8.元バナナ令嬢の学園生活

 殿下との関係を改善できないまま、わたくしは十四歳を迎えました。


 しかし、嘆いてばかりはいられません。


 我が国に籍を置く貴族はその年齢から三年間、全寮制の王立学園に通うことが義務付けられているのです。


 その準備をはじめ、やるべきことは山ほどありました。



 せっせと入学のための段取りを進めているわたくしは、お父様にとある釘を刺されます。


「キャシー。学園の在り方や、君に求められる立ち回りは理解しているね?建前に惑わされ、貴重な三年間を無駄にすることのないように、しっかりと励んでくれ。」

「もちろんです、お父様。よくよく目を凝らし、して参りますわ。」


 バナナだけに、とは心の中だけで呟いておきました。


(はあ……。色々と忙しくなりそうですわね。)


 第一王子の婚約者として。


 肝心の殿下があの調子なのに、年々重くなっていく責務にため息が漏れそうになります。


 それでも、わたくしは新たな学園生活に大きな期待を寄せていました。


 なぜなら今回、わたくしと同い年であるジェフリー第一王子殿下も王族として初めて学園に入学することが決まっているからです。


(同じ敷地内で寝起きをし、机を並べて学問を修める学園の環境でなら、殿下のお心を解くきっかけが掴めるかもしれませんわ。)


 そう、これは殿下との不仲を解決しあぐねているわたくしにとって、最大のチャンスと言えるでしょう。


(一度や二度の失敗などで絶対に諦めません。元バナナらしく、ねっちりもっちりとした粘りを見せて差し上げますわ!)




 * * * *




(などと意気込んでいた時期がわたくしにもありました。……なーんて。)



 入学から半年後。



 わたくしは、学園の談話室で紅茶を片手にため息をついていました。


 つい前世で小耳に挟んだ軽口を思い浮かべてしまうほど、現状は芳しくないのです。


(半年もの間粘りに粘って、こうまで成果が出ないだなんて。前世の言葉では暖簾に腕押し、というのでしたっけ?)


 中々仕事を覚えない若手のお兄さんに、ベテランのスタッフさんがぼやいていましたっけ。

 彼は時間をかけて覚えるタイプだったらしく、最終的には立派に成長なさっていましたが。


(でも、こちらに敵意がないだけ、暖簾の方が余程マシというものですわ。)


 入学してこのかた、わたくしは精一杯努力してきたつもりです。


 少しでも殿下とお話しする時間を取ろうと昼食をご一緒しないかとお誘いしたり、講義の内容について殿下のご意見を伺いたいと図書館での勉強を提案したり。


 せめて講義の合間に少しだけでもお話をしたいとお願いしたこともありました。


 しかしその全てがすげなく断られ、その度に「君と過ごすなど時間の無駄だ」という意の嫌みや謗りを受けたのです。


 それでもめげずに、休日には殿下がお好きだという遠乗りに同行したいと申し出てみたこともあります。


 しかし。



『病弱なアクミナータ家のお前が遠乗り?無理に決まっているだろう。』

『いえ、私は……。』

『俺の気を引きたいからといって、できもしないことを申してわずらわせるな。か弱い自分を見せつけて同情を誘いたいのか?なんとも浅はかなことだ。』



 殿下とのやり取りを思い出すたび、どうしようもなくやるせない気持ちになります。


 いつからかわたくしを「君」ではなく「お前」と呼ぶようになったことも、他の生徒たちの前で平然と嘲るようになったことも。


(学園内で私的に開くお茶会にはもちろん来てくださらないし、公式行事でも言葉を交わすことすら滅多にありません。)


 殿下に認めていただくためには学業も疎かにしてはならないと、必死に励んだ末に初めての試験でトップクラスの成績を修めたとき。

 真っ直ぐわたくしの元にいらした殿下に「教師を脅しでもしたか?一体どんな汚い手段を使ったのだ。」と手酷くなじられたときには目眩すら覚えたものです。


 何をどう試みても取り付く島のない今の状況は、まさに手詰まりと言えました。


(虚しさ、悲しさも当然ありますが……。はあ、まったく。わたくしの立場のことだって、少しは慮っていただきたいものですわ。)


 ここは大小様々な思惑が入り交じる貴族の学園ですから、生徒たちとて一枚岩ではありえません。

 彼ら彼女らの反応は様々ですが、一部にわたくし──第一王子の寵愛を得られない婚約者──を軽んじる者が現れるのも当然の流れでしょう。


 いずれ王家に名を連ねる者として、わたくしがいくら責務を果たそうとしても、これでは殿下に後ろから弓で射られているようなもの。


(さて、どうしたものでしょうか……。)



「キャスリン様?どうかなさいまして?」



 気遣わしげな声に顔を上げると、何人かのご令嬢が心配そうにこちらを見ていらっしゃいました。


 わたくしは彼女たちとのティータイムの最中に黙り込んでしまったことに気がつきます。


「あら……申し訳ございません、少し考え事を。」


 正直にそう答えると、皆何か察したようで、深く聞いてくることはありませんでした。


(このような場所王家のお膝元で、誰かがうっかり口を滑らせ王子殿下への不満を口にでもしたら大変ですもの。正しい振る舞いですわ。)


 彼女たちはわたくしのファンであり、かつ大切な友人です。無闇にわたくしの事情に巻き込むことや、危険に晒すことは本意ではありません。


「そうですわ!今度の創立パーティー、キャスリン様はもうドレスをお決めになりまして?」


 そしてこんなとき、彼女たちは決まってわたくしの気が晴れるような話題を選び、励ますように花を咲かせてくださるのです。


 控えめながらも温かな配慮をじんわりと受け止めながら、ティーカップに口を付けようとしたそのときでした。



 コッ、コッ。



 もはや聞き慣れた、硬質な足音が談話室に響き渡ります。


 和やかに談笑していたご令嬢たちに緊張が走り、やがてわたくしの手元に影が射しますが、どなたがいらしたのかは目を向けなくとも分かること。


(わたくしに対する殿下の散々ななさりようは数あれど、極めつけは──。)



「あら、邪魔したかしら?相変わらず中身のないお話ばかりなさっているようね。」



(彼女、コンチュ・エレファンス侯爵令嬢に関する事柄でしょうね。)

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