9.それは天敵にも似た

 コンチュ・エレファンス侯爵令嬢。


 つややかに伸びる、まるで葡萄酒のように赤い髪がご自慢の、とてもの強いご令嬢です。


 虫のようにくりくりした目がよく映える、小悪魔がごとく愛らしい顔立ちの彼女は、なぜか何人ものご友人を引き連れてわたくしを訪ねて来られたようでした。


「さて……?中身のない、と仰いますが。淑女たるもの、常に小難しい話をしなければならないというわけではないでしょう。……ところでわたくしに何かご用ですか?コンチュ様。」

「あら、キャスリン様。ご用なら貴女からわたくしに対しておありなのではなくて?ほら、色々と。」


 和やかなお茶会に突然割り入って来られたコンチュ様は、その愛くるしい目を、わたくしを煽るように意地悪く細めました。

 後ろでは、彼女のご友人たちがクスクスとこちらを馬鹿にするように笑っておられます。


「さあ?わたくしにはとんと心当たりがございませんけれど。」

「まあ、そんなに強がらなくともよろしいのよ。わたくしと貴女の仲だもの、もっと正直にお話しになって?」


 彼女の言わんとすることはまあ、明らかです。


(その話題にはあまり触れたくはないのですが。)


 元々がご自分の優位性を示したくて仕方がない方ですから、残念ながらその標的としてロックオンされているわたくしでは何を言ったところで火に油、止める術を持たないのでした。


「ああでも、急にお声を掛けてしまってごめんなさいねぇ?先ほどまでジェフ様とお庭を散策していたのですけれど、 うふ、こうして寮に戻ってきた途端、ずいぶんとかしまし……いえ、賑やかな声が聞こえたもので。」


 ジェフ様。


 その言葉を聞いた瞬間、わたくしの友人たちが息を飲んだのが分かりました。


 無理もありません。


 彼女がそう呼んだのは、ほぼ間違いなく、わたくしの婚約者であるジェフリー第一王子殿下のことなのですから。


(これはまた……ずいぶんと馴れ馴れしい呼び方をなさるようになったこと。)


 にわかには信じられませんし信じたくもありませんが、こうして誇らしげに披露なさったということは、殿下御自らその呼称に許可を与えられたとみてよいでしょう。


(なるほど、随分上機嫌だと思えば。わざわざそのことを自慢しにいらしたというわけですか。……つまり、お二人の仲は既にそこまで深まってしまったのですね。)



 わたくしには、常にあのような態度をとっておきながら、その傍らで。



 お腹の底からふつふつと沸き上がってくる感情を、すう、と息を吸って抑えます。


 彼女の思惑通りになってしまうのは癪ですが、立場上問い返さざるを得ないでしょう。


「まあ、そうでしたの。失礼ですが、ジェフ様……とは?」


 わたくしが渋々尋ねると、堪えきれないといったように、コンチュ様の口元が下品に歪みました。


「もちろん、ジェフリー王子殿下のことに違いありませんでしてよ。わたくしのことを才媛と認めてくださって、より親交を深めたいからと愛称でお呼びすることをお許しいただいたの。ふふっ、何かご不満かしら?」

「……いえ、わたくしから申し上げることは何もございませんわ。」

「そう?それならいいのだけれど。ああそうですわ、殿下は『君のように賢い女性こそ、伴侶として私の側にいてほしかった』と溢しておられましたの。」

「……左様でございますか。それはそれは。」

「一体どなたと比べていらっしゃるのでしょうね?……うふふ。わたくしにはさっぱり分かりませんが、殿下に相応しくない者がお側に侍っているということなのかしら。

一丁前に貴族を気取っていても、やはり本当の家格というものは……ねえ?歴史や伝統を軽んじる家門の方とでは、お話も弾みませんでしょ? 」


 淡白に済ませるわたくしの返答がお気に召さないのか、彼女は聞きもしないことをペラペラと教えてくださいます。


 多少は遠回しでありながらも悪意に満ちた物言いに、限界を迎えたのはわたくしではありませんでした。


「っ!いい加減になさいませ!貴女はいつもそうやって他人を踏み台に……!」

「!いけません!」


 堪えきれずに言い返そうとした友人を慌てて制します。


「そのようなことを仰ってはいけません。殿下の仰るとおり、コンチュ様は素晴らしい才能をお持ちでいらっしゃる、優秀なご令嬢ですわ。」

「っ、申し訳ございません……。」


 わたくしの立場を正しく理解してくださっている彼女は、すぐに引き下がってくださいました。


 そう、どれだけ嫌味を言われようと、下に見た扱いをされようと、わたくしはコンチュ・エレファンスとの間に不用意にトラブルを起こすわけにはいかないのです。


 結果的にわたくしの口からこの方を讃える言葉を吐かねばならなくなったことは、大変に不本意でしたが。


「ふっふふふ、わかっていらっしゃるようね。……でも今の彼女の発言は、殿下に報告させていただくわ。もちろんキャスリン様、貴女のお言葉としてね。」

「……。」

「いいこと?くれぐれも殿下のお心を取り戻せるなんて思い上がらないように。奇抜なファッションで少しばかり持て囃されたからといって、勘違いなさらないでね。未来の王族となるのは貴女ではなくこのわたくしよ、よく覚えておきなさい。……では、ごきげんよう。」


 コッ、コッ、コッ。


 優雅に身を翻して機嫌良く去っていく彼女の姿を、わたくしも友人たちも、ただ眺めることしかできませんでした。

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