013 エチゼンヤさんが地理や常識を説明する

 食事をしながらエチゼンヤさんが話し出した。

 「シン様はどこからおいでなすったのですか。この辺りのことに詳しくないようですが」


 「深い森の中です。そこで暮らしていましたが外の世界を見てみたかったので出てきました」


 「この国の中に森はありますが、そんなに大きな森ではありません。せいぜい大きな街くらいの広さです。よその国でしょうか」


 爺さん攻めるね。


 「この世界の国の事は知りません。地理は全く分かりません。ここから北へずっと行ったところです」


 「北というと行ったら帰って来られないと言われている魔の森があります。行くのに何ヶ月もかかるようです。どの国の領地でもありません」


 「昔、魔の森の領有を宣言した国があったそうですが、一夜にして国が滅びたそうです。王国は更地になり、一木一草たりとも神の怒りから逃れられなかったと伝え聞いています」


 「ここから北へ魔の森まで果てしない草原がありますが、滅びた国の跡地と聞いています。滅びの草原と名前が付いています」


 「この街道はその草原の縁に沿って東西に走っています。東西街道と呼ばれています」


 「伝説では、滅びの草原の奥に魔の森があり、魔の森に囲まれて禁断の神の地があるそうですが、魔の森さえ行って帰って来た人が居ないので、禁断の地があるかどうかは分かりません」


 「そうですか。途中で方向を間違えたのかも知れませんね」

 としらを切る。


 「そうでしょうね。西の方の森かも知れませんね。高い山が連なる山脈があって麓に森が広がっているそうですから。そちらなら不思議はありません。狩人や木樵が立ち入ってますから深いと言うより広い森なんでしょうね。そういう人達の小屋も森の中にあるそうですよ」


 爺さんに誘導されてしまった。そうか西の山脈の麓の森にしとけば無難なんだな。爺さん親切だ。


 「それに山脈の森は南北に長く地形も複雑なため、幾つかの国の領地が入り組んでいて、どんな人が住んでいるか国境が何処なのか、どの国も掴みきれていないようです」


 「森の民は森に住んでいる間はどの国の民でもなくて、街に出て住み続ける場合は、街が所属している国の民として登録され、その国の身分証明書が発行されます」


 「森の民のままでも狩った獲物の取引や木材の取引などのため、各種の国際組合が身分証明書として使える会員証を発行してくれます。その会員証を取得した場合、各国に入国できるが国民ではないので国民としての義務はなく保護もありません。取引の際発生する税金だけ取引が発生した国に納める義務があるだけです。国民でないのに税を納める見返りとして、組合の会員証は身分証明書としてどの国でも通用します。森の民は重宝しているようですよ」


 確定したね。爺さんは追及されても出身地が不思議ではない地を教えてくれているんだな。


 「そうですか。よく考えると西の山脈の麓の森から来たのかも知れません」


 「そうでしょう。これから行くコシという街はリュディア王国という国の西の端にあります。滅びの草原を左に見て東西街道を進むと王都があります。王都がリュディア王国の東の端の街です。王都から馬車で東に一日行ったところが国境です。まだ滅びの草原は続きますが」


 「コシの街に入ったらすぐのところに冒険者組合がありますから、そこで従魔登録をしたらどうでしょうか。私も護衛の追加書類を組合に出す必要があり立ち寄りますから一緒に行きましょう」


 「何も知らないので助かります」


 「それとお召しになっている服は見たこともない材質です。デザインは神話に出てくる神様の服に酷似しています。このままだと騒ぎになると思います。ローブをお貸ししますので馬車を降りる時に着てください」


 「そうでしたか。今日初めて人に会いましたので服のことまで気がつきませんでした。ローブは借りさせてもらいます」


 「コシには私の商会の支店があります。服も置いてあります。荷物もない様ですが、なにか持っていたほうがいいでしょう。それも揃えましょう。ぜひ寄ってください」


 「荷物がないとまずいですかね」


 「神話に無限収納袋というものが出てきますが、今の時代には収納袋はなくて収納トランクになります。手で下げられるトランクの容量は、一人分の旅行用品が入れられるのがせいぜいです。それでも小さなテントが入れられるので大変重宝します。大きな屋敷一軒くらいの値段です。馬車一台分の容量の収納トランクがオークションに出たことがありますが、西の山脈の向こうの帝国の皇帝が落札しました」


 「そうですか。収納トランクは作られているのですか?」


 「売りに出されるのは、家宝として代々受け継がれていたものが、家の没落とともに流出したものがほとんどです。作る技術は絶え果てています」


 「うーーん」


 「ごく稀ですが、魔法で狼一、二頭分くらいの空間保管庫を作り出せる人がいるらしいですよ。出し入れにだいぶ体力を使うみたいです。グラッとするらしいです」


 「なるほど、グラッとね」


 「そうです。集中した様な顔をして物を出したら、すかさず頭を抱えてグラッとしなければなりません。容量が狼二頭分くらいですと国から声が掛かることはまずないでしょう」


 「さっきの水筒はまずいです。あれは初めて拝見しましたが、神具と思われます。それにあんなに美味しい水は飲んだことはありません」


 「教会に多額の寄付をした時に聖水なるものを飲ませていただきましたが、今日の水と比べたら街中の川の水に過ぎません。不味くて飲んだら気分が悪くなりました。今日いただいた水は間違いなく聖水、いやその遥か上の御神水でしょう。力が湧き出てきます。膝が痛かったのですが痛みがなくなりました。神様がもたらす御神水で間違いありません」


 「シン様は神様、アカ様は神獣様、フェンリル様、おっと白狼様は神獣様の眷属と見受けられます。護衛も御者も馬も付き合いが長く口が硬いですが、後で口止めしておきます。最も彼らも神様に命を救われ、それが滅びの草原の前ですから、思うところがあるでしょう。口は硬くつぐんでいるに違いありません。馬は無口でシャイですし」

 

 馬が無口か、爺さん中々面白いことを言う。


 「我々は神ではありませんよ。ただの森の民一家です」

 

 「はい、はい。わかっておりますとも」

 はいが2回続くとyesではないのは真理だ。


 ああ、爺さん鋭いね。ほとんどバレバレだな。知らん振りしてくれそうだからそのまま乗ろう。


 「夕食も済みましたので馬車の中にどうぞ」


 「アカと外で寝るので大丈夫ですよ。ブランコとエスポーサが見張りをしますので安心してお休みください。護衛の方も、見張りはいりません。どうぞお休みください」


 「そういうわけには」と護衛さんは雇い主の爺さんをみる。


 「良い良い。お任せしなさい。眠られるとき眠って、体力、気力を回復し、怪我を治すのも大切な護衛の仕事です」


 「そうですか。それでは我々はお言葉に甘えさせていただきます」


 「ブランコ、エスポーサ、見張りと、獣が襲ってきたら対処してね」


 ワオーン、ワオーンと二頭が草原に響き渡る雄叫びを上げた。雄叫びが絡まり合いながら草原に広がってゆく。爺さんと護衛さん、御者さん、お馬さんはびっくりしているよ。


 「今のは縄張りを主張した雄叫びです。今ので今夜は獣は襲ってこないでしょう。どうぞお休みください」


 爺さんは馬車へ、護衛さんと御者さんは馬車の陰で寝る様だ。もちろん自分はアカにくるまって寝るよ。ブランコとエスポーサは一番外側だ。両端で分かれて寝る様だ。偉いね。

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