11.憂い

(とは言ったものの……。)


 コンチュ様との小競り合いから一晩が経った、翌朝のこと。


 目の前に立ち塞がる見知った男性と、そのご学友兼側近候補の方々に、わたくしは辟易していました。


「お前という女は……!あれほど近づくなと言いつけたにも関わらず、またコンチュを取り囲んで不当な中傷を行ったようだな。脳味噌が足りないだけでなく、か弱き女生徒を貶めて悦に入るとは、なんと浅ましい!」


(か弱き?というか私も同等の地位の女生徒なのですが……。)


 いえ、既に頭の中に図式のでき上がっている方に突っ込んだところで仕方がないのでしょう。


「左様でございますか。『取り囲んで不当な中傷』というものに覚えはございませんが、殿下をご不快にさせたのならば謝罪いたします。」


 冤罪を認めるわけにはいきませんが、王族に逆らうことはできません。

 また、殿下は下手に口答えするとヒートアップなさる方ですので、極力刺激しないようへりくだるほかありませんでした。


「ふん、白々しい。俺は本人から全てを聞いているのだぞ。それに目撃者からの証言も得ている。……そうだな、お前たち?」

「仰るとおりです、殿下。我々がその場に居合わせたコンチュ嬢のご友人に裏付けも取っております故、間違いございません。」

「ええ。何でも殿下が彼女に愛称を許可したことに嫉妬し、『これ以上調子に乗ったら泥水の上に引きずり倒して踏みつけてやる』と脅されたとか。」


(突っ込みどころしかございませんが。とりあえずそれ、実行したらわたくしも泥まみれですわね。)


 コンチュ様もその取り巻きの皆様も、大胆に話を盛るものです。


「まったくおぞましい……。お前のような女が婚約者など、我が人生の汚点だ、虫酸が走る!」

「あらまあ。こちらこそまったく心当たりはございませんが、わたくしが至らぬばかりに殿下のお心を害してしまったこと、誠に申し訳なく思いますわ。」


 頭を下げるわたくしを不満げに見下ろす殿下はその後もしばらく罵声を浴びせ続けましたが、やがて満足なさったようにゴホン、と咳払いをされました。


「……まあ良い。才に溢れ、俺と親交の深い彼女を妬んでの愚行であろうが、これ以上俺の顔に泥を塗る行動は許されない。お前が態度を改めないのなら、こちらにも考えがある。せいぜい心しておくことだな。」


 殿下はそう言い捨てると、ご学友の皆さまを引き連れて去っていかれました。


 ポツンと残されたわたくしを、クスクスと嗤う生徒も少なくありません。


(嫌な空気ですわね。コンチュ様を優位と見る者、元々わたくしや我が家を気に入らない者、単純に考えが浅い者、と思惑は様々でしょうが……。さすがにこれは、困ったものですわ。)


 生徒たちの態度が以前より悪化しているように思えるのは、まあコンチュ様の手腕でもあるのでしょう。


 あの方は、特に学園などの限られた世界で空気を作り出すのがいっとう上手いのです。


(わたくしを追い落とそうと表立ってプレッシャーをかけてくるだけでなく、裏ではわたくしのよからぬ噂を流していらっしゃるようですし……。加えて、殿下のあのご様子では。)


 ご本人は少しばかり叱ってやった程度のおつもりなのでしょうが、それを公然とやられるだけでこちらは大迷惑なのでした。


 婚約者の対抗派閥ともいえる侯爵家の令嬢に心酔してほぼ四六時中べたべたと連れ回し、当の婚約者を差し置いて露骨な庇護を与えておられる殿下。


 学生時代の火遊びにしても普通はもう少し隠れてするもので、彼らは流石にやりすぎでした。


 そこまで夢中にさせる彼女をいっそ称賛すべきか、あっさり陥落なさった殿下に失望すべきか。


(わたくしを浅慮だ軽薄だとのたまっておいて、ご自身はあの体たらくですもの。ほんっとうに腑に落ちませんわ。)


 いくらなんでもここまで公然とやられては、わたくしの名誉だけでなく王家の求心力にも響きますし、要らぬ混乱を招きかねません。


 現に学園の生徒たちには影響が出始めており、無視できない状況になりつつあります。


 また現状は第一王子殿下の視野の狭さと扱いやすさを露呈するだけだと、わたくしはそのことも憂えておりました。


(殿下はこの学園の意味を少しでも理解なさっているのでしょうか?お陰さまで婚約者としてのわたくしの方はある意味が、このまま失脚させられたら何の意味もありませんし、こちらばかり負担が大きすぎて不公平です。……それに、何より。)


 わたくしはギリ、と奥歯を噛み締めました。


(あまりにもわたくしと、わたくしの家族を侮辱しておいでですわ。)


 生みの親と、きょうだいたち。

 今もも、大切に思うさがは変わりません。


 ですから、わたくしは、そのことが純粋に腹立たしいのです。




 * * * *




(それにしても、コンチュ様はいつの間にあのような手練手管を習得されたのでしょう?)


 お昼休みに中庭のベンチでいちゃついていらっしゃるお二人を、校舎の窓から見下ろしながら考えます。


 殿下はどうやら「可愛いけれどちょっぴり大人っぽくて、かつ自分が認めるくらい賢い女性」がタイプだったようで、それに「健気な彼女への愚かで性悪な女の嫌がらせ」という要素が加わったことにより、目も当てられないほどのめり込んでしまったらしい……と理解できたのは最近のこと。


 しかし、わたくしの知る限り、学園入学前の彼女にそのような要素は一切ありません。


 自分より下位のご令嬢たちを従えて、うぞうぞと蠢く群れを形成し、気に入らない者を標的にして徹底的に貶める能力にだけは長けていらっしゃいましたが、それだけです。


 特段賢くもなければ、人格もセンスもむしろ幼さが目立つ。


 とても現在のように(わたくしを煽るためなら化けの皮を脱ぎ捨てるとはいえ)健気な才女を気取って殿下を籠絡できるようには見えませんでした。


 それが入学するなり、まるで狙い済ましたかのような正確さで殿下の好みの女性を演じるなど、可能なのでしょうか?


(この時まで爪を隠して油断させていたというのなら、とんでもない悪女ですが……。)


 いわゆる派閥というものが異なる家の彼女とは交流が少なかったため自信を持っては言い切れませんが、やはり不自然に感じます。


(それに、殿下の「ご学友」たち。彼らの動きも不可解ですわ。)


 将来の側近候補であるはずの彼らは、昔からいまいち仕事をしているように見えませんでした。


 わたくしはそれを単に優秀でないだけだと解釈していましたが、今の殿下の振る舞いは、あの頃のようにパーティー会場の片隅でひっそりと暴言を吐いたというレベルではありません。


 いかに凡庸な人間であろうとも、殿下の行動を煽るばかりで止めようともしないというのはおかしいのです。


(思えば学園に入ってからの殿下は彼らと常につるんで幅を利かせ、以前にも増して彼らの言葉ばかりを聞き入れるようになられました。

事態は確実に悪化しており、彼らの立ち回りもその一因である……ならば。)



「これ以上は看過できませんし、わたくしもそろそろ動かなければなりませんね。」



(そうと決まれば、行動は迅速に。彼ら相手なら、直接問いただして反応を見る のが手っ取り早いですわ。あとで殿下に怒られたとしても、それこそ今さらですもの。)


 こうしてわたくしは、側近候補のどなたかを捕まえてお話をすることに決めたのでした。


(え?散々冷静ぶっていた割に手段が短絡的?知りませんわ、バナナですもの!

そもそもいつもはちょっと無理して頑張っているだけで、策謀を巡らすとか腹の探り合いとか、本当は苦手なのですわ!)

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