7.スイーツとファッション

「お姉さま!ミッシェルお姉さま!」

「どうしたのキャシー?そんなに慌てて。」


 心を入れ替えたわたくしがまず頼ったのは、かつてわたくしに最初の気付きを与えてくださったお姉さまでした。


「お願いです、わたくしにファッションを……淑女の流行を教えてください!」

「あらあら……?」


 お姉さまが驚くのも無理はありません。


 これまでのわたくしは前世の最期でチョコバナナにトラウマを抱えた影響か、とにかく華やかで可愛いもの──たとえばビビッドカラーのドレスに、星形やハート形にカットした宝石を散りばめたデザインなど──に傾倒しておりました。

 一応流行から大きく外れるものではないし、年齢からすれば不自然という程でもありませんでしたが、言ってしまえば「お子様趣味」だったのです。


 そんなわたくしが急に「淑女の」流行、つまりもっと洗練された正統派の大人の装いに興味を示したのですから。


 けれど、お姉さまは「キャシーとお洒落の話ができるなんて嬉しいわ。」と快く引き受けてくださいました。


 すでに侯爵家の長女としてお母さまに付いていくつものお茶会を経験し、最先端の流行に触れているお姉さまに教えを乞えば間違いはありません。


 おまけに妹のわたくしには特別甘い、優しいお姉さま。

 一足先に淑女として花開いている彼女は、年下の子供相手にもそれはそれは懇切丁寧に指南してくださいました。


(とにかく令嬢として強みになる力を付けなくちゃ。今のわたくしに一番伸ばせそうなのが、元々好きだったファッションだけれど……そのためには今までみたいな中途半端じゃいけない。今度は本気で高みを目指してみせますわ!)


 もちろん、改善を試みたのは服のことだけではありません。



「お兄さま、クリスお兄さま!」

「キャシーか、相変わらず元気だな。どうした?」

「わたくしに、こっそりまつりごとのことを教えてほしいのです! 」

「ええっ!?」



「お父さま、お母さま!わたくし、もっと淑女としての修練を積みたいのです!家庭教師の先生が来てくださる授業の回数を増やしてくださいませ!」

「き、急にどういう風の吹き回しだ!?」

「大変!どこか具合が悪いのかしら。庭で妙な木の実でも拾って食べたんじゃ……?」



 皆には少なからず不本意な反応をされましたが(特にお母さまには本気でお医者様を呼ばれかけました)、そこはわたくしを深く愛してくださる家族のこと。

「王子殿下にふさわしい令嬢になりたいのです!」と駄目押しすれば、何か言いたげながらも了承してくださいました。


 もちろんお兄さまには「まつりごとに関して知識をつけておくのはとても良いことだけれど、あまり外でひけらかしてはいけないよ。君が女性である以上、嫌な噂を立てる連中はいるからね。」と釘を刺されましたし、お父さまとお母さまにも絶対に無理はせずに体を大切にするよう約束させられましたが。


 何だかんだ心配性で、けれど寛大な家族に感謝しつつ、こうしてわたくしの密かな戦いは始まったのです。




 * * * *




「いいこと?キャシー。流行というものは目まぐるしく移り変わるもの。常に変化に気を配り、敏感に察知して取り入れていかなければいけないわ。

かといって、それに気を取られて分不相応な装いになってしまうのも好ましくないの。流行だからと家を傾けるほどの高級品をジャラジャラ見に纏ったり、あなたのような子供が無理に大人びた服を着て背伸びする必要もない。

貴族令嬢として、良識ある感性を身につけていきましょうね。」


 とにかく最先端の流行を押さえねばと息巻いていたわたくしを、優しく諭してくださったお姉さま。


「流行をただ追うだけでなく、自分に似合う形まで落とし込むことができてこそ真の淑女といえる……。

それは理解していてもとても難しいことだけれど、キャシーならきっと大丈夫。今だってとってもお洒落だもの。あなたのセンスと才能は私が保証するわ。」

「お姉さま……。」


 その言葉を胸に抱いたわたくしはたゆまぬ努力を続け、少しずつ、少しずつですが「自分らしさ」を確立し始めました。



 そして、ついに「わたくしのスタイル」といえるものを築き上げたのです。




 * * * *




「まあ、今日も素敵ですわ、キャスリン様!」

「なんて斬新かつ可愛らしいデザインですの……。本当に素晴らしいセンスをお持ちでいらっしゃるのね。」

「っあの、来月我が家でもお茶会がありますの!ささやかな催しですが、キャスリン様にお越しいただければ皆喜びますわ。両親も承知しておりますので、ぜひご出席くださいな!」

「その不思議なレースはどこで?もっとお話を聞きたいわ!」

「失礼ながら、その生地や色使い、次のドレスの参考にさせていただいても?」


 モチーフにしたのは、わたくしがかつて憧れていたものたち。


 チョコレートソースを意識した格子状のレースをあしらったドレス。

 大人びたダークブラウンに対して、スカートには生クリームのような純白のフリルをふんだんに使用して甘さをプラス。

 ベリーの砂糖漬けを思わせる大振りの髪飾りをアクセントに、幼すぎず、けれど年相応に愛らしく纏めてみせました。


 そう、わたくしは大好きなスイーツをファッションに取り入れたのです。


 この試みは見事に成功を収め、その傍らで励んだ淑女としての修練やお姉様とお母様直伝の社交術とのコンビネーションによって、同世代の中ではファッションリーダーと言っても差し支えない存在にまで登り詰めることができました。


(やはりあれこれ難しく考えるよりも、興味のある分野を極めるのが一番ということですわね。)


 ちなみにこのスタイルを確立するにあたって、ただ好きなモチーフを盛るだけではなく、ときには引き算も大切だということも知ったわたくし。


 物事に真剣に打ち込むということは、同時に多くの学びを得るのだと実感したのでした。



 ともあれ、自力で築き上げた今の立ち位置をもってすれば、お兄様にねだって教えていただいた内外の情勢に関する知識を有効に活用することができます。

 上手く立ち回れば、殿下にとっても大きな力となれるに違いありません。


(長い道のりでした。でも、このことをお伝えすれば、殿下だってきっと……。)


 そう思ったとき、わたくしの後ろから声がかかりました。



「アクミナータ侯爵令嬢。」

「!殿下……!」



 ちょうど脳裏に浮かべていた方の登場に、どきりと胸が高鳴ります。


 実は例のパーティー以降、殿下とはお会いする頻度がめっきり減っておりました。


 第一王子として学ぶことの多い殿下をおもんばかって、という建前で我がアクミナータ家から申し出たことですが、それはわたくしが「未熟な自分のままでは殿下にお会いする資格がない」と両親に懇願したためです。


 ですから、こうして殿下とまともに顔を合わせるのは久しぶりのことでした。


(この場でのわたくしの姿をご覧になったのなら、今度こそ認めてくださるかもしれませんわ。)


 殿下を見つめるわたくしの眼差しは、それは期待に満ちていたでしょう。


 そんなわたくしに視線を返した殿下は、ゆっくりと口を開きました。


「近ごろは王城にも顔も出さないと思ったら、このような所で遊び呆けているとは、相変わらずだな。それどころか以前にも増して遊興に現を抜かしていると見える。

……はあ。全く、令嬢とは気楽なものだ。」


「えっ。」



 その場の空気がピシリと凍りつきます。


 わたくしもその周囲のご令嬢も言葉を失いました。理解が追い付かないと言った方が正しいかもしれません。


 その中でも一瞬早く我に返ったわたくしは、咄嗟に言葉を紡ぎました。


「殿下、どうかご理解ください!社交は決して遊びではございませんし、わたくしはそのために自らの研鑽をおろそかにしたりなど……!」

「忘れたのか?くだらん言い訳をするなと言ったはずだ。」


 忌々しげに言い捨てた殿下は、そのまま一瞥もくれずに去っていかれました。



(にべもない……。)



 その場で力なく項垂れるわたくし。



(また……駄目でしたわ。どうして……。どうして上手くいかないの。わたくしが、バナナだから……?しょせん全てが真似事で、人間としては欠陥品だとでもいうのですか……?)



 皆一様に言葉もありませんでしたが、側にいたご令嬢が慰めるように、わたくしの手をぎゅっと優しく握りしめてくださいました。

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