105 ハビエル神父は馬喰に騙される

 さて、またリュディア王国王都エクバティアまで戻りか。この前はウルバノ大司教のお供でエクバティアから馬車で来たが、どうするかな。塩の交易は再開までしばらくかかるだろうから塩商人に便乗は出来ないし、教国の混乱で馬車の定期便は軒並み運休となって、廃業した業者もいるようだ。そうか、ということは、今なら馬が安いかもしれない。しまった、旅費の交渉をしておくのだった。

 呟きながら足は馬喰の元へ。


 この辺に馬喰の店がいくつかあったような気がしたが、おお、あったあった。随分汚い店だな。他にしよう。

 「神父様」

 しまった捕まった。

 「馬をご入用と見受けられますが、今なら手持ちの馬がおり格安です」

 「いや、通りかかっただけで」

 「神父様、もしや馬が余っているとお思いでしょうか。そんなことはありません。馬が余っていると聞きつけた近隣の業者が買い漁ってどんどん減っています」

 それはそうかもしれないと思うお人よし神父。

 「うちの馬もどんどん売れています。しかし先祖代々ここで商売をさせていただき、神父様方が困ってはいけないと、一頭だけ確保しておりました。今こそ神父さまのお役に立ちたい、その一心で数ある引きを断って参りました。これも神の思し召し、どうかお買い上げいただき使命を果たされんことを」


 あたりは既に薄暗くなって来ている。今買わないと明朝出立出来ないかも知れない。迷ったが買ってしまった。相場は知らないが確かに安かった。

 宿に戻り馬番に馬を預けるとビックリしていた。なるほど良馬なのかも知れない。


 翌朝、宿の料金を精算し、馬を受け取りに行くと馬番が気の毒そうに言った。

 「神父様、この馬はどうなさった?」

 「これからエクバティアまで行くので昨日買ったのだが」

 「持つかどうか」

 「え、良馬のはずだが」

 「どこで買いなすった?」

 「この先の馬喰だが」

 「あの店はとうに潰れていて、よからぬ連中が通りがかりのお人よしに、値もつかぬような馬を売りつけているんです」

 「店はあったが」

 「戸を勝手に外し、店をやっているようにみせかけるんで。取り締まりに行くと二束三文の馬をおいて逃げてしまう。薄暗くなって良く馬が見えなくなる頃出るんです。取り締まりも今はこういう状態で忙しくなかなか手が回らずやりたい放題です」

 「この馬は」

 「足を悪くして安楽死のところを、何とか生き延びたのでしょう。そのため今は足を引き摺っています」

 「歩けないのかね」

 「歩けなくはないけど人は乗せられないだろうな。馬が飲む水くらいは背負えるだろうよ。どうするね。処分するなら引き取りましょう。食肉にすれば手間賃ぐらいは出るだろうよ」

 馬は潤んだ目でじっと神父を見る。

 「これも神様の思し召しだろう。連れて行こう」

 「そうかい。まぐさと水を積んでやろう。壊れかけの桶だが使ってくれ」

 「お代は」

 「いらない。俺も馬番だ。馬を大切にしてくれる人へのお礼だ。持って行ってくれ」

 「すまない。馬は大事にすることを誓う」

 「ありがとうよ。そらこれで出発出来る」

 「神のご加護がありますように。幸多からんことを」

 神と唱えるとシン様が思い浮かぶ神父であった。


 脚を引き摺る馬の轡をとってエクバティアを目指す神父である。

 「脚は大丈夫か。ゆっくり行こうな」

 首筋を撫でてやる。馬は申し訳なさそうに頭を擦り付けてくる。

 「心配するな。これも何かの縁だ。一緒に生きていこう」


 一日歩いてやっと村が見えた。教会についたが、閉鎖されている。

 うっかりしていた。全教会が閉鎖されているのだった。村の夜は早い。すでに村の灯りは消え、静まり返っていた。しょうがない。広場を貸してもらおう。幸い広場には水場があり、人も馬も水が飲めるようになっていた。馬に水を飲ませ、自分も飲み、飼い葉をやり、自分は持参した干し芋をかじった。

 「今日はここで寝るより仕方ない。すまないな屋根がないところで」

 馬は水場に寄りかかり足を投げ出した。脚をさすってやる。

 「明日は早く出ような。次の宿泊は屋根付きのところにしたいものだな」


 翌朝、馬の水袋の水を入れ替え、腹一杯に水を飲み、水筒に一日分の水を入れた。

 村の朝は早い。村人が起きて来た。

 「神父様、どうしたね」

 「昨日夜遅く着いたものだから、ここを借りて野宿させてもらいました。これからエクバティアまで行くところです」

 「それは遠い。待ってな」

 村人が自宅に戻るとパンを持って来た。

 「今朝焼いたパンだ。持っていきな。馬も脚が悪そうだ。難儀だな。飼い葉も入れておこう。頑張れよ」

 馬がお礼をしている。

 「神のご加護がありますように。幸多からんことを」

 祈って出かける神父。村人がパラパラ出て来て見送ってくれた。


 「ありがたいことだ。教国があのザマでもまだ慕ってくれる人がいる。心せねばな。ところでお前さん、名前はなんだろうね。つけていいか」

 馬はヒヒンと返事をする。

 「額の毛が渦を巻いているから、トルネードでどうかね」

 ヒヒンと返事をする。

 「そうか、じゃトルネードだ。わしはハビエルじゃ。よろしくな」

 ヒヒン。

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