15.元バナナ令嬢の心

「ブルーノ卿。」

「キャスリン様、私はまだ学生ですよ。どうか他の生徒と同じように、気軽に接してください。」

「……ブルーノ、様。申し訳ございません、お答えしかねますわ。恐れながらご質問の意図がよく理解できませんの。わたくしはお菓子とドレスのことしか頭にない、お馬鹿な侯爵令嬢にすぎませんので。」


できることなら答えずに済ませたい、そう思いました。


その問いに答えることがいかに惨めか、はじめから分かっているからです。


けれど、ブルーノ様は引き下がってはくださいませんでした。


「まさか。本気でそう思っているのはくらいのものです。キャスリン様、私はそんなに難しいことを言っていますか?それとも、何か貴女のお気持ちを害してしまったのでしょうか。どうか、お答えいただくことはできませんか……?」


彼はそう言うと悲しげに目を伏せ、少し困ったように眉を下げます。


(っ、……そんな顔をして……!貴方は恵まれていらっしゃるから、だから大真面目にそのような疑問が持てるのですわ。死に物狂いで頑張らなくったって、売れ残ったり冷遇されたりしないから、だから……!)


それでも、その表情一つで絆されてしまうわたくしは、やはり愚かなのだと思いました。


「……どうしてもと仰るのなら。貴方のような美しさも才覚も生まれ持たないからでございます。

わたくしのような凡人には慢心など許されませんので、立場に応じた責任を果たすために、いつでも必死でかじりつくしかないのです。慢心とは即ち停滞、停滞とは即ち後退、後退とは即ち凋落でございます。

貴方ほど稀有なお方には、きっとお分かりにならないでしょうけれど。」


憧れの人に美しいと言われたこと自体は嬉しかった。

でも、それこそが「持てる者」の余裕のようで。わたくしにとっては、憎らしくもあるのです。


「そう思いますか?美しいですよ、貴女は。」


けれど彼は再び、当たり前のことを告げるようにそう言いました。


「何度でも言いますが、貴女は美しく愛らしく魅力的で、多くの人々に愛される女性です。生まれ持ったというのなら、貴女のそういう才能を私はずっと羨んでおりました。」

「えっ?」


わたくしは思わず耳を疑いました。


「私と違って、貴女には強い意思がある。その信念を持って懸命に努力する姿は、貴女が思う以上に人を惹き付けるのです。

……そう、ただ珍しがられるだけの私とは違って、ね。」

「ブルーノ様……。」


無意識なのか、語る度に少しずつ、彼の口調が強く熱を帯びていきます。


その瞳には一点の曇りもなく、心の底からそう思っているのではと勘違いしてしまうほどに確信に満ちて見えました。


これまでの冷徹な印象を覆すその姿に、現世離れした美しさを持つ彼も血の通った人間であったのだと、わたくしは今さらながら実感したのです。


そして、完璧な存在だと思っていた彼の意外な一面に、きっと毒気を抜かれてしまったのだと思います。



「……。初めは、ただ楽しくて。」

「!」



気がつけば、わたくしの口はすんなりと素直な言葉を紡いでいました。


「先ほど申し上げたことは、もちろん嘘ではありません。でも、それだけではないのです。

楽しくてたまらなかった、それが一番の理由なのだと思います。」

「……。」


ブルーノ様は口を挟んで話の腰を折るようなことはなさらずに、静かに耳を傾けてくださいました。


「自作のデザイン帳を開いてあれこれ想像を膨らませるのも、

素晴らしい職人の方々と協力し、ときに議論を交わしながら本物のドレスという形にしていくのも、

出来上がったドレスを手に取り身に纏った瞬間も、

髪型や小物を合わせてより美しく映えるよう彩っていくことも。

ずっとずっとやってみたいと願っていた大好きなこと、憧れを、わたくしのこの手で実現するたび、世界が輝いて見えるのです。」


内に秘めていたその気持ちを言葉にするだけで、えもいわれぬ愛しさや、嬉しくてたまらないという気持ちが溢れてきます。


図らずもつい目元が緩み、口元がほころんでしまうのがわかりました。


「ですからわたくしは、わたくしの装いにはいつだって全力で『大好き』を詰め込んでいるのですわ。

貴方にも、そういったものはありませんか?」


そう語ってみせたとき、わたくしも先ほどの彼のように熱が入ってしまったようで、うっかり緩めた表情のまま水を向けてしまったのです。


(いけませんわ。はしたない、とご不興を買ってしまうでしょうか。)


内心冷や汗を流しながら、恐る恐るお顔を窺うと。


なぜかブルーノ様は面食らったように目を瞬いていらっしゃいました。


「そうですか。……いえ、……そうですね。」

「ブルーノ様?」


やがて何かを噛み締めるかのように数秒の間瞼を閉じ、ゆっくりと開かれたのです。


「私にはそれこそ夢物語のようで、縁遠いものだと思っていたが……たった今、ひとつだけ思い当たったよ。」


彼は淡く微笑んで、どこか眩しそうに答えたのでした。



(……あら?)



平素の彼と異なる様子であったから。


いつの間にか砕けた口調に変わっていたから。


明確なきっかけは分かりません。


けれどそのとき、わたくしの胸の奥は確かにトクンと音を立てたのです。

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