第4話 目的
◆◆◆
「はーいどーもー! みみみダンジョンチャンネルへようこそ! DTuberの、
横浜ダンジョン上層に、元気いっぱいの女の子の声が響く。周りにも似たようなDTuberがいて、それぞれのカメラを前にいろいろと話をしているが、誰も彼も横目で見ているのは、美空の方だった。
『みみみ』
『みみみ〜』
『来た待ってた』
『おっぱいでっか』
『初見です』
『今日何すんの?』
『おっぱいでかいですね』
『動画で見たより可愛い』
『初見です、おっぱいでかいですね』
「みんなー、ありがとうー。初見さんもいらっしゃーい。あと初見ですとか言えばおっぱいに触れてもらえると思うな」
『おっぱいに触れる!?』
『初見ですと言えばおっぱいに触れられるのか』
『初見です』
『初見です』
『初見です』
『初見です(2回目)』
「ゴミ共め……!」
『ゴミ来た』
『助かる』
『ゴミ呼びありがとうございます』
『【投げ銭:1500円】ありがとうございます』
『俺らはゴミなのか』
『【投げ銭:600円】なぜか興奮する』
さすがの美空も引いた。
ジト目を配信画面に向けると、コメントがものすごいスピードで流れていく。
画面の上には、『視聴人数21,532人』。『登録者数127,380』の文字が浮かんでいて、今も雪だるま式に増えていた。
(こんなに観られて嬉しい反面、ヤバいのも来るわね……)
人気DTuberの配信を観てると、こういう人も多く目に入る。本当にヤバいコメントはAIが判断してブロックしてるから問題ないが。
バレないように内心でため息をつくと、あるコメントが目に入った。
『あれから5日しか経ってないのに、もうダンジョン行くの? 大丈夫?』
「……うん、大丈夫だよ。能力が開花したおかげで回復力はあるし、大怪我しても病院ですぐ治してもらえるから」
むん、と力こぶを作ると、無意識のうちにおっぱいが揺れてまたコメントがザワついた。
だが、しかし。
(……嘘。嘘だよ。辛いに決まってるじゃん)
肉体は万全だ。自慢の肌は柔らかく、傷一つない。
が、精神は違う。
暴漢に襲われかけ、精神的に傷付いた心は……こんな短時間じゃ、癒されない。
もうダンジョン配信なんてしたくない。怖い。そう思っていた。
でも……。
(逃げちゃダメっ。ウチには、絶対やり遂げなきゃならない目標があるから……!)
その目標を達成するためには、少しの危険は覚悟している。
ここで逃げちゃ、すべて水の泡だ。
美空は誰にも悟られないよう、心の紐を締め直した。
『今日は何するの? 鍛錬?』
「鍛錬もあるけど、今日はある目的のために来たんだ。ほら、バズったウチのアーカイブあるじゃん? あ、切り抜きさんたちもありがとねー。それで、ウチを助けてくれた警備員さんを探しに来たんだよ。ちゃんとお礼言えてなかったしさ」
謎の警備員がキメラを倒した後、美空は意識を手放した。
生体感知機能が作動し、配信が強制終了したことで、その後のことはわからない。気づいたときにはベッドの上で寝ていて、大男と小男は逮捕されていた。
警備員はすでにおらず、ネットの情報を探ってもそれらしいのは出てこない。
「助けられっぱなしは嫌だからね。お礼はしっかり言わないと。そのために、菓子折りも買ったんだから」
『偉い』
『いい子やん』
『【投げ銭:2000円】菓子折り代』
『見つかるといいな』
『ダンジョンに菓子折りは草』
『【投げ銭:1500円】菓子折り代どうぞ』
『でもあんだけ強いんだし、上層にはいないんじゃ??』
「そうなんだよねぇ……ウチ一人じゃ中層にも行けないし、どーしよ」
だからと言って、見ず知らずの人にお願いするのは嫌だ。というかトラウマだ。もうあんな思いは二度としたくない。
だからと言って、上層の広さも並じゃない。探すのは苦労しそうだ。
「リスナーさんたち、何かいいアイデアない?」
『無茶振りが過ぎる』
『えぇ……』
『大声で叫ぶ?』
『まずは聞き込みじゃない?』
『ダンジョン警備って他のチャンネルでもほとんど見ないよな』
『神出鬼没すぎる』
流れてくるコメントは、困惑のものばかり。
そりゃそうだ。こんな雑な振りに答えられる人なんていないだろう。
『全裸になれば駆けつけるんじゃね』
『天才』
『天才』
『全裸一択』
『【投げ銭:200円】全裸代』
『【投げ銭:160円】全裸はよ』
『【投げ銭:300円】全裸代』
「ウチの全裸は数百円かよ、クソがよぉ」
自分の見た目には自信がある。胸もかなりある方だ。それを武器に、恥ずかしいが胸元を開けた格好で配信もしている。
が、あからさますぎるコメント欄にはドン引きだ。全裸をNGワードに設定しておこう。
「はいはい、おふざけ禁止。まあろくなアイデアもないし、気長に行きますか」
事実、これは耐久になると覚悟していた。
上層をくまなく探しても、1週間はかかる。もしかしたら、捜した1時間後に同じ道を通るかもしれない。
けど諦めたら何も得られない。何かを得るためには、行動するしかないのだ。
「それじゃあ、警備員さん捜しの耐久配信、張り切って行きますか。みんな、応援しててね。ウチ、やり遂げるから! ……ん?」
コメントが少しザワついている。
少し目を離した隙に、何かあったのだろうか。
『後ろ』
『後ろ』
『みみみ、後ろ見て』
『あ』
『あの人じゃね?』
『ぽい』
「……え?」
コメントに言われて振り返る。
と──いた。確かに、あの時と同じ兵服を着ている男がいた。
警戒中なのか、周囲を見回している。後ろ姿しか見えず顔もわからないが、恐らく美空を助けてくれた警備員に違いない。
『耐久配信終了』
『5分か。結構掛かったな』
『風呂入って寝よ』
『おつみみー』
『おつみみー』
『おつみみー』
『次の配信はいつですか』
「おつみみみ言うなっ、こっからが本番でしょうがバカタレっ」
とは言ったものの、心臓が馬鹿みたいに高鳴っている。初めて能力が開花した時も、始めてダンジョンに潜った日も、こんなに心臓が高鳴ることはなかった。
なのに、あの人を前にすると自制が効かなくなる。顔が……体中が、熱くなっていた。
『みみみ、追いかけないの?』
『行っちゃうぞ』
「わっ、わかってるからっ。ちょっと待って……!」
何回か深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
落ち着いたのか落ち着いていないのかわからないけど、なけなしの勇気を振り絞って足を踏み出した──。
「お、おい見ろ! あの人、例の警備員じゃないか!?」
誰かが叫んだ。
それを皮切りに、周りの攻略者たちも彼に気付いた。
「おおっ、マジか!?」
「本物!?」
「あの、少しお話を!」
「日刊ダンジョンの者です! あの件についてお聞きしたいことが!」
「サインっ、サインください!」
美空が困惑している内に、あれよあれよと警備員の周りに人だかりができた。
彼との間に分厚い人の壁があり、出遅れた美空は、もう彼には近付けない。
『おわた』
『あーあ』
『こりゃ無理だ』
『諦メロン』
『みみみ、次があるさ』
「で、でもぉ……」
今日を逃したら、次いつ会えるかわからない。
でもこの人の壁を乗り越えられるほどの実力は、美空にはないのも事実。
リスナーの言う通り、ここは諦めた方が……。
「失礼。私に何か御用ですか?」
「……ぇ……?」
後ろから話しかけられ、振り返ると……彼が、そこにいた。
人垣の向こうではなく、自分の後ろ。
眼鏡の奥に光る、力強くも優しい瞳。目尻に少しシワが見える。
微笑みは聖職者のようで、つい「先生」と呼びたくなるほど慈愛に満ちていた。
──この人だ。間違いない。
ちゃんと顔は見えていなかったが、この雰囲気に覚えがある。
突然のことに、脳が沸騰しそうなほど熱が上がった。
「おや、あなたは……あの時のお客様ですね。もう体は大丈夫なのですか?」
「ひゃっ……ひゃぃ……!」
「それはよかったです。……ここは騒がしいですね。少し、静かな場所に行きましょうか」
警備員が、どうぞこちらへ、と美空を先導する。
あんなことがあったから、男と静かな場所に行くのは怖い。
けど、この人は信用できる。なんとなく、そう思えた。
『この人、どうやってみみみの後ろに来たの?』
『わからん』
『他のDTuberの配信を見たけど、目の前で消えてたよ』
『は????』
『マジシャンか何かですか?』
『能力じゃないの?』
『消える能力とか聞いたことない』
『謎は深まるばかり』
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