第20話 ...「森田君」と読む

「……森田君。」

「いやはや、何かお困りのご様子でしたので声をかけさせていただいたでござるが。」

「拙者でよければ相談に乗りますぞ。」


 彼は森田君と言い、丸メガネに少しふくよかな体型が特徴のクラスメイトである。声というか話し方にも特徴があり、アニメで気に入ったキャラクターの声や話し方をマネしているらしい。というのも、以前聞いた話では初めて見たアニメの衝撃が大き過ぎて、普通の話し方に恥ずかしさを覚えるようになって、今の話し方になったんだという。

 また、最大の特徴として彼のその手に着けられている革製のフィンガーレス手袋がある。一年を通して常に身に着けるほど愛用しているらしく、どんな場所でも例え学校であろうとも、着けるという徹底ぶりだという。


 僕もそれ以上のことは知らないが、一つだけ確かに言えることがある。……これはかっこいい。


「むふふ、どうしたでござるか。そんなに見られると恥ずかしいでござる。」

「あ、いや!! そういうつもりではなかったんですけど.......」

「冗談でござるよ。そんなに気になさるな。」


 こんな風に喋り方は少し個性があるが、この気さくな人柄もあり、クラスで浮いているということはない......僕と違って。


「それで、本当に悩みがあるなら聞くでござるよ。」

「あっ、そうでしたね。まぁ、困ってはいるのですが.......」


 どうしようか? 

 正直、見た目からは運動が得意なようには見えない。しかし、僕にとっては話しかけてくれる数少ないというか、唯一に等しい人物である。

 すなわち、僕が話しかけられる数少ない人物でもあるのだ。

 それに、彼の友達の中には運動ができる人がいるかもしれないから、どうやって話を切り出すかな。


「ふふ~ん、その顔。才栄学園の事でござるか。」

「な、なぜそれを!!」


 本当に何で分かったんだ!? 

 今まで一度もその話題を出したことはないし、顔に出るなんてこともなかっただろう!?


「まぁ、無理もないですぞ。」

「拙者と、蓮殿とでは住んでいる次元が違うでござるからな。」

「次元が......違う.......!?」


 どういうことだ!?


 聞いてもなお、意味がわからない。

 まさか!! これが次元の違いというやつなのか。


「デュフフ、まぁ、そんなに驚かれるのも無理はない。」

「拙者、こう見えてニ次の世界の住人でして、アニメやマンガには目がないのでござる。」

「……虹の世界の住人?」


 やっぱり何を言っているかは分からない。でも、なぜだろう、この人からは僕と同じオーラを感じる。


「観たアニメは3000を超え、読んだ漫画は5000を超える。ラノベで言えば10000にもなるでござる。」

「……えっ。」


 えぇぇ~!!


 ぐうの音が出ない程、素直にすごいと思った。

 今まで生きていた十数年という時の中でいったいどれだけの時間を割けば、その境地に行けるのだろうか。今の僕には到底想像もつかなかった。


「そして、最近とある計画を実行に移したでござる。」

「計画?」

「連殿も一度は考えたことがないでござるか?」


「アニメとリアルが融合したらな、と」

「はっ!?」


 一体ここはどこなのだろう。一瞬にしてそう錯覚してしまうほどに僕ら以外の時が止まり、僕の空間は静まり返ったように感じた。

 そう思ってしまうほどその言葉はクリアに聞こえたのだ。


 彼は誰もが憧れ、挑み、挫折し、諦めた理想郷を描こうとしているのか!?


「街角でぶつかるかもしれないからと一日中角から飛び出して自転車に3回ほど引かれたこともござった。結局、美少女ともぶつからず、異世界にも行けなかったでござったが。」


「別の日には、学校が占拠されるパターンも1000通りは考え、その全パターンに対応できるような方法を編み出したこともござった。そして、実際に占拠してやろうと思ったこともあるでござる。まぁ、友人に止められて無念の退散でござったが。」


「転校生やミステリアスな美少女、学園一のアイドルまで個性のある生徒にを見かけるたびにとりあえず話しかけてキモがられて殴られたことも一度や二度じゃない。」


「その他にも、マナがこの世に存在しないかを確かめるために道端に生えている雑草や木々を食し、それらをすりつぶしてポーションにして飲んだことも一度や二度ではないし。呼吸法や拳法などにも手をつけたでござる。」


「それだけでなく、アニメの知名度を上げるためにも世界のコンピュータにハッキングして全てのテレビで推しアニメを放送させようと考えたこともあったでござる。」


~~~


 怒涛の勢いで繰り出された狂気をも感じさせる行動の数々は僕を一つの結論へと辿り着いた。


 最初から僕は大きな勘違いをしていたのかもしれない、と。


 正直、彼のことはほんの少しばかり個性的ではあるものの、どこにでもいるようなごく普通の人だと思っていた。


 しかし、そんなことはなかった。

 そんな概念で彼を語ってはいけなかったのだ。


「森田君...いや、師匠!!」


 僕の生きていたこれまでの人生の中でここまで高い理想を現実に変えようと頑張っていた人はいなかった。それもほとんど不可能で、僕が心の奥底にしまい込んだ理想をだ。


 普通の人からしたら、馬鹿げていると笑われてしまうようなことなのかもしれない。

 それでも、僕からしたら彼に尊敬の感情はあれど、軽蔑の感情はなかった。


「師匠でござるか。いやはや、拙者も提督、司令官、プロデューサーにトレーナー、マスターとも呼ばれたことありましたが、師匠は初めてでござるな。」

「ほ、本当ですか!?」


 やっぱりすごい!! 高校生にしてそれほどの肩書きを持っているなんて。こういうところが次元の違いというものなのか。


「…・・・すいません、師匠。一つご相談が。」

「うむ、何でござるか。」


 ここで師匠と会ったのも何かの縁なのだろう。いまだに彼の持つ身体能力がどれほどのモノかはわからないが、それを補い余りあるほどの気持ちの強さなら音無さんも納得してくれるはずだ。

そうと決まったなら、さっそく行動だ。


「僕たちと一緒に夏の特別試験受けませんか!」!

「無理でござる。」


 ……なんの躊躇いもなく一蹴されてしまった。


「師匠と呼んでくれる蓮殿の頼みを叶えたいのはやまやまでざる!! が、その日はコミマなのでござるよ」


 コミマだと!? 僕も行きたい!!じゃなくて....


「そ、そうですか。それは残念です。」

「申し訳ない。その埋め合わせは今度するでござるから、また何か困ったら頼ってくれでござる。」


 言わずもがな、コミマといえばオタクにとっての祭典だ。それを止める権利など僕にはないし、それならしょうがないかと思ってしまう自分がいたのだから、諦めるほかないだろう。


「わかりました。また今度何かあれば誘わせてもらいますね。」


 師匠に軽く会釈をし、その場を離れた。


 去り際には師匠が2本指を額に当て、離す、敬礼のようなポーズで見送ってくれた。

 普通の人がやったらダサく見えてしまうことも、師匠だからこそ、こんな姿も似合ってしまうのだろう。


 やはり、こういうところも師匠を師匠たらしめる要因なんだと改めて思ってしまう。


 そして、師匠のかっこいい姿に見惚れて、本来の目的を忘れたまも僕はアルバイト先へと向かうのだった。

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