130 元神聖教国各派代表30人 スパエチゼンヤに到着する

 スパエチゼンヤ門前。遠くから掛け声が聞こえる。


 「いち、にい、さん、しい、そーれ、ヒヒン」

 「いち、にい、さん、しい、そーれ、ヒヒン」

 「いち、にい、さん、しい、そーれ、ヒヒン」

 「いち、にい、さん、しい、そーれ、ヒヒン」


 門前にゴードン鬼軍曹が待っている。

 「来たな」


 「いち、にい、さん、しい、そーれ、ヒヒン」

 「いち、にい、さん、しい、そーれ、ヒヒン」

 「いち、にい、さん、しい、そーれ、ヒヒン」

 「いち、にい、さん、しい、そーれ、ヒヒン」


 「そのまま奥まで進め。巨木のパラソルが立っている」

 神聖教国を出てから乱れたことのない掛け声が突如乱れた。

 輿が動揺する。

 

 「立て直せ。滅びの草原周囲一周が希望か」

 必死になって立て直す。


 「いち、にい、さん、しい、そーれ、ヒヒン」

 「いち、にい、さん、しい、そーれ、ヒヒン」

 「いち、にい、さん、しい、そーれ、ヒヒン」

 「いち、にい、さん、しい、そーれ、ヒヒン」


 向こうに巨木の絵があしらわれたパラソルが立っている。いくつもの赤い布が敷かれた長椅子がならんでいる。

 女性が立っている。

 気が重くなる。足取りが重くなる。

 ついてしまった。ツアコンさんの元に。


 憎らしいことに、トルネードはヒヒンと笑って、ハビエル殿を乗せて行ってしまった。


 「お帰りなさい。みなさんお元気そうで何よりです。訓練は役に立ったでしょう。教国からここまで飛び降りる場所はなかったと思います。次回に期待ですね。水をどうぞ」

 

 二百人衆だろうか。キビキビと、括り付けられた人を下ろして椅子に座らせ、抱えてきた子供を受け取って椅子に座らせて水を飲ませている。いくつか長椅子を寄せて輿を乗せ、輿に乗った人に水を飲ませている。


 一息ついたところで極悪ツアコンさんより話があった。

 「今日はお疲れでしょうがさっきの水で疲れは少し取れたと思います。これからスパで風呂に入っていただき、領事館で食事、家族別に宿舎で就寝となります。ゆっくり休んでください。宿舎はなんと一家で1階と2階を使う2階建、1棟10世帯の集合住宅です」


 あれ、極悪ではなかった。宿舎は素晴らしい、ありがたいと思った。


 「言い忘れましたが、当面私が皆さんの担当になりました。明日から楽しみですね」


 やっぱり極悪だった。


 翌朝、ふかふかのベッドに魔物も来ない環境で久しぶりに家族揃った安心感。ゆっくり寝ていたいと言うのが当たり前である。


 ピンポーン。

 何か音がした。


 「皆さん、朝ですよ。いつまでも寝ていると朝食は出ませんよ」

 建物にツアコンさんの声が響く。どういう仕組みなのかわからないが、かなりの音量だ。


 「30分後に全員宿舎前に集合です。パラソルと旗はありません。遅れると迷子になりますよ」


ポーン。音がした。言いたいことは言ったのだろう。


 家族ともども急いで身支度する。


 宿舎を出ると、ブランコ様とドラちゃん、ドラニちゃんが待っていた。

 ドラちゃんとドラニちゃんが周りを飛び回る。人数を確認しているらしい。

 キュ、キュとブランコ様に話しかける。

 ウオンと言ってブランコ様が歩き出す。うしろは、ドラちゃんとドラニちゃん。

 いつもの構図だ。まさか訓練ではあるまいなと一抹の不安がよぎる。


 ブランコ様は少し離れた建物に入って行く。昨日はなかった気がする。

 中は奥が広いホールになっていた。


 ツアコンさんが待っていた。

 「皆さんようこそスパエチゼンヤへ。こちらは、シン様の自宅スパ棟になっています。こちらで皆さんの服を作るため、採寸します。ホールの隅に二つブースが作ってあります。この机の上に一人分金具で止められた書類と筆記具が置いてあります。名簿用紙、採寸書、注文書など何枚かセットにしてありますので金具を外さず、めくってそれぞれに自分で名前を書いてください。名前が書けない場合は書ける人が書いて代筆に丸をつけてください。書き終わったらその紙を持ってご家族ごとに順次ブースへどうぞ」


 ブースに入ると、若い女性が待っていて、金具で止めてある書類を受け取り、ちらっと全員を見て、紙をめくって採寸書に何やら書いている。


 「はい、終わりました。次のご家族と交代です」

 「採寸は?」

 「終わりました」

 ブースの外で待っていた家族と交代した。

 あっという間に採寸が終わり、ブースはいつの間にかなくなっていた。


 「こちらのシン様のスパはないこともあります。次は、「神国名誉総領事館」・「在神国リュディア王国総領事館」です。通称迎賓館です。30人の方は入ったことがありますね。名誉総領事、総領事ともエチゼン ローコーが拝命しています。朝食は迎賓館の多目的ホールでいただきます。


 迎賓館は外見も豪華だが、中も豪華だ。しかも品が良い。多目的ホールで朝食をいただいたが、緊張して食べた気がしない。


 「では、今日はいろいろな施設を見て回る予定ですが、旅館を除き30人のみなさんが視察で回ったところですので、ご家族を連れて回ってください。昼食は銭湯の食堂に予約してあります。夕食はここになりますので、夕方までにお戻りください。必ず夕食までにお戻りくださいね。シン様から大事なお話があります。皆さんの取りまとめ役は、元ドラゴン悪魔派幹部のゴットハルトさんにお願いします。さっきまで名前は存じ上げていませんでしたが。必ず全員連れ帰ってくださいね。巨木のツアコン用の旗をお貸ししましょうか」


 「とんでもありません。大丈夫です。結構です。いりません」

 「随分と力が入りましたね。嫌われてしまったようです。訓練は大変実用的で楽しかったように思うのですが」


 たしかに今となってみれば大変実用的であり、あの訓練がなかったら特務に殺されていたろうと思うとありがたいが、楽しかったのはツアコンさんとゴードンさん達だろうと30人は思う。


 「それではみなさん行ってらっしゃい。そうそう、銭湯まで距離がありますので、ご希望ならドラちゃんとドラニちゃんに送ってもらいます」


 「結構です。歩いていきます」


 「そうですか。天気も良し、歩くのもいいのかもしれません。お年を召されていた方も、背筋とシワが伸びたようですね。シン様の水が効きましたね。お子さんも元気そうで。乳児の方も、大丈夫そうですね。シン様の水の効果があったのかも知れません」


 「それから、エチゼンヤスパ支店もご贔屓に。奥さん、お嬢さん方、お土産の下着はいかがでしたか。エチゼンヤスパ支店でお買い上げいただいたものです。替えを買っていただいたらどうでしょうか。デザイン、機能も豊富です。男物もいろいろありますよ。赤ちゃん用の服も各種とりそろえてあります」


 「ハビエル殿とトルネードが見えないようだが」

 ゴットハルトさんが聞いた。


 「忘れていました。ハビエル殿とトルネードは、エチゼンヤ夫妻と一緒に王宮に出向いています。皆さんは追放の事実が公になる前に神聖教国を出国、リュディア王国に入国されましたので、正式に入国されたのですが、追放の事実が公になると無国籍になります。そのため身分をどうするか、相談に出向きました」


 「そうか。無国籍か」


 「はい、そうです。シン様は皆さんにリュディア王国でやって欲しいことがあるそうですので、とりあえずリュディア王国国民でいかがでしょうか。都合が悪くなればすかさず神国国民になれば良いと思います」


 ツアコンさんの話は大変胡散臭い。忘れていたのかどうかも怪しい。何か裏があるのだろうと経験上思う30人であった。


 「ではまた夕方」

 ツアコンさんが消えた。

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