104 神聖教国 会議は踊る(下) ウルバノ大司教の証言

 事務官がウルバノ大司教を呼びに行った。こちらも待機させていたらしくすぐ来た。


 ドラゴン悪魔派

 「形だから職と名前を聞こう」

 「大司教のウルバノでございます」


 「ドラゴンについて知っていることを話してくれ」

 「それについては、まず、シンという者について話さなければなりません。この者、出自がはっきりしません。ある時リュディア王国コシの街にエチゼンヤが連れて来ました。その時は従魔が三匹でした。その後ドラゴンが従魔となりました。最初は一匹だったですが、いつの間にか二匹になっていました。噂では晩餐会で神の力を発揮したとか言われています。妖術であったのでしょう。シンが神、五匹が神の使徒、眷属などと巷で言われていますが、悪魔とその一族と思われます。国王陛下と王族、臣民がたぶらかされております。どうか、神聖教国から鉄槌を下してくれるようお願い申しあげます」


 聖ドラゴン派幹部

 「悪魔であるなら悪魔の所業があるだろう」

 「版画と申すものを作り出し、国に利益を与え根腐れさせようとしています。まさに悪魔の所業です」

 中立派幹部

 「版画というものはこれか?」

 ありし日の大神殿を中心にした街の風景画を取り出した。

 「俺も持っている。そっくり同じだ。布教に使おうと思っている」

 とドラゴン悪魔派幹部。

 聖ドラゴン派幹部

 「これがどうして悪魔の所業なのか。すっかり同じものが出来て便利では無いか。これはただの紙だ」

 ウルバノ大司教は悪魔の手は本山まで及んでいたかと心中嘆くのである。


 ドラゴン悪魔派幹部

 「他にないか」

 「どこからか二百数十名の人を攫ってきて、スパエチゼンヤに篭りました。モーリス侯爵と小生が、悪魔がローコー様をたぶらかして、拠点を作り、リュディア王国を占領しようと策謀していると、国王に進言しましたが取り上げられませんでした。モーリス侯爵と小生との私兵で叩き潰さんとスパエチゼンヤに向かいました」

 「それでどうした」

 「我々と神聖教の神の威光に恐れをなして、二百数十人を率いて滅びの草原に消えました」


 「あのーー」

 誰かが発言した。

 ドラゴン悪魔派幹部が反応する。

 「なんだ」


 「議長ですが、その話は私が見た事実と異なります」

 中立派幹部

 「見たことを言ってくれ」


 「スパエチゼンヤの門前にシン様御一行がバトルホースに騎乗のまま横に並び、後ろに二百人衆が整列しておりました。モーリス侯爵とウルバノ大司教が騎乗して私兵を連れ土煙をあげ勢いよく駆けて来ました。私は理由もなく私兵で民間施設を攻撃するのは神の理に反すると思い、兵の前に立ち、止めようとしましたが跳ね飛ばされました」

 ドラゴン悪魔派幹部、聖ドラゴン派幹部、中立派重鎮

 「確かに神の理に反しているな。それからどうなった」


 「倒れたまま見ていると、シン様ご一行が見えるところまで近づくと馬は急にゆっくりになり、しまいには兵を振り落として逃げて行きました。モーリス侯爵とウルバノ大司教は水溜まりに蹲ってしまいました」

 ウルバノ大司教は顔色が悪くなって来た。

 「シン様の『者ども行くぞ。我が国へ』という言葉に二百人衆が応え、バトルホースが蹄の音を轟かして駆けて行き、二百人衆も遅れずに走ってついていきました。兵は既に蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまっていました。事が終わってみると不思議なことに私の怪我は治っていました」


 中立派幹部

 「なんとウルバノ大司教の言うことと違うではないか。どちらが本当なのか」

 ドラゴン悪魔派幹部

 「議長殿は怪我も無し、白昼夢を見たのではないか」

 「あーー、当日は沢山の人が目撃しております。調べればすぐわかることです」


 聖ドラゴン派幹部

 「それでどうなった」

 「シン様御一行は、滅びの草原に消えて行ったそうです。まもなく、滅びの草原に神国を建国し、リュディア王国に続いて、アングレア王国、スパーニア王国が神国を承認しました。国の領土は滅びの草原全部だそうです」


 ドラゴン悪魔派幹部

 「そんなバカな。あの地は神の怒りに触れた地だぞ。何を寝ぼけている。あの地は神以外どうにもならないはずだ。どうにかなるなら、あんな広い丘陵地帯、我が神聖教国が貰う」

 聖ドラゴン派幹部

 「ドラゴン悪魔派幹部さんの申す通り、滅びの草原は、神以外どうにもならない土地であるのは明白です。その地に建国したなら、神か神に許されたものということになります」


 誰も発言しない。焦ったウルバノ大司教。

 「あいつらは馬泥棒です。モーリス侯爵と私の私兵が乗っていた馬を泥棒しました。天下の大悪人です」


 「あーー議長です。それはおかしい。二百頭の馬が前の冒険者組合本部長のゴードンさんに率いられて、スパエチゼンヤから出て来た時に、門前に集まっていたモーリス侯爵と大司教の私兵が、俺の馬だ。返せ。証拠は焼印だ、鞭跡があるはず、切りつけた跡があるはずなどと口々に言い、馬体を調べたが、私兵が言う証拠は一切なく、ゴードンさんに変な因縁をつけていると衛兵が来るぞ。この馬泥棒めと言われてしまいました」

 「見物人がたくさんおり、ゴードンさんは見物人に次のように語りました」

 『皆さん、この馬泥棒たちは、この間押しかけた侯爵殿と大司教殿の私兵だ。今度は白昼堂々馬泥棒をしようとしている。焼印、鞭跡、切りつけた跡がどうこう言っているが、皆さんも見ていた通り、そんなものは神様の馬にはない。大方虐待を続けた馬に逃げられて、馬を手に入れようと馬泥棒を働いているに違いない。私はすでにこの国のものでは無いのでこやつらは皆さんにお任せする』


 だめだこれはと思うドラゴン悪魔派幹部。

 「大司教殿が馬泥棒ね。処罰すべきはどちらだ」

 と聖ドラゴン派幹部。

 ワナワナ震える大司教。


 「まだ、まだあります。元幹部6人についてです」

 中立派重鎮。

 「皆さんはどうしている」

 「病気の人には神水を与え手当てし、腰を痛めた爺さんの代わりに薪割りをし、下水が詰まったと言えばドブさらいをし、作物の種を配り、お礼を言うと、聖ドラゴン様の思し召しです。上下貴賤、あまねく人が幸せとなり、この世界が神の国に近づけるよう、皆様に幸あらんことをお祈りしております。と言って礼も受けとらず立ち去っていくそうで、聖ドラゴン教の六聖人ともっぱらの噂です。何が聖人なものか。悪魔の六使徒です」


 ドラゴン悪魔派幹部

 「神水とやらはどうなのか」

 「あんなものはドブ水に決まっています」

 聖ドラゴン派幹部

 「御神水で病気が悪化したのか?」

 「ーーー劇的に良くなったようですが、まさに悪魔の水でしょう」

 中立派重鎮

 「我々の聖水は何の効果もなかった。下痢したり、病気が悪化した。それに高額の寄付を頂いている。お金を払って悪くなる。悪魔の水というなら我々の聖水では無いか」


 ドラゴン悪魔派幹部

 「聖ドラゴンの話を除けばまさに聖職者の行いだな」

 聖ドラゴン派幹部

 「そうだ。あの方々は何も持ち出さず、着の身着のままスタスタと歩いて出て行かれた。何の見返りも求めず、人々に救いの手を差し伸べる、我々が忘れていたまさに聖職者の行為だ」

 中立派重鎮

 「そうだな。そうありたいものだが、なかなかそこまで踏み切れない。宗派は異論があろうが、まさに6聖人なんだろうよ」


 ウルバノ大司教あせる。

 「まだ、まだあります。教皇のことです」

 中立派重鎮

 「教皇様がどうされた。ギーベル調査官に刺されたことはわかっているが、その後行方不明だぞ」

 「どうした訳かスパエチゼンヤに逗留しています。シンと申す者とその一統が神聖教国に転移して、シンの神水とドラゴンが瀕死の教皇を救い、再び転移してスパエチゼンヤに戻ったという噂があります。神出鬼没、まさに悪魔の所業です」


 聖ドラゴン派幹部

 「結局人の命を救ったんだろう。悪いことでは無いだろう。違うか」

 「ーーー。シンが教皇に禊をしろと命じ、今は毎日ドブ掃除、草むしりや薪割りを手伝ったり、洗濯をしたりして、下男、下女の仕事をやっています。どうしてそんな下賤の者のやる事を、と言ったらドブ水をかけられ、何をするのですかとつめ寄ると、聖ドラゴン様の神罰だ、もう一つ喰らうかと言われました。悪魔に洗脳された所業です」


 ドラゴン悪魔派幹部

 「転移は神話のお話だ。俄かに信じられんが、教皇様の行為自体は聖人の行いだろうよ。もう良い。下がれ。謹慎しておれ」

 「なぜに私めが謹慎なのでありましょうか」

 「黙れ。役立たず。馬泥棒め、獄吏を呼ぶぞ」


 誰も口を開かない。


「あーー議長です。行き詰まったようですから、どうでしょうか。各派閥から10人ほど、スパエチゼンヤに視察に行ってみてはどうでしょうか。その後神国が受け入れてくれれば神国まで行ってみたら良いのではないでしょうか」


 ドラゴン悪魔派幹部。

 「そうだな、そうするか」

 聖ドラゴン派も中立派も同意した。


 「お手数ですが、議長どの。リュディア王国とスパエチゼンヤに仲介の労を取っていただきたい」

 「あああーーー沈思黙考の時間が。わかりました。その前に塩の輸出禁止をとかないと話にならないと思います。教皇様の最後の命令は実行されたのでしょうか」

 「それはそうだな。まだ手が回っていないかもしれないが禁止措置はすぐやめよう」

 と中立派重鎮。他派も異論はないようだ。

 「塩の輸出禁止は解除されたということで。ではこれから行ってまいりましょう。これにて散会」


 三派ともすっかり毒気を抜かれてしまった。

 「大神殿の瓦礫でも片付けるか」

 「そうだな」

 「そうしよう」

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