14.元バナナ令嬢の羨望

ブルーノ・バルビシアーナ。


彼は王家の流れを汲み、ご当主が宰相職を務めるバルビシアーナ公爵家の三番目のご令息で、嫡男でないながらも類稀なその容姿と聡明さで名を馳せ、将来を羨望された存在でありました。


そのような方ですから、わたくし程度では気軽に近づくこともかなわず、会話らしい会話をしたことはありません。


けれどわたくしは、実はずっと前から秘かに彼に憧れを抱いておりました。


なぜならば。


(理由は簡単。美貌や能力はもとより、彼のあらゆる点が、前世で羨んでいた希少品種であるブルー・ジャヴァ・バナナを想起させるのですわ……!)


かの品種の特徴的な未熟果の色彩を想起させる、銀色味を帯びた青色の髪と瞳。涼しげな目元。


凛とした、それでいてどこか捉えどころのない物腰はまるで氷菓のごとく、別称であるアイスクリームバナナという名を体現しているかのよう。


定番の人気を誇るキャベンディッシュバナナとは違い、その珍しさで人目を集め、関心を惹き付けるブルー・ジャヴァ・バナナは、ある意味対極といえるかもしれません。

彼もまたそのように、他と隔絶した美麗さと有能さで人目を惹く存在なのです。


(そう。あの縁日イベントのときも、ブルー・ジャヴァ・バナナの試食コーナーは人だかりで見えないほどで、綺麗に完売していましたわ……。売れ残りなど、一つも出さず……。って、今そんなことは良いのです!)


混乱のあまり思考を明後日の方向へ飛ばしてしまいましたが、どう考えてもそれどころではないのでした。


(が、学園に在籍していらっしゃるのは当然存じておりますけれど、こうして目の前に現れて話しかけられるなんて、想定外も想定外です!わわ、わたくしはい、いいい一体どうしたら!?)


格式ばった挨拶を交わす以外、遠くから眺めるだけの存在であった彼に突然背後からお声をかけられ、わたくしはひたすらに動揺しました。


(とととにかく失礼の無いようご挨拶を……!)


学生の身分とはいえ、公爵令息を無視するなどもってのほか。

震える手でスカートの裾を持ち上げ、辛うじてカーテシーを行います。


「失礼いたしました。お目にかかれて光栄ですわ、ブルーノ卿。」


取り繕うように笑顔を浮かべるわたくしに、彼もまた微笑みを返してくださいました。


「ええ、私も光栄に思います。貴女とは一度こうして話をしてみたかったのですよ。」

「……?恐れながら、それはどのような……?」


そっと伺ってみますが、完璧な微笑を崩さない彼の真意は分かりません。

それどころか氷のように美しいそのかんばせは、笑顔にすら相手を萎縮させる圧を持たせるのだと思い知らされるのでした。


「そう身構えなくても結構ですよ。ただ一つ、聞いてみたいことがあるだけです。」

「?」


もちろん、わたくしには具体的な心当たりなどあるはずもなく。


(公爵家、それも宰相閣下のご令息である彼がわざわざ訊ねるというのなら……ジェフリー殿下にかかわる何か、が一番可能性は高いですが。

それでも今のわたくしごときに絡む必要性など全く考えつきませんわ。)


怪訝に思う気持ちを仕草や表情に出さないよう努めながら、ただじっと次の言葉を待ちました。



「貴女はとても魅力的な方ですね。」



「は……?」



ですからその「質問」とやらが、まさかそのような明後日の切り口から展開されるだなんて予想する余裕は全くなかったのです。


「私は、貴女ほど美しく他者に愛される方はこの世にいないと思っています。

しかし貴女は昔も今も変わらぬ熱量で、さらなる美しさを得ようと努力なさっている御様子。」

「え、」

「特にファッションに関しては臆することなく新たな可能性を切り開き、次々に斬新かつ素晴らしい意匠を生み出して人々を驚かせておられるそうですね。」

「あの、」

「そうまでして、今もなおストイックといえるほど精力的に美を追求する理由は?そこにどのような意味があるのですか?」

「待っ、」

「他意はありません。ただ、純粋に知りたいのです。何が貴女をそうさせるのか、ずっと疑問に感じておりましたので。」

「なっ……!?」


(わたくしからすれば、今の貴方の発言のほうが余程疑問ですわ!)


憧れの人に対する欲目をもってしても、一体何を言われているのか理解できません。


(罠……?)


だからといって裏側の意図を想像してみても、皆目見当もつかないのでした。


(仮に裏があったとして、わたくしのように単純な性分の者がこの秀才の胸中など察せようはずもございませんが。)


少なくとも、表情を伺う限りでは彼は大真面目に仰っているように見えます。


(大真面目……。!……ああ、そうなのですわ。)


考えを巡らせたわたくしはある可能性に思い当たり、同時にようやく合点がいきました。


(だとしたら、なんて残酷な問いなのでしょう。)


そうして、憧れだった彼に対して少しばかり腹を立てたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る