第34話 「ビーチバレー」と書いて......①
「いらっしゃいませ!」
「お〜、なんかあんた元気だね。」
「まぁ...ちょっとありましてね。」
今日はもうアルバイト3日目である。昨日のことのおかげで、心のモヤは消え、意思は固まった。
その影響か、初日にできなかった声出しもしっかりとできるようになった。
「ふ〜ん、分からないけど、そっちの方がいいんじゃない。」
「はい!」
「じゃ、お兄さん。ご注文いいかな。」
「はい。お待たせいた...って、優か。普通に声かけてくれればよかったのに。」
「ちょっとどんな反応するか気になっちゃってさ。」
少しいたずらっぽく笑う彼に釣られて僕も笑ってしまう。
昨日の一件もあって、優とは以前より仲良くなれた気がする。
だが、それにしても...
目の前にいる優の姿をじっと見つめる。
やっぱり、どうしてだろう。なんだか今日は......ドキドキする。
……いや、これはキモいな。言い方を噛み砕いて、濁して、伝えるなら何か雰囲気が違う気がする。
服装は少しピンクがかったパーカー型のラッシュガードを羽織り、オーバーサイズなのもあって手は萌え袖でほとんど隠れ、膝上までを覆い...うん...その...なんと言うか...うん..あれだ......あれだ!!
「……どうしたの、連君?」
不思議そうに僕の顔を覗き込む優の姿は普段以上に小動物感があり、言葉が出ないでいる。
「……もしかして、見たいの?」
見たい!? どう言うことだ!? いや意味はわかるが・・・・・・どう言う意図で言ってきたんだ?
横にいる音無さんは無反応でかき氷を作り続けているし、まず第一に優が女の子ものの服を着ているのはおかしいだろ、いやおかしくない!! 優なら似合うし、問題ないから!!..って、そう言う問題じゃなくって!!
頭では思考を重ねるたびに、負のスパイラルにのめり込んでいく。フェルマーの最終定理を解いてた人たちもこんな気分だったのだろう、多分、
「じゃ、あと3秒以内に決めて………3……2……1……」
思考能力を奪うかのように開始されたカウントダウン。その場であたふたとしているうちに1秒、また1秒と経ち、0のカウントがされそうになったその瞬間。
「…ごめんね、連。先に休憩もらっちゃってさ。終わったから、次行ってきていいよ。」
…………えっ?
「って、お姉ちゃん! 何でこんなところいるの!?」
お姉…えっ〜〜〜!! ということは、この優って二階堂さんか!!……全然気づかなかった。
と言うか、今何って言おうとしたんだ、佐藤連!? 普通に横に音無さんいるぞ!!
「…じゃ、あなたは...二階堂さん.....
ですか?」
「うん! そうだよ。前も気づいてくれたから、今回もと思ったんだけどな〜残念。」
「えっ!? あんた気づいてなかったの。てっきり、気づいてて付き合ってあげてるのだとばかり.....」
「えっ...って! 音無さんは気づいてたんですか?」
「そりゃね、一度聞いたことある声なんだし、2回目はいささか間違わないでしょ。それに.......美樹が着てるのって女の子用の服だし。」
…言われてみれば、どことなく女の子感を漂わせているような服装に見えてきた。というか、初日からアルバイトの制服代わりに店のロゴが入ったTシャツと店のロゴが入った短パン着てたんだった。
それなのに、水着を着てたらやっぱりおかしいよな。
――でも、一つだけ言わせてほしい。
優ならこの服を選ぶ可能性だってあるし、着る可能性だってある。それに優になら似合う自信だってある!! 僕が断言しよう。
「…それで、美樹はどうしたの? 1人でこんなところに来るタイプじゃなさそうだし。誰かと一緒に来たんじゃない?」
「まぁ、そうだね。1人ではないかな...アハハ......」
何だか歯切れが悪そうに言う二階堂さんの姿が普段とは異なり、不安感を煽られてしまう。
「ごめんね、連君!! もしかしたらなんだけど、何か起こるかもしれなくて、でも、でも!! 万が一にも億か一にも何が起こったとしても今回は私のせいじゃないからね〜!! じゃ、バイバイ!!」
捲し立てるように言い、どこかへと走り去っていった彼女。
その彼女に不安感をさらに煽られ、彼女に対する何をやらかしたんだという疑念も生まれてくる。
〜〜〜
時間はピーク時の昼ごろを過ぎ、それでできた行列も消化し、そろそろみんなで昼休憩を取ろうかとという時だった。
「僕らもそろそろ休憩とりましょ...」
「ヘイ!! 注文いいデスか。」
「あっ、はい! 大丈夫ですよ。」
裏にいた優に声をかけようとした瞬間、お客さんからの声が聞こえる。そして、急いで振り向くと、そこには3人の美女がいた。
あ〜、これはあれだね...うん......終わった。
先ほどまでは対面でハキハキと喋れていたが、顔を見た瞬間にもうしどろもどろと口をパクパクさせている。
だが、それではダメだ!! 佐藤連!!
今日まで、そういうお客さんやちょっと顔に逞しさがあるお客さん、ちょっと明る過ぎるお客さんなどに対しては優が相手をしてくれた。
でも、今は違う!! 優と交わした約束が僕にはあるんだ!! だから僕に、ここで逃げるという選択肢はない!!
覚悟を決め、前を向き、口を開く。
「いらっしゃいませ! ご注文はなんでしょうか?」
あ、これ、顔見なければいけるな。
そうだ。別に顔を見なくてもいいんだから、頭のてっぺんが見えるかどうかのところに視線を合わせれば、そんなに緊張する必要なくできる。
これならいけるぞ!!
「Oh〜センキュ〜ね!! じゃ、とりあえず、フランクフルト10本と焼きそば10個頼むデス!!」
あー........これはどっちだ? 陽キャ特有の冗談的な悪乗りで頼まれているのか。はたまた、普通に大人数で来ていて買いに来ているのか。
でも、そうか。これどっちにしろやばいな。この時間から団体分の量を用意するのは大変だぞ。それにこの量だと10人くらいか?
優も片付けをしに裏へ行ってるし。食材自体はあるけど、僕だけでその量を対応できるか?
「…あっ、えっと、分かりました。その量になりますと少々時間をいただくことになりますがよろしいでしょうか?」
「Yes!! 問題ないデス。」
「分かりました。では、少々お待ちください。」
よし! こうなったら気合いでなんとかしてやる!!
「あっ、店員さん。ちょっといいかしら。」
ちょうど鉄板の上に焼きそばを広げ、ソースをかけようとした時にお客さんの中の1人から声をかけられる。
「まだ、私たちの分の注文をしてないからいいかしら?」
「……え?」
「さっきの注文はこの子の分だけなの。」
「……え?」
「そうデス。さっきのは私のデス。」
「……え?」
「ということですので、フランクフルト5本と焼きとうもろこし5本、焼きそば4個にイカ焼きも3本ほどお願いします。」
「あと、追加でかき氷も欲しいネ。」
「……え?………………あ、はい。」
異常な注文量で脳の許容範囲を超えてしまい、とりあえず、はいとだけ言うロボットになってしまった。というか、そんなに食べれるのか?
……しょうがない。こうなってしまったら、お客さんにも迷惑がかるし、優を呼ぶか。
「すいません!! 優、います? こっちの方手伝ってもらってもいいですか?」
裏に向かって声をかけるが、返事は返ってこない。でも、結構大きな声で読んだから聞こえてないってことはないだろう。
どちらにしろ持ち場を離れることはできないのだから、今できることを頑張るほかない。
「ほら、やっぱり。今、優って言ってたし、彼なんじゃないの?」
「…そうですね。でも、彼が言っていたほどの人物には見えませんが...」
「……よく分からないデスネ......とりあえずバトルしてみるデスか?」
料理を作る視界の端には彼女たちがヒソヒソと話す姿が見える。たまにチラチラと見てきて前までの僕だったら、その視線だけでも緊張して、手がガクブルと震え、料理どころでは無かったと思う。
だが、今の僕はロボットのようなもので、どちらにしろ脳では処理できないので関係なかった。
「すいません、店員さん。ちょっと質問良いですか?」
「…はい、何でしょうか...?」
「その...違ってたら、ごめんなさいなんだけど.......」
うっ...なんだ? さっきまで恥の方でコソコソと話していて、急にこんなことを聞かれると、あまりいい想像が思いつかないのだが......
「…えっと・・・君ってさ、佐藤連、君なのかな?」
…うん? 今、僕の名前が呼ばれた気がしたけど......絶対聞き間違いだよな。
彼女たちに会ってから自分の名前なんか言った覚えはないし、ましてや彼女たちと知り合いだったなんてとも僕の記憶を辿ったけどなかったはずだ。
……でも、だとしたら、何と言っていたのか分からないし......とりあえず、名前を聞かれたのだと仮定して答えておこう。
「…はい。一応、佐藤連と申しますが...」
「やっぱり!!」
へっ!? 急に大きな声でどうしたんだ?....って、今、やっぱりとか言ってなかったか?
「やっぱりそうなんだね! じゃ、佐藤君って何かすごい才能がある感じなのかな? 見た目からして...勉強系とか!」
えっ?
「No〜No〜彼は運動が得意なタイプの人間なのデ〜ス。」
えっ? 急に何を言って、てか、あんまり見ないで!! 普通に緊張して、オーダーの内容忘れそうだし...って、次、何つければいいんだっけ?
「あなたたち落ち着きなさい。」
次第に近づいてきていた2人の女性の動きを遮るように静かだが、強く声を発する。
「ごめんなさいね、店員さ....いや、佐藤さん、だったかしら。」
「この子たちのことは落ち着かせておくから、気にせずあなたの仕事を続けてください。」
やはり、………できる人だ!!
見た目を見てもそう思わせられるものがあった。
深い深い森の中で見つけた陽の光差す木々のような幻想的で綺麗な深緑の長髪に、日本人離れした綺麗な顔。一方で、髪は海に入るからか纏められており、古風な眼鏡をかけているところを見ると、大人びた雰囲気の文学少女を思わせるところがある。
スーツを着ていれば仕事ができる秘書に近い気がする。
「でも、私自信気になるのも確かだから、後で私たちのところに来てくれないかしら?」
「あ〜はい.......え........」
「それは。良かったわ。」
「あ、あの...!」
「連、お待たせ。大丈夫そう?」
彼女がしてきた問いを聞き返そうとしたが、優が来たことで遮られてしまう。
…それにしてもこれはどういうことだ?
普通に考えるなら、何かの罰ゲームだろう。けれども、今は夏であり、ここは海である。だからこそ、期待してしまう。もしかしたら、これが世に言う....難破なのか!!
いや違う、こっちじゃない!!
自分の頭の中でも未だに状況を理解することができず、脳内の文字変換もうまくできていなかった。それほどまでに衝撃的な出来事だったのだ。
これは...どうするべきなのか.......?
この後のことと今目の前にある焼き過ぎてしまった焼きそば、通称焦げそばに苦悩してしまう。
……本当にどうするべきなんだ?
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