第2話 最強の警備員

「着いた。ここが中層だよ」

「こ、ここが……」



 迷宮のようなダンジョンを歩くこと3時間。

 上層のボスを難なく撃破したことで、美空たちは中層へと来ていた。

 もちろんボスを倒したのは美空ではなく、男たちだが。



『や、やるやん』

『ほーん』

『まあ俺らでもそれくらいできたし?』

『無能力者は黙ってようぜ、俺含めて』

『【投げ銭:1000円】とりあえずおめ』

『【投げ銭:300円】おめ』

『けどこんな早くに中層行って大丈夫か?』



 コメントが加速度的に流れている。

 今や視聴者数も、『506人』。過去最高の同接となったが、美空はコメントを見ている余裕がない。



「す、すごいですね! あのミノタウロスを一瞬で……!」

「大したことないよ。あれくらい」



 とか言いつつ、美空によいしょされて男も嬉しそうに顔を綻ばせた。女に持ち上げられて、嬉しくない男はいないだろう。


 中層は上層より暗く、より湿っている。

 人の数も極端に減って、ここに来て30分は経つのに誰ともすれ違わなかった。

 さすがに誰とも会わないと、緊張と心細さで体が震える。

 コメントをチラ見して気を紛らわせようとするが、イマイチ頭に入ってこなかった。



「あの、これから何をするんですか? ウチ、何も聞かされてないんですけど……」

「もう少し先だよ」

「は、はい……」



 不安もあるが、この人たちと一緒なら大丈夫。

 そう言い聞かせ、美空は黙って後をついて行く。

 中層はより入り組んでいて、もう来た道がどうなっているのかわからない。

 あれから更に10分も経つと、今自分がどのあたりにいるのか、わからなくなった。

 ダンジョン攻略者には、内部の地図が渡されている。

 だがしかし、中層は深く、アリの巣のように入り組んでいて、地図で確認しても混乱する程だった。



「よし。そろそろかな」



 男が、小男に視線を向ける。

 次の瞬間──。



『あれ?』

『TMT』

『グルった?』

『電波悪いんかな?』

『みみみ、大丈夫かー?』

「あ、あれ? 配信が……がっ……!?」



 美空の体に急激な痺れが走り、半ば意識を飛ばしつつ倒れる。

 気絶はしていないが、体中が痺れて動けない。口も回らないし、力も入らなかった。



「キヒッ……あはは! 馬鹿な女だなァ。えぇ、おい。こんな簡単に騙されてくれるなんてなァ」



 さっきまで優しく微笑んでいた男が、邪悪な笑みを浮かべている。

 訳がわからず困惑しているが、体は動かないし逃げられない。

 男は美空の上に跨ると、自身の配信画面を美空に見せた。



「俺らはなァ、ちょーっとアングラ系のSNSで活動してる、ダンジョン配信者なんだァ。 言うなりゃ、女の子と楽しく遊んでるところを配信しようって感じでな。ほら見ろ。アンタ可愛いから、同接は5000人。投げ銭もたんまりだ」

「ッ……!?」



 アングラ系の配信は、聞いたことがある。魔物の解体。ダンジョン内での暴力、いじめ。そして婦女暴行。

 こいつらは、婦女暴行をメインに活動している、最悪の集団らしい。



(くそっ、くそっ、くそっ……! なんでウチ、こんな……! 馬鹿馬鹿馬鹿! もっと考えてれば……!)



 後悔先に立たず。美空は涙を流し、自分の愚かな行動を恥じ、男たちを睨みつけた。



「おっと、怖い顔で睨むなよ。もっと楽しもうぜ? それに、終わったら……解体ショーという大トリが待ってるんだからなァ〜……!」



 ゾッ──。

 最悪だ。最悪の奴らに目をつけられてしまった。

 恐らくこの痺れは、小男の電撃能力だろう。美空の配信だけが不調なのも、能力のせいだ。

 こんな場所じゃあ助けも呼べない。

 いや、もしかしたら、それが狙いで人気のない場所まで来たのかも。



「まずは、快楽ショーだ。こいつのアソコはすげぇぞォ? すーぐ気持ちよくさせてやるからなァ」



 大男が鼻息荒く、自身のズボンを脱ごうとする。

 もう、ダメだ。自分はここで嬲られ、犯され……殺される。

 せめて、せめてコイツらが地獄に落ちますように──。






「拉致、監禁、婦女暴行。犯罪を確認しました」






(ぇ……誰……?)



 男たちの向こう側に、かろうじて見える人影。

 兵服のようなスーツを着て、頭には制帽を被っている。制帽には鷲のマークがついていて、どこかに所属している人間のようだ。



「ダンジョン内で女性の行方不明者が増えていると申し送りがありましたが、まさかこんな場所で行われているとは」

「あ? 誰だお前」

「いえ、名乗るほどのものではありません。強いて言うなら──」



(あ……消え……?)



 立っていた人影の姿を見失った。

 動体視力はいいと自覚していたが、それでも視認すらできない。

 が、次の瞬間。



「がぶらっ!?!?」

(え……!?)



 小男が顔面から壁にめり込み、近くに兵服の男が立っていた。

 恐らくこの男がやったのだろうが、どうやったかわからない。まったく認識すらできないスピードだ。

 が、小男がダウンしたおかげで、体の痺れが無くなり、動けるように。

 慌てて後ずさりすると、兵服の男が美空を庇うように前に出た。



『あ、戻った』

『おかえり』

『おかえりー』

『何この状況?』

『誰、この人』



 小男がやられたおかげで、配信も戻ったらしい。

 ドローンは美空ではなく、兵服の男を撮っていた。



「──強いて言うなら、ダンジョン警備員。と言ったところでしょうか」

「は? 警備員? んなの聞いたことねーよ、タコが。おい、やれ」

「うす」



 命令された大男が、警備員の前に立つ。

 体格差は一目瞭然。2回りも3回りもでかい。



『おっさん逃げろー!』

『無理だろこれ!』

『殺されちゃうって……!』

『通報! これ通報!』

『みみみも早く逃げて!』



 美空も、横目でコメントを見る。

 視聴者の言うことはもっともだが、何より体が動かない。痺れが残ってるし、恐怖で腰が抜けてしまっている。

 どうしようか困惑していると、警備員が肩越しに美空を見た。



「大丈夫です、落ち着いて。私に任せてください」

「ぁ……は、ぃ……」



 どうしてか、この人の後ろにいれば安全。そう思えた。

 警備員は大男を制止するように片手を前に出し、優しい声色で話しかける。



「大人しく投降するのであれば、何もしません。しかし抵抗するのであれば、少々痛い目を見ますが……どうされますか?」

「はんっ。テメェみてーなおっさん、片腕で十分だぜ!」

「そうですか」



 制帽を僅かに上げ……深く、重く、底知れない笑みを作った。



「それでは──業務を執行します」

「────」



 また、消えた。

 今度は間違いない。目の前にいたのに、消えた。



「あ? どこに……ごべっ!?」



 直後、大男の顔面を掴んだ警備員が、地面にダンクするように頭部を叩きつけた。

 大男の頭部が、地面に深く突き刺さっている。

 常人ではない力に、美空も男も唖然とした。



『……は?』

『は?』

『なに今の』

『へ??』

『つよ』

『いや強いってレベルじゃなくね?』

『まったく見えんかった』



 コメントもザワつく。

 それもそうだ。あんなの、自分のチャンネルではありえない動きだ。

 それこそ、下層で活躍している人間の動き……いや、それ以上の動きだった。



「あなたは、どうしますか?」

「……は、はは……チッ……!」



 勝てないとわかると、男は2人を置いて一目散に逃げ出す。中層を狩場にしているだけあり、かなりのスピードだった。



「ふむ、逃げましたか」

「そ、そんなっ……! は、早く追わないと!」

「大丈夫です。彼は逃げられませんよ」

「え……?」



 警備員の言葉に首を傾げていると……遠くから、男の絶叫と骨を砕くような音が響き渡った。

 何かが、骨諸共肉を食い漁っているような音。

 聞いたことのない音に、美空は身を震わせた。

 闇を見つめること数秒。

 不意に、何かがこっちに飛んできた。

 暗くて見えづらいが……半身が食いちぎられた、あの男だった。

 既に絶命している。瞬きひとつしない。



「ね?」

「ね、って……そ、それどころじゃ……! あ、あの先に何かがいるんですよ……!」

「そのようです」



 凄惨な死体を見ても、顔色ひとつ変えない警備員。

 こんなこと、ここでは日常茶飯事なのだろうか。

 美空はダンジョンの恐ろしさを身で感じていると……何かが、闇の中から現れた。


 獅子の顔、たてがみ、胴体。

 羊の角。

 ドラゴンの翼と爪。

 蛇の尻尾。

 赤く光る眼光が、2人を獲物と認識している。

 間違いない。教科書で習った。

 凶悪、凶暴、最悪……出会ったら最後、骨まで残らないとされる、下層、、の魔物。


 キメラである。



『嘘だろ』

『キメラ!?』

『実物初めて見た……!』

『もう終わりだ……』

『勝ったら投げ銭上限まで投げるわ』

『無理だろ』

『みみみィっ! 死ぬなぁ!!』



 本来中層にはいない魔物に、コメントも大荒れだ。

 少し目を離した隙に、同接は脅威の10万超え。大人気DTuberに匹敵するほどの同接だった。



「よかった。騒ぎを聞いて、近付いてきてくれましたか」

「な、何を言って……!」

「実は下層から中層にキメラが迷い込んだと報告がありましてね。探していたところだったんですよ」



 朗らかに笑う警備員は、キメラを前に余裕そうだ。



「さて、大人しく帰るつもりは……」

「カロロロロロロッ……」

「ありませんよね。では、お客様のご安全のため……業務を執行します」

「グロロロロロロロロロロロロッッッ!!!!」



 超高速で迫るキメラの爪撃そうげきを片手で受け止めた瞬間、衝撃波が広がり洞窟にヒビを作った。

 警備員の足元が僅かに陥没する。だが本人は、クールな笑みを崩さない。



「警備術一式──」



 間髪入れず、キメラが牙を剥いて噛み付いてくる……が、警備員はまるでI字バランスをするかのようにキメラの顎を真下から蹴り抜き、頭部を爆散させた。



「──蹴撃しゅうげき穿抜うがちぬき」



 砕けたキメラの頭部が、洞窟内に散らばる。

 完全に絶命したのか、力なく横たわったキメラは灰となり、素材であるキメラの魔石だけが残った。

 目の前で起こったことが、信じられない。

 美空はただ呆然と、その様子を見つめていた。






『【投げ銭:50000円】すげええええええ!!』

『【投げ銭:50000円】はぁ!?』

『【投げ銭:50000円】何もんだあのおっさん!』

『【投げ銭:50000円】スクープ! スクープ!』

『【投げ銭:50000円】これはやべぇ!』

『【投げ銭:50000円】ダンジョン警備員さんありがとう!!』

『【投げ銭:50000円】みみみ助かってよかったぁ!』

『【投げ銭:50000円】神回!!』

『【投げ銭:50000円】これは永久保存だわ!』

『【投げ銭:50000円】やべええええ!!』

 …………。


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