第37話 .......「出会い」と読む

「なんでここに優たちが?」


「たまたまよ。たまたま。」

「3人で、今日は何の練習をしようか考えて歩いていたら、どこからか騒がしい声が聞こえたから来てみたんだよね。」

「なぜか予定があって、帰ったはずのあんたがいたわけ。」

「・・・で、あなたは何をしたわけ?」


 いや、怒ってる理由ってこれだよな、多分。声色がさっきよりも怒気増してる気がするし。


「いや、これには理由があって...」

「じゃ、聞かせて。」

「え〜と...」


 だめだ。理由なんて言えるわけがない。一応あるにはあるが、ナンパに誘われてのこのこと行ってしまったというだけだから。

 どうすればいいんだこれ?


「まぁ、それは一旦置いとこうよ。それよりも今は...」

「…僕もその遊びに混ぜて欲しいな。」


 いや、そうだ、それよりも。本当にやるのか?


「…え...ほんとにやるんですか?」

「うん、やるよ。何かだめなことでもあった?」

「いえ...別にだめなことはないですけど...」

「ならいいじゃん!!……ねぇ、そっちはそれでもいい?」


「うむ。こちらも特に問題ないな。」

「yes。私もノープロブレムデ〜ス!!」


「よし!! あっちも問題なさそうだし、これでいいよね。」

「…それなら...問題...ないですけど。」


 …ここはほんとにやらせるべきなのだろうか?

 この前のボーリングの時だって、いい影響を受けた場面も多くあったが、音無さんがいなければ、あのまま終わってた可能性だってある。

 なら、僕はどうするべきなのだろうか。


「何をそんな、心配そうにしてるんだよ、連。」

「楽しくいくんだろう。…これは遊びなんだからさ。」


……そうか。そこまで言うなら…止める必要は無いのだろう……


「…なら、頑張ってくださいね。応援してますから。」

「…うん、見ててね。」


 そう言い、コート書き出す優。


「……次は私がやってもいい?」

「わぁ!!……金剛さんでしたかすみません。大きな声を出してしまって。…大丈夫ですよ。頑張ってきてください。」

「……うん、頑張る。」


 どこか楽しみそうに笑う子供のような雰囲気を思わせたが、瞬きをした瞬間にはいつも通りの彼女に戻っていた。

 彼女も相当、この遊びにワクワクしているのだろう。

 2人の背中からは容易にそれがわかるほどの熱気を感じた。


「Oh〜やっぱりそうデ〜ス。さっきの店員さんだと思ったんデスヨ〜。Woo〜本当に似ているネ。」

「…それはどうも。一応、双子なので...」

「……本当に女の子じゃないんですよね?」

「……よく言われますけど、女の子じゃないですよ、全然違いますから。」

「Really!! fantasticデ〜ス!! コロンブスもビックリの人類の進化ネ!!」

「いや、それダーウィンだと思いますよ。コロンブスだと海渡っちゃいますから。」


「ふふっ、この前もあったが、やはり美しい。」

「……どうも。」

「そして、いつでも表情を崩さず、誰をも寄せ付けない高貴な態度。

「……どうも。」

「それでいて、スポーツのこととなると一心不乱に取り組む姿勢。」

「……どうも。」

「そう、例えるなら、海上に現れた雪氷の戦乙女と言ったところだろうか。」

「……どうも。」

「だから、もしよろしければ、この後一緒にお茶でもどうかな?

「……大丈夫です。」


 楽しげに話すその姿はまるでクラス家で行われるような友達同士の会話であった。


「…まぁ今はそんなことさておき...」

「早速、始めようよ。ビーチバレー。」


 だが、その雰囲気も試合が始まると、一瞬で消えさり、彼らの目には静かだが、メラメラと燃えるような何か強い感情が込められた。


「…さぁ行くぞ。」


 雄二君の掛け声から試合が始まる。

 高く上げられたボールは、先ほどまでのスピードと正確性を落とすことなく、相手のコートに放たれる。


「…あら…よっと!」


 だが、先ほどと違うのは、彼らのボールを返すことができる人に変わったということだ。


 まじか!! あのボールを返せるのか!!


 すました顔からわからないが、先ほどと変わらない威力であったら、返すことができても、狙った位置には返すことは難しいと思う。それでも...


「……ありがとう。これなら私にもできそう。」


 いつもと同じように表情には出ないが、どこか安心したように、ゆったりとした動きでトスを上げ...


「……」


 バンッ!!


 ……ると思っていたのだが、ゆったりとした動きからは考えられないほどの素早い動きでフォームを変え、力強いスパイクを放った。


「…ハハハ!! これは1本取られたな。」

「Wow !! これは驚いたデ〜ス!! Hey、雄二。今の私たちもやるデ〜ス。」

「そうだな。できるかどうかともかく、あれはかっこいいからな。」


 この光景が、先ほど観ていた光景と同じものなのか、僕にはわからなかった。

 先ほどの試合で圧倒的な差を見せつけられた2人に追いつくどころか、並び立とうとする2人。


 優たちも彼らとは違うタイプの天才なのだろう...

 

 その光景が僕にとっては眩しく輝いていて、直視なんてしたくないのに瞬きもせず、その光景をただ見つめている自分がいた。


〜〜〜


 最初は一進一退の攻防を繰り広げているように見えたが、やはり才栄学園の生徒と言うべきか、後半にかけてもさらに成長をし続け、差ができ始めてきた。


「Oh〜だんだんと体が温まってきたネ!!」

「そうだな。これなら最初のやつもできそうだ。」


「……ハァ…ハァ」

「……ハァ…ハァ」


 雄二君たちはまだ体力があるのか、ゲームの合間に談笑する余裕があるようだが、優たちは息をするようにして、コートの上にただ立ち尽くしていた。


 ………まぁ、こうなるか...


 「…それじゃあ、ちょっとハンデをもらおうかな。」


 ……ハンデ?


 急にどういうことだ。あんなに頑張ってたのにいきなりハンデなんてどういうことだ?


「……ということで……そろそろできるよね、連?」


 ……えっ、今なんて言ったんだ!?


「ほら、早く来てよ。」


 現状も理解できないまま、わけもわからずにコート内へと入っていく。

 ……まさか!? こっち側を3人にして勝とうとしてるのか?


「……じゃあ、沙耶さんと連を交代してもいいかな?」

「えっ、僕ですか!?」


 なんでここで僕を出すんだ!?

 さっきの試合を見てなかったから知らないのかもしれないが、体力を回復した僕であっても今の2人にも遠く及ばないと思う。


「……私からもお願い。」

「……正直今立ってるだけでも、足が震えるくらいにもう疲労が溜まってる。」

「……これ以上すると、今後の試験や大会に響きそうだから変わって欲しい。」

「うむ。試験前に怪我をするのは良くないな。これは遊びなのだから別、に問題ないだろう。」

「私もイイデ〜ス!!」


 言われてみると、最初に比べて金剛さんのキャンプした回数も減っていき、今ではレシーブをしようとするだけでボールの威力を消しきれず、尻餅をついてしまう場面もあったように思う。


 「…わかりました。でしたら僕が出ます。」


 これは仕方がない。一応これは遊びなのだから、これで怪我をしてしまっては、今までの努力が無駄になってしまう。


 …………例え、僕が出て勝つ確率が減ったとしても...


「なぁ、連。」

「はい、なんですか。」

「俺、昨日言ったよな。」


 小さい声だが、芯のある声が周りからの声援の中、僕の耳だけに響く。


「もし悩んだような顔を見せたら、俺が助けてやるって。」

「……だから悩むな。」

「今は俺がこの試合に勝てるように全力で、俺をサポートしてくれ。」


 脈拍も何もないような自己中心的な発言。


 助けるのに助けて欲しいと言うのは意味が不明だし、そんなことで僕の悩みが完全に消え去ることなどない。


 ……だが、心が少し楽になる。


 閉じかけていた視界が広がるような感覚。

 目の前には先ほど自分がどれだけあがいても足元に及ぶことすらできなかった2人。あんなに大きく見えた2人でも僕と同じ高校生なのだ。

 どれだけ才能があろうとも、どれだけ勝てない相手であろうとも、完璧ではないのだ。

 そう思えるようになったのは......


「よし。表情も幾分かマシになったな。」

「……はい、ありがとうございます。」

「……じゃ、そろそろいける?」

「……できるだけ頑張ってみます。」


 軽口が叩ける程度には気持ちも戻ってきた。


 僕は天才ではない。だから、1人で天才たちとは戦えない。だから。......



「さぁ、試合最高だ!!」

  

 ドンッ!!


 これまでで1番強いい打撃音が響く。ボールはまっすぐと弧を描きながら僕の元へ飛んでくる。


 ……優ならどんなボールでも取ってくれる。だから、僕はただ上げるだけだ。


 背中を丸くし、腰を低く保つ。


 パンッ!!


 ボールの勢いを殺すため、背中から受け身を取りながらも、しっかりとボールは空中へと上がった。


「いいよ。じゃあ頑張ってね!!」


 ゆったりとした動きでボールを上げてくれたおかげで、倒れた状態から体を起こし、スパイク体制まで入れた。しかし、


「ここから先はいかせないデ〜ス。」


 先ほども防がれた高いブロックが目の前に現れる。だがしかし、


 パン

「Wow!! 戻しちゃったデ〜ス。」


 軽いタッチで、わざと相手の腕に当て、もう一度チャンスを作る。


「…いいね。じゃあもう一回、お願いね。」


 優は楽しそうにニコニコとしながら、ボールを上げる。

 こっちは楽じゃないんだけどな、などとも考えたが、こんな状況を楽しんでいる自分もいたから口には出さない。


 なら、ここはさっきの金剛さんみたいに...


 腕を大きく広げ、高く飛び上がる。


「悪いが、さっきみたいなな手は2度も食らわんからな。」


 さっきの画面を見てだからか、僕がスパイクのフォームに入った時点で、高いブロックの壁が作られていた。でも、


 ボン


 僕は主役を張れる人間ではないし、ここで輝けるだなんて思ってない。だからこそ、


「何! トスだと!」


 僕は脇役に徹する。優たちのような主役を輝かせるために。

 優なら僕の拙いトスでも上げてくれるだろう。


「やっぱり、やれば出来るね、連。」


 彼らは気づかなかったのだろう。

 彼らの視界、僕を挟んだその延長線上。そこに優がいたことを。


 パンッ!

 

「これなら、獲れ...ないデ〜ス!!」


 バサッ


 一瞬の沈黙が訪れる。だが、それも本当に一瞬で、次の瞬間には今日1番の歓声とはち切れんばかりの拍手に包まれた。


「すごいデ〜ス!! 今のはすごくwonderfulネ!!」

「あ〜そうだな。…やっぱり、お前はすごいやつだ!」


 相手コートの2人からも称賛の声が挙げられる。


 ……あぁ、みんなはこんな景色を見ていたのか。


「すごいね、連。やっぱり、やれば出来るじゃん。」

「……そうですね。……ありがとうございます。」

「何かはわからないけど……どういたしまして。」


 優が差し出した拳に恥ずかしながらも、自分も拳を合わせる。


「じゃ、後も頑張っちゃおうか。」

「そうですね。」


 

そして、視線をまた前に戻す。


〜〜〜


 結論から言おう。僕らは.......................勝てなかった。


 当たり前も言えば当たり前なのだが、先ほどは運動神経抜群な金剛さんがチームにいても点数で勝ち越してなかったのだ。それなのに、僕に変わったところで大きな結果には繋がらないないだろう。


 だがしかし、今回のことで何か少しだけわかった気がする。

 才能とは何か、そして、みんなは何でそれを欲しているのか。それを踏まえた入試のことも。

 一芸特化の僕らのチームにとっての僕の役割、それに合わせた特訓方法。そして、僕自身の才能のことも...


 やはりこれなのか、と複雑な気持ちになるものの、覚悟を決める。


―――今回の試験は『僕』らしくいこうか。


 口には出さないが、心で固く決意する。


「何であんたはそんなことできるのよ!!」


 怒気のこもった彼女の声が聞こえる。これまでに幾度となく怒られてきた声。だが、その中でも強く、短い付き合いであっても相当に怒っているのだろうということがわかるほどの声。


一体......何が.......


◇◇◇


 いつもより早い足取りで駅へと向かう道を行く。


 これまでの2、3ヶ月は今日という日のために頑張ってきた。だが、この数日間はその中でも特に頑張ってきたと思う。具体的にと言われると少し難しいところがあるが、まぁ強いて言うなら...『僕』なりに頑張ってきたのだ、


 だから、今日の試験はしっかりとクリアしないとな。


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