第10話 「二階堂優輝」と書いて「男の娘?」と読む②

 現在、優輝君......じゃなくて優の追跡のため、僕と音無さんは優との距離を保ちつつ物陰に身を潜めながら観察をしていた。


「何で急に追いかけることになったんですか? まさか、優が助けてくれた本人だったんですか!?」

「う~ん、それはまだわかんないけど、あんたさっきのどう思った?」

「さっきのって優のことですか? そうですね~、普通にかわいかっ......じゃなくて、特に気になることはなかったですが、何かありましたか?」

「いや、なんか雰囲気が変だったっていうか、何か隠している気がすんだよね。」

「学校からの帰り道にいくらでもゲームセンターはあるのに、わざわざ最寄りの駅からもさらに遠いこの場所まで来てるんだよ。」

「しかも、何もせずに帰って行ったし、普通に考えておかしくない? あと、優は男だよ」


 言われてみれば、ここまで来たのに何もしなかったのは怪しいな。


「でも、何か欲しいものがあって来たけど、目的のものがなかったということもありそうじゃないですか?」

「……それと、さっきのは冗談だから気にしないでください.........半分くらい。」

「まぁ、あんたの趣味嗜好の話は置いておいて、優と話していて思い出したことがあるんだよね」

「思い出したことですか。」

「そうなんだけど......って、優が店に入っていったよ!」


 彼女の声で目線を元に戻すと、優は少し高そうな服屋へと入っていった。


「どうします。すぐ追いかけますか?」

「いやいいよ。あそこの店ってあんま広くないし、こっちが見つかったら大変だしね。......あれ?」

「わかりました。そこの木陰とかに隠れておきますか?」

「うん。それもそうなんだけどさ......」

「どうかしましたか?」

「いや、あれ見て。」


 音無さんの指さす先には優が入っていった店があり、よくよく見てみると「レディースファッション専門店」という看板があった。


「えっ!! さっきあそこに入っていきましたよね。」

「そうなんだよね。秘密を探ろうとはしていたけど、見ちゃいけないところまで見ちゃった気がするな。」


 尾行をしている側の人間が言うのもあれだが、今回のことは本当に申し訳なく思っている。

 僕だって友達や家族に部屋のあるところに隠しているアニメグッズがばれたらと考えただけでもその場で転がりまわりたくなるくらいだからな。


 大丈夫だ、優。今日のことはちゃんと墓場まで持っていくからな。


「……一応、聞きますけど優って本当に女子じゃないですよね?」

「いや、ないと思うよ......多分。」


 先ほどは否定していた音無さんも今の光景を見て少し自信を無くしたのか、後半の方は聞こえないくらい小さい声になっていた。


「わかりました。......少し話を戻しますけど、思い出したことって何ですか?」

「あ~それね。前に優が欲しい猫のでかいぬいぐるみがあるって話をしていたのを思い出してさ。」

「そのぬいぐるみっていうのが、助けてくれたやつもちょうど持っていたんだよね。」


 えっ!! それならほとんど優で確定じゃん!! というか、そんな大事なこと忘れないでくださいよ!!


「あと、これは私の勝手な想像なんだけど、男子ってぬいぐるみが好きな人って少なそうじゃない?」

「だから、優みたいにあのぬいぐるみを欲しがっている人っていうのも少なくなるんじゃないかな。」

「まぁ、あんたがさっき言っていた可能性もあるとは思うんだけど......私は優が助けてくれた人だと思うんだよね。」


 そうだろう。普通に考えたら優がその人である可能性の方が高いよな。


「聞いている感じ、僕もそんな気がしてきました。」

「なのに、さっき質問してもあの日はゲームセンターにはいなかったって言うしさ。」

「その後すぐ私たちから離れようとしたから、何か隠しているかなと思って、追いかけているわけ。」

「それに、弱みとかつかめたら楽に聞きだせそうだしね。」

「……そういうことなんですね。でもあの店入ってから出て来るの長くないですか? もう、30分くらい経っていますよ」

「そうだよね~。ちょっとだけ中入ってみる?」

「そうしますか。って、僕はあの中は入れませんよ!!」

「え~そう? 私も行くし大丈夫じゃない?」

「そういう問題じゃないですよ!!」


 一瞬気づかずに店へと入っていきそうになったが、すぐに思い出して体の動きが止めた。そう、ここが入ってはいけない聖域のような場所だということに。

 そんな時、今回のターゲット優、らしき人物が店から出てきた。

 なんか周りを見渡しているし、まさか尾行がばれていたのか......うん? 

 今、目が合った? 気づかれた。走り出した。...って、走り出し た!! 


「音無さん!! 優っぽい人が逃げていきますよ。」

「あれ~、ばれちゃったのか。優、足速いからな。あんたちょっと追いかけてきて。」

「いやですよ! 何で僕だけなんですか!」

「私じゃ追いかけても追いつけないし、あんたなら男だし行けるよね。」


 段々と語気が強まっていき、最終的には脅しまがいな口調へと変わっていった。


「が、頑張らせていただきます!!」


 もう僕にはその一言を残して全力で彼の後を追いかける他なかった。


◇◇◇


 右に曲がり、左に曲ががり、川を渡り、住宅街を突き抜け、30分ほど走っただろうかというところで優があるビルの前で止まる。

 優の体力が切れたのか、目的地にたどり着いたのかは分からないが、追いかけるのも体力的にきつくなってきたから良かった。


「やっと、止まった。」


 優の止まった様子を確認してとっさにくにあった店の陰に隠れる。


 正直、普通に走るだけならまだ余裕があった。

 けれども、振り向きざまに急いで隠れたり、急にスピード上げて引き離そうとしたりするのは本当にやばかった。

というかこれ、僕のことを気づいていたんじゃないか!?


 やはり優の方も気づいていたのか、息を整のえつつも周りを見渡し、しばらくしてからそのビルの中へと入っていった。


~~~


「どこに行ったのかな?」


 優が入ったのは様々な施設があるビル群の一角であった。僕も急いで優の後に続いて入ったが、中はすごい人込みで優の姿はもう確認できなかった。


 これから、どうするかな? 


 やはり、この状態から見つけることなんて無理だろうし、音無さんには見失ったと言うか。

 最悪、地面に頭をこすりつけながら土下座して謝れば許してくれるだろう。


「せっかくこんなところまで来たし、少しくらい見て回るのもありかな。」


 優の追跡は諦め、特に目的も持たずにぶらぶらと建物内を歩いていくことにした。


 とりあえず、今は人込みから抜けたいし、ここから離れるか。


 人がいない方へと人込みをかき分けながら進んでいき、ちょうど人込みから抜けたところで一つの店が目に入った。

 正面からはこれでもかというほどにある層の客を狙ったようなオーラを発している。だからか、ここだけ人があまり近づいていなかったのかもしれない。


 けれど僕には、この店を見た瞬間、人込みから逃げてきたのではなく、ここに導かれたのではないかという様に感じた。

 

 そんな運命に導かれるように僕は一つの迷いもなく、この店『アニメイド』の中へと進んでいった。

 

 そこでは、ラバーストラップやアクリルキーホルダーなどのアニメグッズが主に売られており、それ以外にもラノベや漫画、またはそれに関連する書籍や円盤、コスプレ衣装にいたるまでアニメや漫画に関するものであれば幅広く取り揃えられている。そして、これが一番の特徴なのだが。


「本当に、メイドさんがいる。」

 

 店員がすべてメイドなのである。


「ここがあのアニメイドか...」


 感嘆のため息を漏らしてしまうほどにすばらしい景色であった。

 

 つい最近まではこういったことに興味はなかった。

 それでも人間というのはきっかけ一つですごい変化を起こす。

 それは僕でも同じでアニメを初めて観た時の衝撃が忘れられず、どっぷりとはまって初心者アニメオタクとなっていた、そんな僕だからこの店には一度来てみたいとは思っており、ここに来れたことは素直に嬉しかった。


「うぉ~、すげ~!! これこの前観たアニメのアキのフィギュアじゃん。かわいいな~ 。」


 このアニメは最近見た中でも5本の指に入るほどの作品でOPの極や内容が良いのはもちろんのこと、キャラがとてもよかった。

 その中でも、このメイド服と白い髪が特徴のアキという少女は一番のお気に入りであった。


「4万近くするし、どうしようかな。先月のバイト代の半分くらい使わないと買えないんだよな~」

 

 かれこれ十数分。まじめに悩んではみたものの生活ができなくなるということで今回は諦めることにした。

 その後もしばらく店内を見て回ったが、あのフィギュア以上に欲しいと思えるものは見つからなかった。


「は~、本当にどうするかな。」


 それでも諦めきれず、フィギュアの周りを行ったり来たりしていると、奥の従業員フロアから見知った人物が現れた。

 そこには先ほどまで僕が見ていたフィギュアのキャラ本人......じゃなくてコスプレをした人物の姿があった。


このクオリティーはすごすぎでしょ!! 


 鮮やかな白色のウィッグを付け、ここの店のメイド服を着ている。そんな単純なことしかしていない。なのに、推しであるあのキャラを彷彿とさせる佇まいと風格。


 よくよく見てみると、実際には髪色が微妙に違うし、メイド服の細かな刺繍も違っていると思う。それでも、僕には彼女の姿がアキそのものであるようにしか感じられなかった。

 それこそ、画面の世界から現実の世界へと抜け出して来たようにしか思えないほどであった。


 やっぱり、すごい人っていうのはどこにでもいるものなんだな。


 そんな風に感心しつつ彼女の姿に見惚れていると、こちらの目線に気づいたのか振り返ってきた。


 あっ~!! 今、確実に目が合っちゃったな~。まぁ、あんだけまじまじと見ていたら気づかれるのも当然か。


 ……でも、様子が何か変だな。急に顔が赤くなったと思ったら、体も小刻みに何か震えてるし、大丈夫か? しかも、なんかこっちに近づいている気がするし、どうしたんだろうな? いや、違う!! 普通に怒っているみたいだし、何か言いに来たんだわ、これ。


「お客様、何かお探しでしょうか?」

「……へっ?」


 この人はキャラになりきるのがうまいおかげか、自分のオーラを隠すのがとてもうまい。

 それでも、口調や声色、表情には表れていないが、怒りのオーラが心の中からあふれんばかりににじみ出てしまっている。

 

 要するに、怒りの感情が明らかに分かっているこの状態で僕はどんな行動を取ればよいのだろうか



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