10.大切な友人たち
「申し訳ございません!申し訳ございません……!」
コンチュ様とそのご友人たちが去った後。
涙を流して必死に謝るご令嬢を、わたくしたちはどうにか慰めようとしていました。
「どうかお気になさらないで。あの程度のこと、仮に殿下に告げ口されたとて大事にはならないでしょう。何より、わたくしはわたくしのために怒ってくださった、そのお気持ちが嬉しいのですわ。」
「でもっ、また殿下が、誤解なさってしまいます……!私のせいで……!」
「まあ。ふふ、誤解もなにも、殿下がわたくしのことをお嫌いなのは今に始まったことではございません。コンチュ様との仲も、今さらではありませんか。」
実際、コンチュ様とジェフリー殿下の親密さは、既に珍しくも何ともない周知の事実となっておりました。
「それにあの方、わたくしが何をしたってすぐに殿下に泣きつくのですから。気に病むだけ無駄というものですわ。」
コンチュ様の報告によってわたくしが殿下のご不興を買ったことはこれまでに何度もありましたし、その度に厳しいお叱りを受けてきたのです。
とっく慣れっこになっていたわたくしは、わたくしのせいになれば彼女が巻き込まれないで済みそうだと安心すらしておりました。
しかし、その言葉を聞いた彼女はなぜかさらに泣き出してしまいます。
(困りましたわ、謝られたり泣かれたりするのは苦手なのですが。)
理由が分からずおろおろしていると、それまで手を出さず見守っていた他の友人たちが口を開きました。
「……キャスリン様。彼女の行動は確かに迂闊ではありましたが、悔しくてたまらないのは私たちも同じなのです。」
「そうですわ。あのような方、ご自分を優秀と見せかけるのがお得意なだけで、才媛でも何でもありませんのに!」
「どうせ先ほどの件もご自身に都合の良いように触れ回るに違いありませんわ!なんて嘆かわしい……。」
「この子はキャスリン様が政情を慮ってただ耐えておられるばかりの現状が悔しくて、けれど少しもお力になれないばかりか、逆に足を引っ張ってしまったことを悲しく思っているのです。敢えてもう一度申し上げますが、私たちも心は同じですわ。」
「……。」
次々と、切実に訴えられる言葉。
わたくしは静かに目を閉じました。
* * * *
わたくしの生家であるアクミナータ侯爵家は、高位貴族の中では珍しく革新的な施策を多く打ち出して領地を栄えさせ、目立っている存在。
伝統を重んじる古参の貴族達からは異端視されがちである一方、同じように積極的に新しい風を取り入れようとする勢力からはいわゆる革新派の筆頭として担ぎ上げられつつもあります。
そしてジェフリー第一王子殿下とわたくしの婚約は、勢いづき無視できない規模の力を持つに至った革新派を飼い慣らし、またその力を取り込むために王家から持ち込まれた縁談でした。
結果として、その婚約の公表によりそれまで「変わり者」程度の認識だった我が家が古参貴族たちから睨まれることとなり、革新派というものが本格的に危険視されるようになったのは皮肉と言えるやも知れません。
そのような情勢ですから、学園内とはいえ古参貴族の代表ともいえるエレファンス家ご令嬢とわたくしとの間に大きなトラブルでも起きようものなら、両陣営の決定的な亀裂になりかねない。
弱肉強食の世界情勢の中にあって、国内に要らぬ混乱が起きることを避けるため、わたくしは反撃すら控えざるを得ないのです。
(せめて殿下かコンチュ様のどちらかがそういった機微を理解してくだされば、事はもう少し簡単になるのですが。)
いくら関わらないよう距離を置いても、向こうからどんどん火種をばら蒔きに来てしまうコンチュ様。
些細な反論さえも大袈裟に告げ口する彼女に惑わされ、一方的にわたくしを叱責なさるジェフリー殿下。
(できるだけ穏当にやり込めようにも、殿下に後ろ楯となられては旗色が悪すぎますわ。)
わたくしが努力して同年代のご令嬢たち相手に多少の影響力を持ったとて、王族が相手では勝負にすらなりません。
恋に浮かれた、本来頼るべき絶対的な権力者に妨害され、足を引っ張られ、いつだってわたくしが引くしかないこの状況。
彼女たちがいきり立つのも無理の無いことでした。
* * * *
「わたくしを案じてくださるそのお気持ちを、とても嬉しく思います。」
それでも、わたくしは彼女たちを抑えなければいけません。
「けれど……売り込みが上手いこと、それも立派な力ですわ。きっと、わたくしに足りない力です。」
同時に、認めなければならないことでもありました。
「だって、コンチュ様と一緒にいる殿下は、いつもとても幸せそうでいらっしゃいますもの。」
どれだけ足掻いても、届かないものの存在を。
「わたくしにはついに知ることが叶いませんでしたが、ああして時に周りが見えなくなってしまうほどに、ロマンスというものは……きっと、それは魅力的なものなのでしょうね。」
いつだって、自分の分は用意されていないのだという現実を。
「キャスリン様……。」
痛ましげに目を潤ませ、俯く友人たち。
目の前で婚約者の恋物語を見せつけられ、スパイスとしての悪役を押し付けられるこの学園生活。
彼女たちの存在がなければ、わたくしの心はとっくに折れていたことでしょう。
せめて彼女たちは未来の伴侶に真っ当に愛され、幸せになって欲しいと願いました。
「心配しなくても大丈夫ですわ。わたくし、こう見えて面の皮は厚いので。与えられたお役目はきちんと果たしてみせます。」
(だって元々バナナですもの、皮の厚さにはとっても自信がありますわ。どんなに腹立たしくったって、取り乱したりいたしませんから。)
「それよりも、顔を上げてくださいませ。皆さまとこうして過ごす時間こそがわたくしの唯一の楽しみでしてよ?
さあ、どうか幸せな時間を奪わないで。せっかくのティータイムですもの、一緒に楽しみましょう。」
そう笑いかけたわたくしが強引にお茶会を再開させると、皆の顔にも少しずつ笑顔が戻っていったのでした。
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