第16話 「音無杏奈」と書いて「過去」と読む②
どれだけ過去の出来事を後悔しても時は止まることなく進み続ける。
それは誰にとっても同じことであり、才栄学園に落ちた私は併願校として受けていた榊が原高校に進学し、高校生となった。
これまではバイオリンだけの生活だったから、周りから見たら普通の生活とはかけ離れたような生活を送っていたのだと思う。
だからと言って、青春と呼ばれるような普通の学生生活が送りたくないわけではなかった。
普通の学生のように放課後に遊んだり、部活をしたり、休日に友達といろんなところに行ったりしてみたいと思うことだってたくさんある。
それでも、私にはバイオリンがあったから、我慢するときはあっても、それほど気にしてはいなかった。
そんな少しの我慢も毎日続けば重りとなって気づかない内に心の中へ少しずつ少しずつたまっていく。
そして、その我慢してきた想いが不合格と言う現実により決壊したダムの水のように流れ出た。
髪を赤く染め、今までしたことが無いネイルやメイクをし、放課後は友達と遊ぶ。
高校でのそんな自由な日常。
その日常は私の求めていたものだった............はずだけど、
『物足りない。』
そんな風に考えている私がいた。
友達と遊んで、自分のしたいことをする。そんな生活が楽しくないわけじゃなかった。
むしろ、バイオリンを必死にやっていた時よりも楽しかったと思う。
それでも心のどこかに穴が空いてしまったかのように満たされなかった。
そんな日々を変えたくても、今の私にはもうバイオリンをする理由も気力もなく、バイオリンをやる以外の生き方も知らない。
だから、この自堕落で陳腐な日常を今後も送り続けるのだろう。
そう考えていた。
あの日、男たちに襲われたところを彼に助けられるまでは......
何であいつは私のことを助けてくれたんだろう?
その問いが私の頭の中を埋め尽くした。
性格が良い奴なら簡単に正義感からくる善良的な行動だと考えるかもしれない.
しかし、あいにくとやさぐれていた私は昔と違ってひねくれた性格をしていた。
だからこそ、あいつの行動には何かしらの意図が隠されているのではないかと勘繰ってしまう。
確か、あいつはクラスでいつも端にいるやつだったけ......別にあいつとは特別仲がいいってわけでもない。というか、話したことすらないし......
――なのに、あいつは私のことを助けた。
実際は考えをまとめようとする度に、私の中で1つの結論が出ていた。
あいつはただ他人のために頑張れる人間なのだろう。
それでもまだわからないことがある。
なぜあいつはあの場で動けたのだろうか。
自分よりも身長が高く、ガタイもいい男らを前にして、誰も動かないあの場面でなぜ動けたのか。
――それだけがいまだにわからない。
そんな考えをしている内にまた、あいつは何か意図があって動いただけだろうと結論付けてしまう、
まぁ。そこに何かしらの理由があろうがなかろうが、感謝の意は伝えとくべきだろう。
もし、助けたことに何かの意図があるならあっちから話しかけてくるだろうし、その時にお礼も言うか............
しかし、今までに本心という部分を出してなかったせいか、本音を出すということができなくなっていることをこの時になって初めて気づかされた。
日常の些細なことでならいくらでも言える言葉が本音になると言えなくなる。だから、あいつからくるのを待っているしかなかった。
でも、......
次の日、特になし。
その次の日、特になし。
さらに次の日、............
――そして一週間後
何であいつは話しかけてこないの!!
普通、あんなことがあったんなら大丈夫とか一言くらいあってもいいんじゃないかと思ってしまう。
せめて、あの場ですぐに話しかけてくれれば良かったのだが、すぐにあいつはどっかに行ってしまったし、実際あの時話しかけられても何もできなかったと思うからしょうがないか。
でも、このまま時間が経つと、さらにお礼を言いにくくなるし、どうにかしたいな。
「はぁ~あいつもすぐどっかに行っちゃったし、今日なもう諦めるか。」
すぐに教室から出ていったあいつの後を追いかけたが人込みに入ったところで見失った。
この後の予定は特にないし......とリあえず町の方でも行こうかな。
一週間前のことがあってからは人がいないところを避けるようになった。
どこに行くでもなく、人ごみの中をロボットのようにただ歩いていく。
目的があるわけでもなく、ただこの暇な時間を無駄に浪費するように。
……ここも一週間ぶりか。
一週間まではよく来ていたあのゲーセン。
暇すぎて来たけどまだ1人じゃまだ無理っぽいな。
ゲーセンの近くにはきたものの、結局入ることなく通り過ぎようとしたが、
――そこにあいつはいた。
何であいつがここにいるんだ?
そんな疑問も浮かんだが、それよりも1週間近く待たされたことによるイライラと、あいつに早くお礼を言っときたいという気持ちですぐ消されていった。
「ねぇ~あんた、そこで何しているの?」
これがあいつと話した初めての言葉になった。
清潔感がないというわけではないが、目元が隠れてしまうほどの長い髪で、顔の中にある特徴は眼鏡くらいしかわからない。
そして何よりも、こいつの姿を初めてしっかりと見てわかったが、ものすごく地味で普通な奴だった。
だからか、こいつはクラスでも特段誰かと話している姿を見かけたことは無かったし、今対面してもこいつと話せる予感は1ミリも感じなかった。
それでも実際にあいつと話してみたら、思っていた以上に話しやすいやつだった。だが、それ以上にあいつが秘密主義者だったのか、探りを入れてもあいつがその本人かどうかは分からなかった。
こっちから探るような話し方をした手前、「あの時助けてくれた方ですか?」なんて聞くのは負けたような気がする。というか、自分の性格的に自分からこの話題を聞くのは絶対に嫌だ。
負けず嫌いな私にとっては感謝の言葉一つを言うためでさえ、口が裂けても自分から聞くことはできなかった。
だからこそ、探し人本人に対して空想上の探し人を探すことを手伝わせ、1か月の猶予を作った。その中であいつに感謝を伝えられるようにあいつを誘導するようにしようと考えた。
それでも無理で1か月が過ぎたら......まぁ、負けを認めてこっちからお礼を言うしかないだろう。
正直、あいつもあいつで私が誘導しても自分から全然言おうとしないから、少しイラついた時もあった。
まぁ、あいつとのゲームは張り合いがあって楽しかったし、頼み事にも真剣にやってくれる良い奴だったから、それはそれでいいかと思うようにした。
でも、あの変な男子生徒?に言われた時から変化が起きた。
忘れられるようになっていたバイオリンの事が頭の中を埋め、日々の生活に身が入らなくなっていった。
――そして、あいつに音楽のことを言われた時、自分を抑えられなくなった。
別に、あいつが悪くないことはわかっている。
それでも、今まで今まで積み上げてきた努力が崩れ去る恐怖を知り、もう1度立つ勇気が出ないでいる私にはあいつの言葉をそのまま飲み込むことはできなかった。
それに、あいつは......
◆◆◆
……結局、あいつに当たって、助けてもらったことの感謝も伝えられず、そのまま出て行ってしまい、今に至る。
結局、バイオリンのことも、あいつのことも何も解決しないまま.....................
「…あれ、…いつのまに…こんなところまで。」
昔から音楽に深く関わっていたこともあって、音というものに対して敏感だった。
だからか、何か考え事をしたり、集中したりすると無意識のうちに静かな方へと行ってしまうことが多くある。
今回も色々と考え込んじゃったし...やっぱりこれは私の悪い癖だな。
自分の思考にまた嫌気が差してしまうが、今はとりあえず元の場所に戻ることだけを考えよう。
そんな時だった。
「なぁ~、そこの嬢ちゃん」
その声に背筋が凍るような錯覚を覚える。
その男の声が怖かったわけでも、見た目が怖かったわけでもない。ただ............
「よう、この前の嬢ちゃんじゃね~か。」
「何で...あんたらが......」
そこにはこの前私を襲ってきた3人の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます