第33話 「二階堂優輝」と書いて「約束」と読む
午後の海の家での仕事は特に大きな問題もなく、終わらすことができた。
その後はいつも通りと言うか、最近増えてきたみんなで集まって一緒に練習をする時間となる。時間はピークを過ぎてるからそれほど人はおらず、練習に使っても問題ない様子だった。
今日はちょうどビーチにいることもあって砂浜ダッシュや少し長めな遊泳などをしている。
音無さん曰く、何があっても運動なら体力があって困ることはないし、走れて困ることはない。ということらしい。
だからか、ここ最近はみんなといると走っていることが多い。僕に関してだけ言えば、自分の強みがいまだに分からないでいるから、一人でいる時も走っている。
「はぁ......はぁ......」
「 ……ふぅ……ふぅ」
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
「……」
それでも、砂浜だと足がもっていかれるからか、想像以上に走りづらい。普段と同じ距離だとしても脚の疲労感がすごく、周りも疲労が溜まっている様子だ。
「……みんな…一旦、休憩ね。」
音無さんも周りの様子に気づいたのか、休みを取るように声をかけた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ...」
でも、一番疲労しているのは音無さん自身なのだろう。
それも当たり前と言えば当たり前なのだが、金剛さんは運動部に所属していて、僕と優に関しては男だから体力の差には初めから大きな隔たりがある。
彼女自身もそのことに気付いてるからこそ、ここにいる誰よりも自分自身を追い込んでいるのだと思う。
「すいません。僕、もう少し走ってきます。」
…やっぱり、ダメだ。
音無さんはあんなに頑張っていて、誰よりもみんなを引っ張っていた。優と金剛さんだって自分たちの才能があって、それを生かすような努力をしている。
そんな彼ら、彼女らに囲まれていて、僕はどうだった?
自分でもそれなりに頑張ってはいたが、周りがいれば周りに合わせてそれ相応の努力をするだけで、ある程度のところまでいけば、それでいいやなんて思いながらやってきた。
――――――僕には何にもないのに。
人を奮い立たせるカリスマ性も
誰に対しても分け隔てなく接する懐の大きさも
どんな自分とも向き合う心の強さも
ましてや、才能と呼べるようなものも何もない。
そんなことに改めて気付かされる。
そんな僕が、そんな何もない僕が出来ることは.......
「はぁ...はぁ...はぁ...はぁ...」
周りに惑わされず、自分の意思で誰よりも努力することだけだった。
元々、持っているもので勝てないのなら、今から新しいものを手に入れられるよう努力をすればいい。
周りが同じ速度で成長していくなら、それ以上の努力をして成長すればいい。
―――そうでもしない限り....僕は...きっと僕は.........
「…なんか今日のあいつ、やる気あるね。」
「…………そうだ、ね。」
自分の世界に入っていた僕は周りの様子が目に入ってなかったようで。しばらくしてから、優が帰るために止めてくれるまで無我夢中で走っていた。
もうその頃には、周りは暗くなり、辺りにはほとんど人が見られなくなった。
「……」
◇◇◇
2日目も大きな問題もなく、1日目で学んだことがある程度身についたことから、昨日よりも効率よく進めることができた。
そして、ピーク時間も過ぎ、2日目もある程度難なく終わらすことができた。
〜〜〜
「ごめん。今日は私、用事あるから、パスで。」
「…私もこれから部活だから..!」
「…そうですか。」
まかないを食へ終わり、いつも通り練習をやるものだと思い、みんなを誘ったが、2人には予定があるようだった。
……それもそうか。
夏休みなのだから予定が入ってることくらい当たり前にあるだろうし、驚くようなものではないのだろう。
「…となると....」
「……うん。一緒にやろうか。」
〜〜〜
「はぁ......はぁ......」
「はぁ......はぁ......」
昨日よりも幾分か速いペースで走っている。身体には昨日の疲労も残っており、筋肉痛もある。そのためか、多少の違いであっても身体には深く重みがのしかかっていた。
それは優も同じのようでいつも以上に息が上がっている。
「……ハァ…大丈夫、息上がってるんじゃないの。」
「……ハァ…大丈夫てすよ。優の方こそ大丈夫ですか。」
表情は辛そうであったが、軽口を叩ける程度には余裕がある様子だった。
まぁ、余裕があると言うよりも、ムキになって強がっているという表現の方が合ってる気がする。…実際、僕もそうだったし。
「…じゃあ、さ……ラスト1km……勝負してみない。」
「勝負ですか...はぁ.......それ...本気で...言ってます?」
「ハァ... ハァ..!負けるの...怖い?」
「はぁ......はぁ......いいですよ。やりますか。」
また、ムキになって張り合ってしまう。
「…………オッケ………やろうか……じゃ、負けた方は……相手の言うことを聞くってことで………今からスタート!」
「……え…えっ、ちょっと待っ.......」
了承を得たと同時にスタートの合図が切られた。
優から数歩ほど遅れてスタートしたため、距離としてもう5mほどある。急いで優の元へと追いつこうとするも、走る砂音に気付いてか、優も同じようにスピードを上げる。
こっちが1つギアを上げると、優も1つギアを上げる。その繰り返しで、次第に鼓動は高まり、呼吸が乱れる。
一歩一歩進むたびに重くなる身体で、足はもつれそうになる。
高まる鼓動が身体に差す陽の光、夏の暑さをも涼しくさせる。
辛くて、熱くて、苦しくて。
でも...それでも、今は.......優に追いつきたい!!
何気なく始めた勝負だけど、なぜか今は純粋に勝負に勝ちたいと思っている。
残りは大体300mくらいだろうか。なら...
重くなった脚で踏み込み、一気に駆け抜ける。
「…っあ……」
自分の出せる限界まて張り上げたスピードには優も一瞬反応が遅れたようだった。その隙に優の横まで追いつき、そのまま追い抜いていた。
「…くっ……」
優も負けじと、遅れながらもスピードを上げ、ラスト100mにして横に並んだ。
スピードは互角、体力も身体も限界。ここまできたら残るは気合いしかない。
残るは50m...30m...20m...10m...
そして最後は、ゴール地点にしていたコーンへと倒れ込むようにゴールをした。
〜〜〜
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ...」
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ...」
砂浜で汚れも気にせず、仰向けのまま空を見上げる。
走り終わった直後はまだ夕焼けがかった空模様だったが、長い間倒れていたようで星が綺麗に映る夜空へと変わっていた。
「ハァ…ハァ…まさかな...」
「ハァ…ハァ…そうですね......まさか引き分けだったなんて......思いませんでした。」
結局、最後は2人とも倒れ込んでゴールを決めた。それもほぼ同時にだ。
「いや〜。……速いな、連は。」
「ハァ…優こそ……すごいですよ。」
身体の火照りも夜の海風によって心地良い具合の安らぎへと変わる。
…今、この一瞬だけは、昨日のことも......
「……大丈夫そうだね・・・良かったよ...」
「……良かったって、どう言う……」
「だって、どこかの誰かさんが馬鹿みたいに悩んじゃってるみたいだったからさ…」
「そんなことで頭使うくらいなら、身体を全力で動かしてズッキした方がいいかなと思ってさ。」
……ぁあ。そういうことだったのか。
急に優から勝負を持ちかけられた時は何にも考えずにただ強がって反応していたが、そこにもちゃんと意図があったのだと知る。
「悩んでいたつもりはなかったんですけど......まあ...でも....そうですね。悩んでいたのかもしれないですね。」
「…でも、そんなに悩んでいるように見えましたか?」
「そりゃあね。顔にしっかりと出てたからな……まぁ、こう見えて結構、人のこと見てるんだぜ、俺って。」
「…昔から人の視線を集めやすかったし、その分、相手の表情を見ることも多くてさ。それでかな、気付いたのは。」
「…ハハッ。すごい能力ですね。」
「……そうでもないさ。」
「そのせいで良いこともあったし.......悪いことだってあったからな。」
「まぁ・・・でも・・・色々あってさ......それでさ.......その容姿もあって....コスプレも始めたんだよ...」
「はいはい。話しはこれでおしまい。」
最初は自慢げに話していた優の姿も次第に真剣さを帯び、何かを言おうとしていたところで話を急遽切り上げてしまった。そちらも気になりはするが、今は...
「ありがとうございますね。」
素直に感謝を伝えたい。
呼吸も整い、落ち着いてきてからも、幾分かは先ほどより心が軽くなった。
そのおかげか、普段より身体も軽くなった気がする。
もし、あのままやっていても、結局は上手くいってなかったような気がする。
それでも……
「で「あのさ…」…えっ」
「もしかしたら、まだ考えてるのかもしれないけど……まぁ...でも...そうだな...」
僕の言葉を遮り、何かを言おうとして開いた口は閉ざされる。波音だけが僕らの空間を包み、時が過ぎていく。
そして、心地よさにうとうととしてきた時だった。
「じゃ、分かったこうしよう。」
急に立ち上がった優に視線を向ける。ちょうど月が背景となっていて表情を完全に読み取ることはできないが、僕にはその時の優はにっこりと笑っているように見えた。
「さっき俺らは勝負をして、引き分けだった。」
「それで負けた方が相手の言うことを聞くって話しだったわけだ。」
「いや僕、それ了承してませんでしたよ。」
「まぁ、それはとりあえず置いといて。」
「いや、置かないでくださいよ!」
「いいんだよ、置いておいて。これはあくまで俺の問題だからな。」
「俺は自分の言った言葉だけは守るようにしてんだ。」
そう言えば、昨日も似たようなことを言っていたが、それだけ優にとっては大切なことなのか。
「でだ、引き分けってことは勝ちでもあり、負けでもあるという感じに捉えることもできるよな。」
「たから、決めた!!」
「勝った俺が負けた俺に対して1つ言うことを聞かせることに、な。」
…………うん? どういうことだ?
一瞬、頭の中に?マークが浮かんだが……いや、しばらく考えても?マークしか浮かばない。
……つまり、どういうことだ?
「つまり...どういうことですか?」
堪らず、優に尋ねてしまう
「つまりだ......」
「俺に対して連が一瞬でも悩んだような表情を見せたら、俺が絶対助けてやるって約束させるんだよ。」
えっ。
「だから、お前が悩んだり、困ったりしたら、俺が働かなきゃいけないんだから、あまり悩むなよ!!・・・せめて、悩む前に相談でもしろ...」
… 彼は本当に僕のことを心配してくれているのだろう。
そうか...そうなのか...僕に...僕にも...
「…ハ、ハハッ。そうですか。それは...ありがとうございます。僕も少し考えるようにしますね。」
「……そう、か。……なら、良かった。」
「それで...僕も...負けた自分に1つだけ、良いですかね。」
「うん! 良いんじゃねぇの。」
「それじゃ、僕には.......」
「才栄学園の試験にみんなが絶対に受かれるようにサポートすることを命じましょうかね。」
「それじゃ、俺もとりあえずはみんなが受かれように手伝ってやるよ。じゃないとお前、悩みそうだもんな。」
「…そうですか。……じゃ、お願いしますね。」
そう言って、差し出した手に彼の視線が落ちる。
「…ぁあ。こちらこそよろしく頼むぜ。」
差し出した手に柔らかな感触が伝わる。
……あくまでひとり言だが、一瞬、ドキッとしてしまったことは言わないでおく。
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