第25話 「カラオケ」と書いて「トリプルブッキング」と読む②



「大丈夫か、連?」


 下から覗き込むようにして天使……またの名を二階堂優樹の顔が近づいてくる。


「いや!!大丈夫ですよ。調子乗って飲み物を飲みすぎただけですから。」

「そうならいいけどよ。…実は今日あんま乗り気じゃなかったか? 全然、歌ってないし.......」

「いや、そんなことないです!! 大好きです。」

「だ、大好きって何だよ!!」


 優の歌が大好きって伝えようと思ったのに......と言うか、そ、そんな反応しないでくれよ......本当に好きになっちゃうぞ。


「…って、そういうことじゃなくて!! お前も歌えよ。 俺だけ楽しんでいるみたいで嫌だ。」


 強い口調ではあるものの、至って内容は彼が持つ優しさから来るものなのだから、見た目だけでなく、心も天使なのだろう。


 ――だが、すまぬ。優。


「すいません!! さっき飲んだメロンソーダで少し腹痛が酷いので、またトイレに......」

「そうか.......」


 そんな悲しそうにしないでくれ。罪悪感がすごくて、何だか悪いことしてる気分に......って、これすごい悪いことだ。僕、すごく悪いことしているんだ。


「…じゃ、さっさと行ってこい。」


 ーーそうか。わかったよ、優。


 覚悟を決め、自然と拳に力がこもる。

 今回のことはもしかしたら、許されざることなのかもしれない。今の行いも間違いで、もっと正しいことがあるのかもしれない。


 だから、優たちに許してもらおうなんて思わない。

 ただ、優には男として頑張ろうとするこの姿を覚えていて欲しい。そう思ってしまう。


 ただの気遣いで言った彼の言葉ですら神の言葉のように変換してしまう脳に呆れてしまう反面、グッジョブと思っている自分もいるのだから不思議だ。


~~~


「で。あんたは今までどこに行ってたわけ。」


 うん、ダメだ。もう心折れそう。

 悪いな、優。お前に男の姿って言うのを見せられそうにない。


「それでさ。何であんたはすぐどっか行くわけ?」


 …いやだめだ、諦めるな、佐藤連!! ここで漢を見せないでいつ見せる!! ここは少し無理やりにでも......


「え、え〜と、その、実を言うと・・・・・・一人暮らしで最近、食費が厳しくて、ここだとポップコーンとソフトクリームが食べ放題で、いろんな飲み物も飲めるので......」


 いや〜これは厳しいか。咄嗟に思いついた言い訳を口にしてしまったから、音無さんには通じるかどうかわからない。


「えっ……あんた一人暮らしって言ってたけど、そこまで大変だったんだ。」


 あれ、通じた!?


「…今、飴しかないけどいる?」


 しかも、なんだか心配されている!?

 というか、僕ってそんなに飢えているように見えるのかな。


「そう言うわけで、少し席を離れる瞬間が多かったんですよ。…あと、飴は大丈夫です。」


「そう? ならいいや。てか、あんたそろそろ一曲くらい歌ったら? カラオケ来て歌わない方がもったいなくない?」


 やっぱりそうだよな。

 さっき優に言われた時も思ったが、今回のことをバレないようにするあまり、ここ本来の目的である歌うと言う行為ができずにいる。  

 そこに疑問を持つのももっともではあり、僕自身でさえもそう思う。

 だが、今はとにかく今回の三つ巴のことをバレないようにするのが最優先であり、そのために取るべき行動は.....


「いや〜僕もそろそろ歌おうかなとは思ったのですが、もう少し音無さんのを聞いて勉強したいな〜なんて。」


「……ふ〜ん。」


 ど、どうだ? これが通じれば彼女は歌の方に集中してくれるし、僕は自分のやるべきことに集中できる。さらに言えば、僕が歌うことで失敗することもなくなるという一石二鳥でもある。


「そ、そう? それなら、まぁ、しょうがないか。じゃ.......私が歌おうかか。」


 ……ふっ、うまくいったぜ。


 心の中で安堵のため息が漏れる。


 前から音無さんのことを見てて思ったのだが、彼女は褒められるたり、人に期待されたりすると、やる気が出るタイプの人間なのだろう。

 その証拠にこの前ゲームをしていた時には、音無さんのうまさに感心しするという機会があった。彼女にその話をしたところ、気分が乗ったようで、その後3時間にわたりゲームセンターに拘束されることがあった。

 だからか、今も横でチューニングをしたり、水分補給をしたりとやる気は十分である。


 よし、それじゃ僕は次の部屋に......


「ほら、あんたが聞きたいって言ったんだから、ちゃんと聞いてなよ。」

 

 そうか!? この方法だと僕、抜けられないじゃん。

 音無さんからの疑いの目を背けることだけを考えていて、ここの部屋から抜け出すことを考えていなかった。…とりあえず、今はタイミングを待つしかないか。


〜〜🎵🎵


 ソファーの背もたれに寄りかかり、彼女の歌声に耳を傾ける。


 やっぱり上手いな。


 今日だけでも3人の歌声を聴き、そのどれもが高いレベルのものであった。

 それでも、音無さんの歌唱力はその中でも頭ひとつ抜きん出ているように感じた。


 やはり、彼女には何か音楽に関係した才能があるのだろうか?


「…ふぅ…94点ね......」


 お〜またもや。高得点。


 あまりカラオケには来たことはなかったが、それでもこの点数がいかにすごいものであるか分かる。

 そして、彼女は今日だけでも。それを何度としてとり続けている。ここまで来るとさすがとしか言いようがないな。

 まぁ、点数だけで彼女の歌唱力のすべてが分かったというわけではないが、それでも1つの指標にはなるし、実際に彼女の歌声を聞いて上手いと思ったのだから、近いものはあるのだろう。


「…ム……つく。」


 うん?


「ムカつく。ムカつく。今のはもうちょい高いでしょ!!」


 あっ、そうだ。音無さんって負けず嫌いだったんだ! 

 まさか、カラオケの採点一つでもこうなるとは思わなかったけど。


「…なら、あそことあそこビブラートかけて、ここは音程重視で丁寧めに歌えば......」

「よし、わかった!」


「ねぇ、連。もうちょい借りていい?」

「べ、別に、いいですけど...」


 というか、今初めて名前で呼ばれなかったか!?


 …う〜ん、やっぱり以前から彼女のことを見てて思ったが、彼女は猪突猛進タイプなのだろう。だから、何かしようと決めたらそのことだけに集中してしまい、他のことに意識が向かない程に没頭してしまう……多分だけど。

 実際、今だってその兆候が見られるから、そう考えるしかない。


 音無さんの新たな一面を知りつつも、とりあえず今は自分のすべきことに集中しよう。


「僕はもう少し、食べ物を取って来ようかと思うのでゆっくりやっててください。」


「わかった。サンキューね。」


ガチャ


「よし、出られた。次は金剛さんのところに行かないと!!」


 誰もいない廊下を早足で通りすぎる。

 

 金剛さんのことは自分から悩みの解決のために誘った手前、こんな状況になってしまったことにすごい申し訳なさを感じている。


 …だが、なぜだろう。その彼女らしき声が遠くから聞こえてくる。


 気のせいだろうと思っても、彼女がいる部屋に近づくたびに、僕の思いとは裏腹に鮮明となっていく。


 うん、これ、音無さんの声だわ。

 

 ドアの前にまで来ると、そう確信せざるを得なかった。


 にしても、カラオケ店なんだからどこも防音設備があるのは当たり前で......どうやってそれを超えてきたんだ?

 というか、なんで超えようとするような程の声量を出す状況になってんだ?

 

 そんな疑問と一抹の覚悟を持ってドアを開ける。


「お〜お〜ぞ〜ら〜に〜」


「ストップ!! ストップ!!」


「……と〜ど〜く〜よ〜う〜に〜」


「えっ、聞こえてないの!? ストップ!! ストップ!!」


〜〜〜


「おかえり、佐藤君。」

「…ハァ、ハァ、ハァ、…ただいまです。」


 数分にも及ぶ格闘の末、結局、僕の声は届くことなく、曲が終わったところで金剛さんにやっと気づかれた。


「…それよりも、何であんなにも、あの、その、迫力のある声を出していたんですか?」


「迫力?って言うのは分からないけど、頑張って歌ってた。私、カラオケ初めてでもっと点数上げたいなと思って。」

「…だから、もっと声出せば点数上がるかなって。」


 いや、どう言う発想だ、それ! 普通にビックリだよ!!


「…多分ですが、金剛さん。声を大きくしても、点数は上がらないと思いますよ。」

「…そうなの、残念。」

 

 そんなに落ち込まなくてもいいんじゃないか?


 彼女の表情からは全然分からないが、体から落ち込んでいますっていうオーラが見える。ポーカフェイスはうまくても身体を纏うオーラは制御できないのだろうか......何、それカッコいい。


 …とりあえず、1個目の気になったことは聞けたから、次は......


「…それと、何で頭に剣道の面着けているんですか?」


 正直、ドアを開けた瞬間から声の大きさよりも気になっていたことである。部屋から抜け出す前までは普通だったのに戻ってきたらこれなのだから気にならない方が難しいだろう。


 正直、さっきも表情からは分からないとか言ったけど、普通に顔が覆われてるんだから、わかるわけがない。

 というか、だから、行きのバックがあんなに大きかったのか!! 一瞬、間違えて今日海外旅行に行くって説明したのかと思ったし。


「いや、あの、カラオケ店だと、残り時間を知らせる電話が掛かるらしいから、ちゃんと喋れるようにと思って..」

「私、面を被るとしっかりと話せるようになるから。」


 な、なるほど。分かるようで分からない。


 彼女の頑張りには、ある意味同じ立場である僕だからこそ、理解できるものがあるし、できることなら最高級の賞賛を与えたいし、サポートもしたいと思っている。

 でも、なぜだろう。こんなにも頑張っている彼女を見ていて、天然だなとか、どこかお茶目だなと思うよりも先に残念だなと思ってしまう自分がいるのは。


「…とりあえず、歌いづらいでしょうから面の方は外して、声の大きさは点数に関係ないのでいつも通りの声量でいいですよ。」


「…うん、わかった。」


 そして、今日この瞬間、この一時だけでまた社会というものを理解できた気がする。

 やっぱりイケメンとか、かわいいとかのステータスを持つだけでどんなバッドステータスも良くなってしまうのだから、世の中は理不尽だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る