第26話 「カラオケ」と書いて「トリプルブッキング」と読む③

 現在、僕が始めた戦いは終盤へと差し掛かっていた。


 歌を真面目に聴き、点数に荒ぶる音無さんを鎮め、

 金剛さんが人前でもしっかりと歌えるように試行錯誤をし、

 優の歌声を聴いて癒される。


 大変なことはあったものの、何とかここまで気づかれずにすんでいる。


 残り時間は30分。

 ここさえ乗り切れば、誰も傷付かずハッピーエンドを迎えられる。


 ここが踏ん張りどごろだ。佐藤蓮!!


 と、覚悟を決めたもののうまくいかないのが人生である。


「ってかさ、あんたいつになったら歌うの?」


「あー。」


 あーうん。

 そうか、やっぱりそうだよな。


 ここまで来といて、歌わないのは変なのだろう。

 それは僕自身もわかっている。それに、多少はそうかもしれないが、単純に歌うのが嫌だとか、人前だから嫌だとかいう理由で歌っでない訳ではない。


 ただ、以前少しあって.......


「とりあえず、歌うなら、早く入れな。」


 急かすようにして選曲用の端末が渡される。


 どうしようか?

 今、ここで僕が歌えば、何が起こるか。それが良いことなのか、悪いことなのかもわからない。

 でも、なぜだろう。チームを組もうとする彼女たちならこれを僕の個性として受け止めてくれるような気がする。…ならまぁ、少しだけならいいだろうか。


「分かりました。それでは失礼して...」


 こういう時に選ぶ曲は趣味全開というよりも、無難に今流行りの曲とかの方が良いのだろう。


 曲を入れてからくる、この沈黙は何度やっても、慣れることはない。


 しかし、始まってしまえば、そんな気持ちもどこかに消え、自分の声しか耳に入ってこないものだから、人間とは本当によくできていると思う。


〜〜🎵🎵


「ふぅ〜スッキリしました。やっぱり歌うっていいですね。 あ、そうだ。僕、喉乾いてきたので飲み物とってきますね。」


「……」


 いや〜歌うてやっぱり素晴らしいな。どうせ残り時間もあと少しだし他の部屋でも少し歌わせてもらおうかな。


◇◇◇


「さっきまではそんなに声量が必要なのかなと思っていたんですけど、実際に歌ってみたら、全然スッキリ感が違いますね。今度から大声で歌ってみるのもいいかもですね。」

「あ、すいません。喉乾いてきたので飲み物とってきますね。」


「……」


◇◇◇


「こうやって、その、と、友達と歌ってみると、1人で歌うより全然楽しいですね。」

「あ、そうだ。もう少しで終わりの時間ですので、最後に飲み物とってきますね。」


「……」


◇◇◇


 お、終わった!!

 この数時間にも及ぶ長い激闘の末、誰にもバレずに終わらせられそうだ。


…でも、一体なぜだろう?


「……」

 

 先ほどから金剛さんの反応がなく、どこか上の空のようだ。

 そういえば、音無さんと優も今の金剛さんと同じような雰囲気だった気がする。


…でも、いいか!! ここまで上手くいったんだから、細かいことを気にしていてもしょうがない。


よし!! ここは切り替えて、前向きに行こ.......


「……あっ。」


「……」

「……」

「……」


 そこには、どこか上の空でいる3人と、犯行現場を探偵たちに見られた犯人のように声を出すこともできず、ただ立ちつくすしかない一人の男がいた。


◇◇◇


「…そう言うことだったのね。どうりで、全然いなかった訳だ。」


「……はい。」


 あの後、結局バレました。

 そして、現在は公園のベンチに正座している僕と立っている3人が向かい合うという構図だ。


「てか、どうせ遊ぶんだったら、みんなで遊べばよかったじゃん?」


 うん。それはごもっともだ。ごもっともなのだが、今回の目的はあくまで金剛さんに自信を付けさせることだ。なのに、そんな荒治療では治るものも治らないというものだ。

 例えば、草食動物であるシマウマが肉食動物の王様であるライオンに勝ちたいと思ったとしよう。だが、それでいきなりライオンの群れの中で鍛えてこいと言っても酷な話だ。

 陰キャと陽キャの違いもそれと同じだ。ならば、温かく見守ろうじゃないか。


 ここは僕の犠牲を彼女の成長のための糧としよう。


「実は、その、友達から遊びに誘ってもらったの初めてで...その、う、嬉しすぎて断ることができなかったんです。」


「……」


 いや、何か言ってくれ!! こういうのは無言が一番きついんだから!!


「…そ、そうか。あんたってそういうやつだったもんね。」


 いや、そういうやつってどういうことですか!!


「とりあえず、わかった。なら、まぁ、来週はボウリングでも行くか。」

「うん、そうだね......」

「……それがいいかも。」


「…い、いや。こんなことした張本人が言うのもあれなんですけど。来週もカラオケでいいんじゃないですか?」


 このままいくと、金剛さんのために頑張ってきたことが無意味になるぞ!!

 というか、金剛さんも何でそっち側にいるの!?


「あ〜......それね。」

「まぁ、そうだよね......」

「……」


 うん? 急に歯切れが悪くなったな。どうしたんだろう?


「…まぁ、単刀直入に言うけどさ.'....」


 3人が一斉に深呼吸をする。


「あんた「連君「佐藤君ってさ、歌があんまり上手じやないんだよね。」」」


 …………えっ?


 衝撃的な言葉に頭が追いつかないでいる。

 僕って、歌がって、下手って......,えっ?


「私も、昔ちょっとね......音楽やってた時期があるからさ...,...その、歌があまり上手くない人も結構来るんだけどさ。」

「……その、まぁ、......そう言うことだ。」


 ………えっ?


「まぁ、優......君ってさ。他よりも、そのさ。少し......個性的なんだよね。うん!! いいと思うよ、個性。」


……えっ?


「……掛け声だけで相手を気絶させられる。剣道なら剣を使わずして勝つ最強の技だよ。誇っていい。」


 …えっ? というか、後半二人はフォローしているつもりかもしれないけど、フォローになってないから!!


まぁ、そう言うことだから、来週はボウリングってことでいいね?


「「賛成!!」」



………………………………………………………………………えっ?


 衝撃的な事実を知り、唖然としている僕の横で来週の予定が話されていた。


……僕って歌、下手なんだ......


 その言葉だけで頭の中が埋まり、外の会話など何も入らなくなっていた。

 

 だが、今更ながら思ってしまう。

 もし、この時ちゃんと話を聞いていれば、あんなことにはならなかったのだろうか、と。


◇◇◇


「何か今日は大変だったね。」

「…そうね。あいつの歌とか特に。」

「あはは...まぁ、そうだよね。」


 あの後は公園で少し話してから帰ることになり、今は優と一緒に駅へと歩いていた。

 

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