045 嘆きの丘のラブストーリーをアンナ侍女長がエリザベス奥様に説明する

コシのエチゼンヤ支店。

 「王都冒険者組合メッセンジャーです。手紙をお届けに参りました」

 店員さんが対応した。ローコー様宛、差出人はトラヴィス宰相だった。


 「受け取りにサインしましょう」

 「ありがとうございます。それと返事をもらってくるように言われています」

 「ローコーはただいま出ておりますが」

 「冒険者組合で待ってます。それと組合からシン様に書類を預かって来ました。サインをお願いしますとの事です」

 「シン様も不在です。ローコーには戻りましたらそのように伝えましょう」

 「シン様の書類は是非受け取っていただきたい。サイン無しに持ち帰るなと厳命されています」

 「じゃ預かって置きましょう」

 

 「奥方様、ローコー様宛に手紙が届きました」

 店より届けられた手紙をアンナが持ってきた。

 「悪友の宰相だわね。放っておきなさい」

 「冒険者が返事を待っているそうです」

 「いいの、いいの。どうせ居ないんだし、そもそも宰相ごときに指図される謂れはないのだしね」

 「わかりました。大旦那様が戻ってきたらお渡しします」

 「そうしてちょうだい」


 「それとシン様宛の書類を押し付けられました」

 「この間の調査報告書ね。もらっとくわ。ご苦労さん」

 

 「アンナ、シン様は今日はどちらかしら」

 「さっきまでいたのですが、少しお待ちください」


 「シン様〜〜〜」

 なんて娘かしら。侍女長にしたのは誤りだったかもと考えるエリザベス。


 「いました。いました。冒険者組合に出かける寸前でした」

 「シン様、滅びの草原の調査報告書が届きましたが」

 「サインしてくれと言われています。これから郊外の嘆きの丘の調査報告を出しにいくところでしたからついでに持っていきます。じゃ行ってきます」

 シンとマリア、お付きの者たちが出かけた。


 「アンナ、嘆きの丘とは何?知ってる?」

 「はい。亡国の王女様が家臣の墓と共に遠く故郷を見つめ嘆いているとの伝説の丘です」

 「へえ。何処からそういう話が出るのかしら」

 「みんな悲劇の物語が好きですから、美しい女性が墓の傍らで遥か彼方を眺めていればストーリーが出来てしまいます。吟遊詩人が歌っています」

 「すごい想像力ね。あながち間違っているとは言えないところが吟遊詩人の怖いところね。それはそうとシン様はなぜ調査を」

 「なんでも見たこともない巨木が一夜の内に墓のそばに生えたとかで冒険者組合からマリアさんに調査依頼がありシン様も一緒に調査したそうです」

 「巨木は知らなかったわ」


 「巨木が生えたのはつい先頃のことですが、吟遊詩人がもう嗅ぎつけて巨木を組み入れた嘆きの丘ラブストーリーが大人気になっています。燎原の火のごとく王都にも広がる勢いです」

 「そうなの。何だかシン様が関係しているような気がする」


 「そのストーリーですが、亡国の王女様に寄り添う王子様が故郷が見えるようにと忠臣の墓の隣に巨木を植え、満天の星空に包まれて二人して樹上から遠く海の向こうの故郷を眺めているとか。もう大人気です」

 「やけに詳しいわね。吟遊詩人の追っかけ?」

 「ち、違います。たまたまお使いに出た時、通りがけに吟遊詩人が歌っているのが耳に入っただけです」

 「そうしておきましょう」


 「それで続きがあるのですが」

 「ここまできたら全て白状しなさい」

 「はい」

 「嬉しそうね。それで続きは」


 「その巨木の事ですが、木が大変硬くて酔っ払いが夜中に切って武勇伝にしようと斧で挑んだそうですが、木に傷一つ付けることが出来なかったそうです。酔っ払いは木に弾き飛ばされた斧で自分の足を傷つけ動けなくなり唸っていたところを、朝方に巨木詣に来た人に発見されたそうです。今も傷が治らず木を切ろうとした祟りだと噂されています」


 「本当に詳しいわね」

 「それで木は御神木ではないかということになって、今ではお供え物があがっています」

 「見てきたの?」

 「お使いに出た通りがけに」

 「それは位置的に無理があるわ」

 「えへへ」


 「まあいいわ。情報収集はエチゼンヤの仕事よ。それでシン様は巨木を調査したわけね」

 「みんな何やら覚えがある様子でした」

 「やっぱりね。御神木確定だわ。見に行こうかしら」

 「ご案内します」

 「馬車を用意して」

 「はい。奥様、ただいま馬車を車寄せに回しています」

 「ありがとう。セドリック」


 アンナと馬車に揺られ丘の下の馬車溜まりに着いた。混んでいてなかなか止めることができなかったがやっと停められた。

 外に出てみると見上げる先には丘の上に先端が見えないほどの巨木が聳え立っている。その巨木まで三三五五、人が途切れることなく歩いている。王女と王子の逢瀬が夜なのも宜なるかなである。


 少しずつ先に進んで巨木の下に着いた。巨木には目の高さ位に縄が巻き付けてあり紙が縄に挟んであってヒラヒラしている。大昔の風習らしい。根元には台が置いてあって供物が山のように乗っている。祈っているのは女性が多い。隣の墓には男性が多い。騎士もいる。忠臣ということに惹かれるのだろう。


 「アンナが来た時はどうだった」

 「まだ御神木の話が出る前でしたので供物の台も縄も巻き付けてなくて来る人もまばらでした」

 「吟遊詩人恐るべしだわね。巨木と墓と大陸の方を拝んで帰りましょう」

 「はい奥様」


 「それにしてもアンナは敏感に世の中の動きを察知してますね。良いことです。励みなさい。硬い話もね(大丈夫かしらね、侍女長にしたけど)」

 「はいーーー」


 そのころ冒険者組合にシンとマリアがやって来た。窓口嬢が酸っぱい顔をしている。

 「今日は僕ではないよ。マリアだよ。それと滅びの草原の調査報告書にサインしたから持ってきた」


 いつもの受付嬢の隣の受付嬢が草原の調査報告書をひったくり奥に行ってしまった。受付嬢が奥を睨んでいるぞ。今日の休憩室は大荒れだろうな。


 「こちらが巨木の報告書になります」

 マリアが報告書を出す。


 「巨木がなぜ生えたのかは皆目見当がつきません。巨木は異様に速いスピードで成長したようです。前の日にはなかったのに一晩たったら100メートルを超えた巨木が生えていたとの証言があります。それ以前の目撃情報はありません。巨木の現状は、高さは目測で200メートル以上。幹の太さは目通り50メートル。あまりに太く、抱きついて登ることも能わず、縄を回して登ることもできません。下枝まで大分あり梯子も届きません。縄を投げて下枝にかけようとしても縄がすっぱり切られて落ちてきます。木はどうやっても傷一つ付きません。鉄より硬いのではないでしょうか。以上報告書に記載しました」


 「結局木は異様なスピードで成長した。その木の形状、硬いという以外なにも判らなかったということですね。マリアさんはよく丘を訪ねているとの話があり、調査を依頼したのですが何も気が付かなかったのでしょうか」


 「そうそう、木を切ろうとした酔っ払いは、足の傷が腐ってきて太もも辺りから足を切り落としたそうです」

 お、マリアさんが力を少し解放した。


 「古人のことわざに触らぬ神に祟りなしというものがあるそうです」

 受付嬢がのけぞった。

 「そ、そうですね。わかりました。報酬はマリアさんの口座に振り込んでおきます。お帰りはあちらです」


 受付嬢は青い顔をしてあぶら汗を流している。周りの連中も震えているね。マリアさんも出禁になりそうだ。もう冒険者組合から声はかからないだろうけど、仕事も得られないね。暇になるな。弱った。どこかに旅行しようかね。

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