第8話 「佐藤連」と書いて「日常」と読む
現在は放課後。授業が終わり、何かの封印から解放されたかのように校内が一層騒がしくなっている中、僕はというと、周りを気にした様子もなくそそくさと一人帰路に着いていた。
……だが、ここでひとつ言わせていただきたいが決して僕は一人が好きというわけではない。
なんなら、気にした様子もなく帰路に着いたとかさっきは言ったが、内心では誰か僕に声かけてくれないかなってめちゃくちゃ周り気にしてたし……って、僕はいったい誰に言い訳しているんだ?
「うえ~ん、風船が取れないよう!」
そんなことを考えていると、いつのまにか駅前の大通りにまできており、道路わきの木の近くには泣いている一人の男の子がいた。
その少年は泣きながらも木に引っかかった風船に対して必死に手を伸ばし、ジャンプしていたが、全然風船が取れるような高さではなかった。周りを通る人々もその様子に気づいてないわけではないが、自分から手伝いに行こうという人はいない様子である、
……う~ん、これはしょうがない、僕が漢を見せるときだ!! 行くぞ!!
「君ぃ....、大丈夫ぅ?」
あ~~~!! やばい!! 自分から話しかけるの2週間ぶりくらいで声がどもった~!!
「うぅ~ん、うぅ~ん、あのね、ふうせんが飛んでちゃってね...取れなくなっちゃったの......う、うぇ~ん!!」
「あぁ~泣かないで、大丈夫だからね。僕が風船をとるから。」
「……うぅ、ほんとう? 取ってくれるの?」
「うん……できるだけ頑張るよ、」
そうは言ったものの風船は僕の身長でも手を伸ばしただけでは届かないほどの高さだからな。
この子どんだけ自分のジャンプ力に自信があったんだ!?
…まぁ、そんなことは今は置いておいてやるべきことをやんないとな。
僕は背負っていたバッグを下ろし、数歩下がり助走をつける。そして、勢いに乗ったまま風船に向かって全力のジャンプをした。
…よし、いけた。
高さは意外とあったけど、一発で取れたな。というか、これで風船とれなかったら周りから風船も取れない陰キャが粋がっていると思われるところだったな、あぶない。あぶない。
「はい、風船取れたよ。次からは風船が飛んでいかないようにちゃんと気をつけなきゃだめだからね。」
「……う、うん、わかった。…ありがとう、お兄ちゃん!」
男の子に風船を渡そうとすると、一瞬戸惑っていたが、すぐに笑顔で感謝の言葉を述べて先ほどまで泣いていたことが嘘だったかのように明るくなった。
ここ最近は人の笑顔を見る機会などはほとんどなく、唯一見たのが翼君の僕をいじめてくるときの笑顔くらいだったから、この無邪気な笑顔が見られただけでも助けえた甲斐があったな。
「じゃ、気を付けて帰るんだよ」
「うん!! じゃ~ママかえ...あれ? ママがいない? お兄ちゃん、ママ見なかった?」
「……へ? お母さんがいないの?」
「うん。ママが迷子になっちゃったの。いっしょに探すの手伝ってくれない?」
……うん。多分、それは君が迷子になったんだよ。
とは思ったものの心に止め、周りを軽く見渡してみたが、この子のお母さんらしき人はいなかった。
その後、周辺を少し歩きながら探してみたものの一向に見つかる気配はなく、少年のまぶたに涙があふれそうになっていた。
…本当に、これからどうするかな......
「きゃ~!! ひったくりよ、誰かその男捕まえて!!」
後ろの方から女性の大きな叫び声が響いた。足を止めて振り返ると、身長が2m近くもありそうな程の巨大な男がおり、近くにいる人を吹っ飛ばしながらまっすぐと僕のいる方向へと向かってきていた。
って、おい!! 何でこっちに走ってきているんだよ!!
今、僕のそばには小さな男の子が1人おり、周りは混乱している状況であるため手を離すことはできない。
ここで、男を止めようとすると、僕はともかく男の子にも危険が及ぶ可能性がある。
そんな状況だから、ひったくりに対して下手な動きをすることはできず、だからといって無視することもできない状況である。
……いや、待てよ、あれなら何とかなるかもしれない。
震える少年の手を強く握り、僕の近くに寄せると体の全神経を右足に集める。男が近づいてくるたびに心臓の鼓動と集中力が高まる。そして、タイミングを見計らい、右足を男の足元へと伸ばした。
そう、僕が考え導いた解決策とは男の足を引っかけるということだった。
突如出てきた足に男はびっくりしたのか変な声を上げ、そのまま足に引っかかり、地面へと倒れこんでしまった。そして、僕も男の足の硬さに悶絶しながらうずくまった。
~~~
その後、タイミングを見越したのかのように現れたパトロール中の警察官に男は取り押さえられ、この騒動はおしまいとなった。
とりあえず、この子にけがとかがなくて良かったな。
……よし、これでお母さん探しを再開できるし、頑張るとするか!!
「あぁ~、あそこにお母さんがいる!! お兄ちゃん、お母さん見つかったからじゃあね~」
…………あれ~?
男の子は盗人の男を転ばした時よりも顔を輝かせ、バッグがとられた女性の方へと走り去って行った。
一瞬の出来事に唖然としたが、男の子の今日一番の安心した顔と笑顔が最後に見られたのでよしとするか。そして、一人残された僕は男の子の背中を身届け終えると、帰路についた。
◇◇◇
「どこ行ってたの敬ちゃん~! ずっと探していて大変だったんだからね!!」
「さっきだってバッグとられちゃって、本当にどうしたらいいかわからなくなっちゃって……」
「ごめんなさい、ママ。……さっきまでね、ふうせんが木に引っかかっちゃって、取ろうとしていたんだけど、取れなくて......」
「……でもね!! お兄ちゃんがふうせんとってくれて、一緒にママも探してくれたんだ!」
「そうなの。それは良かったわね。」
「うん!! それでね、お兄ちゃんすごいんだよ!! 僕のふうせん、お兄ちゃん2人分くらいの高さにあったんだけどね、すごいジャンプしてとったんだよ!!」
「それは、すごいわね!! それで、敬ちゃんが言っているお兄ちゃんってどこにいるの?」
「……お兄ちゃんはね、ママが見つかったから、バイバイしてきちゃった。」
「え~、そうなの!! ママもお礼したかったんだけどな。じゃ、もし今度会ったら、お兄ちゃんにちゃんとお礼しなきゃね。」
「うん!!」
…………あれ? そういえば、お兄ちゃん2人分くらいの高さって言っていたけど、そんな高く飛べるものなのかしら?...........
◇◇◇
「おい!! 離しやがれ!!」
「うるさいぞ!! 大人しくついて来い!!
「…くそっ。」
マジでどうなってやがる。訳が分かんねぇよ。
………最悪だ...
…元々やっていた総合格闘技の道場はつぶれ、借金まみれになっちまった。でも、俺にはボクサーやテコンドー、相撲の奴とも戦った経験があったし、今では落ちぶれちまったが、高校の時には全国レベルの大会にも出場するほどの選手だったんだ。
だから、女からかばんを奪い逃げるなんて朝飯前だった。実際あの時だって、視界の片隅で足を引っかけようとしていたのにも気づいてた。そんな奴の邪魔なあの足を日々のうっぷんを晴らす意味も含めて全力で蹴ったのだ。
常人であれば、悪くて粉砕骨折、良くても痛みで1日まともに歩けなくなるほどのはずだ。なのに......
何で奴が平然として、俺の方が転ばせられたんだよ!!
「おい!! 早く付いて来い!!」
…くそ!! マジで最悪だな。
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