110 王妃と先の王妃がシン様の信徒になる

 スパエチゼンヤに向かう馬車。

 「先触れは出したわよね」

 「はい、出しました。もう着いている頃と思います」

 「あんな方法があるとは思いつかなかったわ」

 「まったく」

 先の王妃と現王妃である。


 スパエチゼンヤの門前につくとマニッシュ美女が待っていた。男どもが鼻の下を伸ばして取り巻いている。

 御者と話をして待たせてあったバトルホースにひらりと飛び乗った。オーと鼻の下がどよめく。若い女性はカッコいいと目がハートだ。堂々たる体躯のバトルホースにキリリとしたマニッシュ美女が騎乗して、華麗な馬車を先導して進んで来るのである。道は自然に開く。


 高級旅館の車寄せに着いた。

 偉丈夫であるがやや幼さを残した甘いマスクのいい男が待っていた。馬車から降りる時手をとってもらって、今日は吉日、幸先が良いと思う王妃と先の王妃。


 案内された部屋には、お会いしたいとの先触れの通り、ローコー夫妻が待っていた。挨拶後ローコーが聞いた。

 「今日はどのようなご用件で?」

 王妃と先の王妃が譲り合っている。先の王妃に押し切られたようだ。王妃が口を開く。

 「実はシン様にお願いがあって参上しました」

 直接言わんかいと思ったが小娘のようにポッと上気した王妃を見て納得はした。

 「どのようなお願いでしょうか」

 「あのうーー」

 先の王妃が引き継ぐ。

 「シン様の信徒になりたく参上しました」

 ははあ、これはあれだ。線指輪だな。まあいいか。

 「エリザベス、シン様とアカ様をお呼びしてくれ」


 王妃が見るともなく見ていると、エリザベスさんがベランダに出て小さな長細い板をどこからか取り出した。板を押してもしもしと言って小声で話しかけている。話終わるとまた板を押し、板は消えた。エリザベスさんがベランダから戻ってくる。王妃は慌てて視線を戻した。

 戻した視線の先の空間が揺らぎ始めた。揺らぎの中に人影が見える。揺らぎが消えると、神様とアカ神様が立っていた。神々しい。

 皆平伏した。

 「どうぞ立ってください。そのままでは話も出来ません。私たちも座りますから」

 エチゼンヤさんとエリザベスさんが立ち上がり、さ、みなさんもと言ってエリザベスさんが王妃と先の王妃の腕をとってソファに座らせる。


 「こんにちは。何かご用でしたか」

 王妃と先の王妃が跪いた。先の王妃が発言する。

 「私ども、神様に身も心も捧げます。どうか信徒にしてください」

 随分危ない発言だ、国王陛下と先の国王陛下に聞かせれば面白いと思うエチゼンヤ夫妻である。

 「そんなに思い詰めなくて良いですから、どうぞお気楽に。ソファにお座りください」

 アカ神様に腕を取られソファに座った。


 「まずこの水を飲んで見てください」

 水の入ったコップを取り出してテーブルに置く。

 二人が相次いで水を飲み干す。

 体が光り、若返った。

 おお、効いたね。信心が深いということか、いかんいかん宗教になってしまうと心の中で呟くシン。

 いいじゃないの、そうなんだからとアカ。


 「それじゃ、この指輪をしてみてください」

 王妃と先の王妃に線指輪をはめてやるシン。ぽっと頬を赤らめた小娘のような王妃と先の王妃が光った。

 「その指輪は不可視と言えば見えなくなります。外せば僕のところに戻って来ます。収納をつけときましたので使ってください」


 光を放出する線指輪を見ながら、絶対外すものか、死んでも外すものかと思う王妃と先の王妃であった。

 「さて、用は済んだようですから、失礼します。収納の使い方はエチゼンヤさんに聞いてください」

 神様とアカ神様の周囲が揺らぐ。揺らぎが収まると神様とアカ神様はいなくなっていた。

 王妃と先の王妃はもう一度拝跪した。


 ため息をつき先の王妃が言った。

 「まさに神様ですね。私は初めて本物の神様にお会いしました。神聖教はなんだったんでしょう。もっともらしいことを言って私腹を肥やしているだけだったように思います。ウルバノ大司教とか」

 「お義母様、私もそう思いますが、顔、顔」

 「顔がどうしたの」

 「皺がありません」

 「それに、服が、ブカブカです」

 「あらまあ、これじゃ歩けないわ。どうしましょう。それにあなた、あなたも服が緩くてよ」

 「え、あ、本当だ。お腹の贅肉がなくなっているわ。どうしましょう」


 エリザベスさんの指輪が振動している。エリザベスさんがベランダに出た。何をしているんだろうと眺める王妃。また板を取り出して何か板と話している。板が消えた。慌てて顔を戻した。

 「今、シン様から連絡があって、神国でお二方の服を作っているのでしばらくお待ちくださいとのことでした」


 「昼食はまだでしょう。食事にしましょうか」

 ローコーがポンポンと手を叩く。どこにいたのか臙脂色の上下に別れた見慣れない服を着た中居さんが湧いて出た。

 「昼食を用意してください。御者さんにもお出ししてください」

 「承知しました」

 返事をしたと思ったら音もなく立ち去った。


 立ち去る中居を見て、なるほどこれが影の頭領の旅館か。我が国の貴族のみならず、外国の要人が泊まれば相当情報を抜き取られるだろうと思う先の王妃。今の王妃は、まだウエスト周りを触ってニマニマしている。まだまだ教育が必要ねと嘆息する先の王妃である。


 食事は部屋に運び込まれ、エチゼンヤ本店の料理長が挨拶に来て、料理の説明をして下がって行った。

 王宮でも滅多に食べられない魔肉、絶対食べられない新鮮な魚介類、今まで食べた事がない水々しく甘い果物。

 王妃と先の王妃は大満足である。

 食後のティータイム。

 「王宮でも食べたいわね」

 「それは無理です。今日の食材は皆シン様から頂いたものです」

 エチゼンヤが先の王妃に答える。

 「やっぱり神様よね。昼夜お仕えしたいわ」

 「私もお仕えしたい」

 本気度がわかるだけに笑えなくなったエチゼンヤ夫妻。


 キュ、キュと遠くから声がする。エリザベスさんがベランダに出ると程なくドラちゃんとドラニちゃんが急降下して来てふわりとエリザベスさんに抱きついた。

 キュ、キュ。そう服を持って来てくれたの。ありがとう。中に入りましょうね。この頃ドラちゃん、ドラニちゃんの言葉がわかるようになったエリザベスさんである。


 中に入るとふわふわと先の王妃と王妃の前まで飛んで行った。キュ、キュと愛想をふりまく。

 「「まあ可愛い」」

 「服を運んで来てくれたようですよ。家内と侍女が手伝いますので次の間でお着替えください」

 エリザベスさんとドラちゃん、ドラニちゃん、それにどこからか現れた侍女が王妃と先の王妃と次の間に入って行った。


 ええ、とか、ああ、とかなかなか賑やかだ。これは時間がかかりそうだな。ブランコとエスポーサが人化を解いてやって来た。お前達も暇か。よしよし、高級菓子がある。みんなで食べよう。

 エチゼンヤがお茶菓子を皿に乗せてそれぞれに出す。

 うまいな。ウオン。ウオン。そうかそうか。お茶もかなかな良いものを使っているから飲んでみるかい。

 お茶を淹れて、ブランコとエスポーサには飲みやすいように広口の器についてやる。エチゼンヤはマメなのである。まったりとした時間が流れる。


 ブランコは転移ができるようになったかい。走って勢いをつければできる。そうか。そうか。えらいな。エスポーサは、アカ様に近い。そうか、そうか。みんな努力しているね。

 ワシが若い頃は遊んでばかりだった。国内はもちろん、外国にもあちこち行ったぞ。言葉はどこに行ってもほとんど同じだったが、風習は土地土地によって違っていてな、こっちで好まれることがあっちでは嫌われたり面食らったが面白かった。シン様にあちこち連れて行ってもらいな。この国のことは、ワシとエリザベス、宰相がしっかりやっておくからな。携帯があるから連絡できるし、ブランコもエスポーサも転移ができるからすぐ来てもらえる。お、着替えが終わったようだ。


 オリメさん、アヤメさん作の服だな。しかし、普段着だが、デザインの美しさから、晩餐会でも着て行かれるな。それに線指輪の輝きが加わる。ゴテゴテした貴族の服と装身具など問題にならないなとエチゼンヤ。


 王妃と先の王妃はご機嫌で帰って行った。ドラちゃんとドラニちゃんが門前まで送って行った。王宮でもお茶菓子ゲットだろう。

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