第13話 「アルバイト」と書いて「挑戦」と読む

 今日でもう6月の中旬となった。にもかかわらず、いまだにボッチ飯を食べている僕。

 最近は梅雨入りをし始め、空は一面、灰色模様になっており、まるで僕の心情を表しているようだった。

 

 結局、この前の優のことに関しては音無さんに特になかったと報告した。だが、僕の言ったことには興味がなさそうで、どこか上の空と言うか、普段とは少し違った様子であった。


 今日も学校での様子は普通そうに見えたが、やっぱりどこか変なんだよな。

 ……実際に話してないから何とも言えないけど。


 学校内でも関われるほどの関係になれたわけではないし、とりあえずは自分の理想とする学校生活を送れるように頑張ろう。


 そう言うのも、優と仲良くなったあの日のことで再び自信を取り戻すことができ、手始めに優に話しかけることから頑張ってみよう考えた。


 だがしかし、校内における優の周りには誰かが常にいる状態であり、一部では親衛隊なるものも存在していた。

 実際、近づいて話しかけようと思っても休み時間は人が集まるし、

 人が減ったタイミングを見計らってもなぜだか親衛隊のメンバーににらまれ、そのまま自分の席へと戻っていくということを何度も繰り返した。


 そのため、校内ではいまだに話しかけることすらできない状態なのである。


「はぁ~、なんでこうもうまくいかないんだろうな。」


 そんな僕のため息とともにチャイムが鳴り、休み時間の終わりが告げられた。


 次の授業は別の教室だし、俺も早く移動するか。


 席を立ち、騒がしい教室を抜けて、いつものように廊下を一人歩く。

 普段と同じ行動であるのにもかかわらず、梅雨時の空模様とも相まって、一層寂しさを感じた。


「どうしたのそんな下なんか向いちゃって、大丈夫?」


 背中を叩かれ、振り向くと、そこには天使......じゃなくて優が立っていた。


「大丈夫ですよ。ちょっと遅い五月病みたいなものですから。」

「アハハ、連って面白いこと言うんだね! あっ、あとこれ。この前渡し忘れた連絡先だから登録しておいてね。」

「……ありがとうございます。あとで登録しておきますね」

「うん! よろしくね。それに......」


 優は何かを言いかけると、僕の肩に手をのせ、優の口元へと僕の耳が近づいた。


「何かあったら言えよ。ストレス発散したけりゃ、俺が遊びにでも連れてってやるからよ。」


 俺の表情から何かを読み取ったのか、耳元で囁くようにつぶやいた。


 あ~、これはあれだね。その~、なんというか。僕も専門家じゃないし、語彙力もそれほどあるほうではないから、完璧に表現できるわけじゃないんだけど。簡単にこれを一言で表すなら ............女神、かな。


「じゃぁ、僕、準備があるから先に行っているね。」


 優は僕の肩から手を離すと、こちらに手を振りながら走り去って行った。

 最近は一人暮らしを始めて、人から気にかけてもらう機会なんてほとんどなかったから、本当にうれしかったな。


 多分、僕が女だったらさっきのでイチコロだったぞ! 


 まぁ、そんなことはともかく、今日一日のやる気はさっきのでもらったし、頑張ってみるか。


 ……さてまずは、がん飛ばしながら僕の後ろにたたずんでいる優の親衛隊をどうするかだな.........


 キーンコーンカーンコーンというチャイムが鳴り、今日の授業は終わりを告げ、放課後となった。


 はぁ~、今日の昼休みからはいろいろと大変な目にあった。


 昼休みは隠れるだけで時間が終わったし。まさか、先生までもが優の親衛隊に所属していて、授業中にあんな当てられるとは思わなかったな。しかも、そのことで翼にも絡まれたし、ついてなかったな。


 けれども、今日は女神に会ったおかげでたいていのことが許せてしまえる。


 よし!! 今日のバイトもこの調子で頑張るか。


 こんなことで簡単にモチベが上がるなんて我ながら馬鹿だと思う。それでも、そんな自分が悪くないと感じ、いつもより軽い足取りでバイト先へと向かった。


◇◇◇


 学校からは20分、アパートからは10分弱の距離。そこにあるファミレスが僕の今働いているバイト先である。


「おはようございます、店長」

「あ~、おはよう、佐藤君」


 いつも通り、事務所にいた店長に挨拶をし、奥の従業員部屋へと入っていく。


 ここの店長は以前高校の教師をやっていたらしく、定年後はここのオーナー兼店長として働いている。

 そのためか、学生で特に経済事情が大変な人達をメインに雇い、様々な面で支援してくれる優しい方である。


 この前なんかは店で売れなさそうな料理を無料でくれたりもした。

 本当にここの店長には感謝してもしきれないくらい助かっている。


「……おはようございます。」

「あー......おはよう。」


 そうか、今日のシフトこの人とだったな......

 

 そこには黒目に黒髪ロングのポニーテールのザ・大和撫子といった女性、金剛沙耶こんごうさやの姿があった。

 人とはあまり話さず、誰も彼もを寄せ付けないミステリアスなオーラもあって話しかけにくいタイプの人である。


 逆にどんな人なら僕が話しかけられるのかと言われると困るのでそこについては触れないでほしい。


 それでも、用があるときには話せていたし、これまで業務に支障が出ることはなかった。

 それに、僕自身話しかけに行くのが得意なタイプではなかったから、このままがベストだと考えていた。


 だが、ここ最近いろいろな人と話すようになってあることを思うようになってきた。


 それは、この密室の空間で男女の2人がいるという状況で流れだす............気まずい空気!! 


 実際にはこの空気を気にしているのは僕だけなのかもしれない。今だって後ろの方にいる彼女はスマホをいじるわけでも、なにか食べたりするわけでもなく、ただ何もない空間を見つめている。それも、毎回だ。

 でも、たまにちらちらとこちらを見てくる気がするから彼女の真意がわからなくなる。


 これってやっぱり話しかけた方が良いのか? でも、彼女の方に目線を向けようとすると、彼女も一緒に顔を背けてしまう。


 話すべきなのか、そうじゃないのか、どうするのが正解なのか?……あれ? 


「それって忍者侍剣士くんのストラップ...........ッ.」


 やばい、やばい!! 話し方が分からないタイプの人だからっていきなりアニメキャラの話をするのはまずいだろ!!

 やっぱり、こういう部分が今までに友達ができなかった要因なのか。


「……君、これ知っているの?」


 あれ? 意外な反応だな。この反応はどっちなのだろうか。


 もし、彼女がこのアニメが好きなのであれば、夢にまで見たアニメ友達ができるチャンスだ。

 しかし、違ったら最悪の場合、『キモ』で会話が終わる。

 そして、バイトをする際にずっと後ろ指を指され続け、ここに居られなくなってしまう。


 ……いや、待てよ。普段なら誰にどんな話を振られても一言で終わらす彼女がこの話には反応したのだ!! 


 これはチャンスな気がするし、もう少し会話を頑張るか。


「僕、前にこのアニメを見ていたんですよね」

「……そうなんだ。……どのキャラが好きなの?」

「僕が好きなのですか? う~ん......僕は剣士くんも好きですけど、敵キャラのガンマンさんも好きですね。」

「親の敵を討つために剣を捨てガンマンとして生きていくことを決めたシーン何かは特に良かったです。」

「………君は分かるんだね、このアニメ。知っている人に初めて出会ったよ。」


 おっ? 意外にも普通に話せている。

 普段のクールな彼女からは想像できないが、こんなにもアニメの話に反応するなんてな。


 その後もしばらく話してみると、彼女もアニメ好きみたいで、バイトが始まるまで色々なアニメの話で盛り上がっていた。

 話せるようになったら想像以上に話しやすい人だったし、やっぱり見た目だけで判断してはいけないな。


 こんな出会いがあったのも女神のおかげなのかもな.........


 う~ん、やっぱりまじめにお祈りでも捧げた方が良いか? 




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