第18話 「始まり」と書いて「プロローグ」と読む

「何であんたは私を助けてくれるの。」


 弱々しく、今にも消えてしまいそうな声。けれども、これが彼女の心からの声のように感じられた。


「何で、ですか.....」

 

 急な彼女からの問いに黙り込んでしまう。


 なぜ助けたのか?


 彼女のためか? 自己のためか?

 善意からか? 下心からか?

 正義感からか? 復讐心からか? 

 承認欲求からか? 否認欲求からか?

 

 考えれば考えるほど分からなくなり、考えれば考えるほどに理解してしまった。


 --僕には何にもなかったのだ。


 本当に音無さんを助けたかったのか。それどころか、助けようとした理由すら自分自身見つけられずにいた。

 

 …そんな僕が彼女にどんな言葉を返せばいいのか分からなかった。


「………」

「何も言わないんだ。」


「……あんたと最初に会った時もそうだった。」

「助けるだけ助けて、何も言わずに消えて。」

「別にあんたと仲が良かったわけでもないし。というか、話したことすらなかった。」


「……でも、あんたは助けてくれた。」

「偶然かもしれないけど、さっきの奴らから私を助けようと頑張ってくれた。」


「最初はそんなあんたに裏があるのかとも思った。」

「でも、あんたを見ているとそうじゃないような気がしてきたんだ。」

「ただあんたは人からの頼み事は断れない、真面目でゲームがうまい普通な奴ってだけだった。」


 褒められたのか、貶されたのか、正直分からなかった。そんなふうに僕のことを評価してくれていたのは意外だったけど、純粋にうれしかった。


「そして、今日もあんたに助けられた、」

「……けど、今回は違う!」


「前回みたいに周りに人がいるわけでもなければ、助けを呼ぶこともできない。そんな状況なのにあんたは来た。」

「今回は上手く逃げられたけど、今度会ってもうまくいくなんて保証はない。」

「むしろ、今回みたいにうまくいったこと自体が奇跡だった。」


「なのに、何であんたは私を助けようとできたの!?」


 弱々しかった声が次第に普段の調子を取り戻し、最後の方は普段の彼女らしくない強い口調となっていた。


 彼女がそこまでして聞き出したい答え。それにどれだけの意味や価値があるのだろうか。僕にはわからない。

 

 だからと言って、適当なことは言えないし、何も言わないなんてもってのほかだ。


 …………なら、せめて


「……何であの時あの行動をとったのかは僕にも分かりません。」

「でも、分からなかったからこそ、気づいたんです。」

「理由なんて本当に何もなく、ただ僕はそうした.......そうしたかっただけなんだと思います。」

「そうしたかった、だけね......」


 彼女はうつむき、その表情までは分からない。

 だが、僕にこれ以上のことを言えはしない。

 何も話さない彼女に僕は何もいうことできず、ただ、沈黙の時間だけが過ぎていく。


「……」

「……」


「はぁ~~あ!!」

「ムカつく。ムカつく。まじ、ムカつく。」

「えっ!?」


 急に大声で叫び出した彼女に僕だけでなく、周りにいる人たちも振り返る。普段とは違う彼女の感情的に言う姿は今日一番びっくりしているかもしれない。


「あんた、そんなことで動くなんて馬鹿じゃないの!!」

「あんなやつら相手に何されるかわかったもんじゃないし!!」

「第一、理由にもなってない!!」


「いや、えーと......」


「しかも、そうしたいからって、そんな子供みたいな理由で.........」

「......私ができなかったことをこいつが。」


 後半の方は声が小さくて聞こえなかったが、怒涛の勢いで浴びせられる彼女の心から出た言葉に圧倒され、あまり言い返すことができずに固まってしまっていた。

 しかも、結構というかほとんどが僕のディスな気がする。


「あ~もう!! ダメだ、ダメ!!」

「こんな能天気に考えているやつがいると、悩んでいる私が馬鹿らしくなってくるな。」


 それでも、止まることないディスに僕も引き攣った笑みしか浮かべることができなかった。


「……あー、別に馬鹿にしているわけじゃないよ。いい意味で言ってるし、いい意味で。」


 彼女も僕の表情に気づいたのか、棒読みではあるもののフォローをしているようだった。


 というか音無さん、いい意味でって言っとけば、なんでも許されると思ってないか!?


「あ~もう。それじゃ、決めたから私。」

「……決めったって、何をですか?」

「もう一回頑張ってみようかと思ってさ。才栄学園受けるのさ。」

「えっ!?」


 今までの会話からは予想ができなかった発言に思わず声が漏れてしまった。

まさか、彼女からそんなことを言われるなんてな。


「入学試験は落ちちゃったけどさ。編入試験の方はまだ残っているし、諦めるのはまだ早いかなって。」


「……そ、そうですね。いいんじゃないですか......」


……やっぱり、だめだな。 こう言う時にも僕は............


「そう。ありがとうね。じゃ、これからもよろしく。」

「はい、わかりま......うん?」


 なんかこれ、すごく嫌な気がするな。前みたいに僕の第六感が以上に働いてしまっている。


「あーもう、こんな遅くなりましたし、早く帰りましょうか。」

「うん? 急にどうした。そんなに急いでも夏休みは早く来ないぞ。」

「えっ......夏休みってどう言うことですか?」

「そりゃ、才栄学園の編入試験があるのが夏休みだからでしょ。」

「なんでその話で僕がウキウキしているって言うことになるんですか!?」


 この時になってやっと僕の第六感が百発百中なことを思い出す。


「だって、今年の試験は4人1チームでやる団体戦だから........まぁ、そう言うことよ。」

「…………………マジすか。」

「だから、これからもよろしくね。」


 普段言わないような言葉を言ってしまった。

 それほどまでに僕の頭は現実に追いついていなかった。

 とりあえず、音無さんを家まで送り、明日からのことは明日から考えることにしよう。

 

  ……うん!? そういえば話の流れ的にゲームセンターで助けた女の人ってやっぱり音無さんだったのか!?


 さらなる真実への気づきによって脳が機能を止めてしまう。もう今日は何も考えられないな。


「……」


 …あぁー今日の夜はカレーにしようかな。




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