第3話 お叱り
◆◆◆
「謎の警備員キメラを一撃、か。随分と派手にやったなぁ。えぇ、
都内某所、雑居ビル。
その一室にて、呆れた顔でネットの記事を読んでいるのは、日本ダンジョン警備を統括している
2人の前には、今ネットで話題の人物である
目尻のシワが深く、白髪が目立つ。
しかしいい歳の取り方をしているのが容易にわかるほど肌は若々しく、背筋も曲がっていない。一見、40代と言われても信じられるくらいの見た目だ。
「何か問題がありましたでしょうか」
「いや、問題はない。だが、魔物に手を出すのはいかんなぁ……ダンジョン警備は、死に直面した攻略者を逃がすことが仕事だ。それが罠だったら助ける。環境であれば避難させる。悪人であれば捕らえる。魔物であれば逃がす。魔物を倒すのは我々の業務範囲外。服務規程違反だぞ」
「ですが、奴は下層にいるはずの魔物。あそこで対処しなければ、別の被害者が……」
「下層の攻略班が奴を捜していたことくらい、情報は出ていたはずだ」
斬島の眼力と言葉に、鬼原は何も言い返せなかった。
確かに、下層の攻略班が捜索しているという情報は入っていた。彼らに任せれば、キメラを討伐してくれただろう。
が、しかし。
「あの場には被害者女性、そして加害者男性の2人の計3人がおりました。あの場で3人を抱えて逃げるのは無謀と思い、対処したまでです」
「ああ、鬼原の言っていることは十分立派だ。それはわかっている。けどね……規則は、規則。理解できない君じゃないだろう」
「しかし!」
「しかしではない!」
斬島の喝に、鬼原は思わず口を噤んだ。
席を立ち、背後の窓から階下を歩く人々の流れを見つめる。
「悪い、怒鳴るつもりはなかった。……鬼原ァ、お前は命というものを考えたことはあるか?」
「……いえ、ありません」
「俺たち上に立つ人間は、常にそのことを考えている。ダンジョンに入る攻略者たちの命。そして現場で働く、お前たちのこともだ。もちろん、全員が無事に戻ってくることが1番だが……もし何かあったとき、管理する者として優先するのは、社員の命だ。罠、環境、悪人、魔物。それらに自分の命が脅かされる状況になった時、逃げることも選択肢に入れておけ。いいな」
「……わかりました」
失礼します。鬼原は敬礼し、所長室を後にした。
赤魔は力を抜くと、とあるDTuberの配信動画を再生した。
「しかし鬼原の奴、強いとは聞いてましたが……まさかキメラを相手に一撃ですか。すごいもんですな」
「ああ。3ヶ月前にうちに配属された奴だが……とんでもないな」
「前職はなんでしたっけ?」
「…………」
「所長?」
「……機密事項だ。上のな」
「上……本社の?」
「ああ。あいつに関しては、あまり詮索するなよ」
斬島はタバコを片手に部屋を出ていく。
ただならない気配に、赤魔はただ例の動画を見つめるだけだった。
◆◆◆
所長室から出た鬼原は、そのまま地下一階にある警備室へと降りて行った。
中から2人ほど気配を感じ、鬼原は部屋に入った。
「お疲れ様です」
「おっ、噂の鬼原ちゃんのご登場だ」
「お疲れ様です、鬼原さん!」
気配通り、警備室には2人いた。
1人はスキンヘッドが特徴で、50歳近いミドルガイ、
もう1人は若々しさが眩しい、今年で25歳になる
鬼原が席に座ると、岩鉄が例の動画を見せてきた。
「鬼原ちゃん、今めちゃめちゃ有名人だよ。ほら、例の動画。たった5日で、もう1000万再生されてる」
「この美空って子、この動画がバズったおかげで、今は登録者数12万人。可愛すぎる炎剣使いということで、人気爆発中っす」
見ると、確かに助けたあの子だった。
自分も助けた後にチャンネルを確認したが、登録者数は300人前後だったはず。
それが5日で12万人とは、ものすごい上がりようだ。
「いやいや、氷の坊主。確かに美空の嬢ちゃんもすげーが、ネットで話題なのは鬼原ちゃんだよ。暗かったから顔も見えない。警備の制服は似たようなものが多いから会社の特定もできない。ある意味、伝説になってるぞ」
「ネットは大袈裟ですね」
「こんな戦いを見せられて、大袈裟もクソもあるかい」
動画以外にも、ネット記事が多数拡散されている。主に謎の警備員に対する特集記事だ。
一通り目を通したが、すべてデタラメ。当たっている記事は1つもない。
「自分もいつか、鬼原さんみたいになるっす! その為に鍛錬中っす!」
「鬼原ちゃんを目指すのは、茨の道だぜ? 俺みたいに女と遊んでちゃらんぽらんした方が楽よ」
「岩鉄さんも尊敬してるっすけど、女癖は直した方がいいっすよ。前も性病貰ったって嘆いてたじゃないっすか」
「おまっ、それを言うなって……!」
話の中心が自分からズレたことで、内心安堵する鬼原。
フックに掛けていた制帽を手に部屋を出ようとすると、氷星に呼び止められた。
「鬼原さん、どちらへ?」
「ダンジョン内の巡回に行ってきます」
「了解しました、お気を付けて」
氷星に見送られ、鬼原はとあるカプセル装置の中に入った。
カプセルは半透明のダンジョン産のアクリルで作られていて、外の音を完全に遮断する。
『認証致します。目を開いてください』
機械的な声が耳元で聞こえる。
言われるがままに目を開くと、レーザーのようなものが鬼原の網膜をスキャンした。
『網膜認証、クリア。鬼原嵐武さん、おはようございます』
「おはようございます」
機械音声に、律儀に返す鬼原。
目の前のウィンドウに、ダンジョンの一覧が表示される。中にはキメラがうろついていた横浜ダンジョン。巨大さは国内随一の北海道ダンジョン。環境危険度のレベルが最高値の沖縄ダンジョンまであった。
ほとんどのダンジョンは、グレーアウトで選択できないようになっている。
行けるところは東京、横浜、川崎、千葉だけだ。
『本日はどちらに向かわれますか?』
「横浜ダンジョンで」
『承知しました。お気を付けて行ってらっしゃいませ』
カプセル内に光の粒子が浮かび、体を包んでいく。
小さな粒は互いにくっつき、大きく成長して全身を覆った。
そして──バシュンッ。空気が抜けるような音と共に、周囲の景色が変化した。
警備室でも、カプセル内でもない。先日訪れた、横浜ダンジョンの内部だ。
本来ダンジョンには、各地に存在するゲートと呼ばれる門からしか入れない。
ゲートは国が厳重に管理していて、能力者以外の一般人は入れないようになっている。
だがしかし、警察、消防、救急、自衛隊などには、万が一のために緊急で出動できるよう、転送装置が配備されている。
そして、ダンジョン警備にも。
攻略者たちが、安全に攻略をする手助けをする。
それが、ダンジョン警備員である。
「警備、開始」
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