されることになっている。おかげで、ネットの世界はだいぶ生きやすい。
「ま、あんたは見ない方がいいよ。結構酷い書かれ方してるし、あんたじゃ心がもたない」
「え、ウチのことも書かれてるの?」
「うん。ま、人気税だね。一応通報しとくから、気にしなくていいよ」
「そ、そう……」
確かに、2回連続でバズって、チャンネル登録者数も動画再生数もうなぎ登り。投げ銭も、ざっと計算したらとんでもない額になっていた。
これだけ目立てば、アンチが湧くのも仕方ない。
けど、まさかたった1週間で、こんなにも世界が変わるなんて思わなかった。
「お金入ってきたら、焼肉奢ってな」
「まあ、いいけど……それより、八百音もダンジョン配信してみたら? 楽しいよ」
「パス。私は見世物パンダじゃないんでね」
「暗にウチのこと、パンダって言ってない?」
「可愛いじゃん」
「えへへ、そうかなぁ」
ネットでは散々可愛いと言われているが、面と向かって言われると嬉しい。
むず痒くなってコーヒーを飲むと、八百音は呆れ顔で美空を見た。
「相変わらずチョロいなぁ。幼なじみとして心配になるよ」
「チョロくないし。でも心配してくれてありがとう」
「……本当、いい子すぎるくらいいい子だよ、アンタは」
褒められてるのか貶されてるのかわからなかったが、とりあえずスルーした。
「それよか、美空。高校はどうするの? 事情はわかってるから、先生も特に何も言ってないけど」
「うーん……高校は卒業しておきたいけど、今のところダンジョンに専念したいかな。早く下層に行きたいし」
「下層って……中層でさえ、10年以上のベテランが行く所なんでしょ? 何年かかると思ってるのさ」
「わかんない。でも、一日でも早く下層に行きたいの。……行かなきゃ、ならないから」
横目で、棚に並んでいる写真を見る。
美空が小さい頃の写真。両親と一緒に写ってる、中学の入学式の写真。そして、両親が2人で並んでいる写真。
今の時代、アナログで残している人は少ない。
だが、美空にとっては大切な宝物だ。
事情を知っている八百音は、辛そうな顔でコーヒーに視線を落とす。
「ま、来たくなったら来なよ。学校のみんなは美空の大ファンだからさ。怖がる必要はないよ」
「……うん。ありがとう、八百音。やっぱ八百音しか勝たんな」
「美空を想う気持ちだけら、誰にも負けない自信がある」
「ごめん、重い」
「ひっど」
暗くなりかけていた空気を吹き飛ばすよう、2人の笑い声が響く。
と、不意に美空の
タップすると、目の前にホログラムのウィンドウが表示される。
「あっ」
「なになに、どしたの?」
「新しい武器ができたって連絡。お金も入るし、ちょっといいものに替えようかと思って」
「へぇ。取り行くの? 私もついてっていい?」
「もちろんっ。早速行こう!」
美空は壁に掛けていたいつもの剣を取り、腰に差す。
最近は腰に携えていた方が落ち着くくらい、剣が馴染んできた。
「古いの持ってくの?」
「うん。もう使わないし、引き取りで代金を安くしてくれるから」
「そんな廃品回収みたいな……」
「リサイクルは大切だよ。それに、武器を破棄するにもお金が掛かるから、こっちの方がいいんだよ」
「ふーん」
大して興味もないのか、八百音は気のない返事をしてテーブルから立ち上がる。
その間に美空が、ビィ・ウォッチを操作してタクシーを呼ぶ。
準備が終わってマンションを降りると、丁度全自動無人タクシーが目の前で止まった。端末をセンサーにかざすと認証され、自動で扉が開く。
『いらっしゃいませ』
「銀座まで」
『畏まりました』
美空の声に反応し、無人タクシーはゆっくり発進する。
ここから銀座は、タクシーで30分くらいだ。急ぐ用でもないが、この30分がもどかしく感じる。
「そわそわしすぎ」
「だって、楽しみにしてたんだもん……! この一週間を、どれだけ楽しみにしてたか!」
「はいはい、暴れないの」
まるで、新しいおもちゃを買ってもらえる子供のような反応だ。
八百音の言葉を無視して武器の素晴らしさを、身振り手振りを混じえて説明する美空。
当然、無人タクシーのAIからアラート音で注意されたのは、言うまでもない。
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