第14話 「音無杏奈」と書いて「苦虫」と読む
今日も普通の学校生活を送り、いつものように音無さんとゲームセンターに来ていた。
優を追いかけたあの日以来、初めての集合日。
彼女はやはり、どこか前までとは違い、少し機嫌が悪い様子であった。
だからか、今日は音無さんの頼み事で来ているのに、なぜか今日やるゲームのお金を全部僕が払うことになっていた。
「あ~まじで今日、勝てないな。今ので何回くらいやったけ?」
「どのくらいですかね。20回はまだいってないと思いますけど......」
「あ~もうそんなにやってたけ。全然気づかなかったわ。」
実際には、僕が払うことになっているから1回ごとに数えていて覚えてはいたけど、それはキモすぎるから言わなかった。
それにしても、今日の音無さんやっぱりゲームにも集中できてないし、どこか上の空だな。
「……あの~、大丈夫ですか? なんだか普段と少し違う気がしますけど。」
「…………そう。気のせいじゃない。」
何だか今、少し怒っていた気がするけど、これ以上深入りしすぎたらやばそうだし、そっとしておこう。
「…………最悪、また負けた。まじで、何で勝てないの?」
「まぁ、誰にでも得意不得意はありますから、そんなに気にしないで良いと思いますよ。」
「……私が苦手なことじゃあんたには勝てないって言いたいわけ?」
やばい!! 何か、さらに機嫌が悪くなったぞ!? 今そんな失礼なこと言ったつもりはなったんだけどな。
「いや、決してそういうつもりで言ったわけじゃないんですが......」
「ふ~ん..........」
「......ちょっと、あんたこっち来て。」
「はい?」
それれだけ言い残して歩き始めた彼女の後を急いで追いかける。
これからどうなるのかはわからないが、とりあえず殴られてもいいような覚悟だけはしておこう。
「……あんた、次はこれで私と勝負ね」
「これって......」
連れて行かれた先には人一人分よりちょっと大きいくらいのゲーム機があった。その手元にはピアノの鍵盤のようなものがあり、画面の上から流れてくる丸や棒のノーツに合わせてタイミングよく押す。
いわゆる音ゲーと呼ばれるものであった。
「……音ゲーですか。いいですよ、やりましょうか。」
「おーけ。じゃ、このゲームは対戦とかないから、点数の高かった方が勝ちっていうことでいい?」
「わかりました、いいですよ。それじゃ、順番はどうします? できれば、僕からやりたいのですが。」
「まぁ、別にどっちからでも変わんないし。先にいいよ。それと曲はあんたが決めちゃっていいから、私からのハンデってことで」
「いいんですか! なら、遠慮なく選ばせていただきますね」
…………ふっふっふっ、ぬかったな、音無さん。
僕がこのゲームをやったことがないと踏んで選んだのかもしれないが、実際には少しだけやったことがある。
このゲームは他のゲームと違い、運の要素が影響しにくく、技術や知識が結果に大きく影響する。要するに、その曲をどれだけやってきたのかが重要となってくるのだ。
だからこそ、勝敗に最も重要な選曲の権利を僕に渡した時点で音無さんの負けは決定しているのだ!!
「一応、確認させていただきますけど曲はこれでいいですか?」
僕が選択したのはとある高校生覆面バンドの歌で、その中でも中高生の間で人気が高いものを選んだ。
この曲は一時期猛特訓する機会があり、ピアノなら一通り弾けるほどやりこんだ曲だった。そして、この鍵盤を模した音ゲーでも少しだけやったことがあり、ピアノと似たような感じで演奏ができる。
音ゲーにおいては譜面をどれだけ覚えているのかも、得点に大きく関わっているから、相当なことが無い限り負けはしないだろう。
後、別に友達作りのために練習していたわけじゃないんだからね!! それで実際に使う機会が無くて1人部屋で泣いてなんかいないんだから!!
「お~いいじゃん、それでやろうか。」
「では、僕からやらせていただきますね。」
音楽が始まり、画面をタップする。速いテンポでノーツが流れ、その速さにおいてかれないように必死にくらいつく。次第に以前の感覚を思い出して、最終的には1回のミスだけで終わらすことができた。
「……何でこのゲームでもこんなできんの!? あんたってゲーマーだったりする?」
「いや、そんなことはないですけど、昔ちょっとだけやったことがありましたので...」
「ちょっとでこんなできたらやばいでしょ......まぁ、いいや。次、私ね。」
音無さんは僕の結果に少し呆れた様子になったものの、僕が先程やった曲を選択し、スタートボタンを押した。
さて、これだけ取れてれば大丈夫そうだし、音無さんの結果をゆっくりと待つとするか。
~~~
「ふぅ~終わった。終わった。」
「…………」
今の心境を表すなら、不撓不屈、侃侃諤諤、蜿蜿長蛇はたまた焼肉定食か。
まぁ、要するに、意味がわからないということが言いたいのだ。
音無さんとの勝負は圧倒的な僕の完敗であった。
きれいな手さばきで一度のミスもなく、何食わぬ表情でオールパーフェクトという成績を取っていた。
正直、先ほどまでいきっていたのが恥ずかしすぎる。
今なら穴に入るんだけじゃなく、穴を掘って埋まりたいと思うほどだった。
「......すごいですね、音無さん。」
「まぁ、人には得意不得意があるからね。」
彼女は先程言った僕の言葉を茶化したように、そして笑顔でそう言った。
それも、今までに見たことがないほどの満面の笑みで。
「でも、こんなレベルでできるのは本当にすごいですね。」
「まぁ、このゲームは少しやったことあったからね。」
「それにしてもできすぎですよ。音楽とか得意だったんですか?」
「......別にそんなんじゃない。」
……もしかして、地雷を踏んだか?
一瞬にして場の空気は変わり、太陽の様に輝いていた彼女の笑顔も次第に沈み込み、今では顔が見えない程に俯いてしまっている。
それでも、あからさまに不機嫌だと分かるほどだった。
…ここはとりあえず褒めなきゃ!!
「そ、そう何ですか......でも、すごいうまいですね!!」
「今からでも練習したら、コンクールとかでも省もらえるんじゃないですか。」
「……」
「それこそ才栄学園に入れるくらいの才能が芽生えたりするかもしれないですし、何か楽器の一つくらいやってみるのもありかもしれないですね。」
「……別に今さらやりたいとも思わないし、興味もない」
「じゃ、な......「はい。今日はここまででいいわ。」
「えっ。」
「用事思い出したから先に帰る。」
彼女はそう一言言うと、その場から足早に立ち去って行った、
その瞬間、彼女の顔を見てやっと気がついた。
本当は先ほどの変化で気づくべきだったのだ。
苦虫をかみつぶしたようなその表情に。
あぁ。
やっぱり、僕には......
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