第31話 バレンタインのマフラー

暦の上では節分を過ぎたというのに一向に春の訪れを感じることはなく、まだまだ寒い時期が続いているというのに巷ではバレンタインムード一色で熱く盛り上がっている。

「これ、バレンタインだから。」

 ここ最近パジャマばかりだったのに久しぶりに見た白のワンピーで待っていて、手渡ししてきたのはチョコレートではなくマフラー。

「マフラー?」

「本当はチョコレート作ろうって思ったんだけど、ちょっと無理だったからマフラー。ちゃんと色はチョコレートの色にしておいた。」

「ありがとう。バレンタイン貰ったの初めて。マフラーなんて特に。」

「じゃあ、私があげなかったら一生貰えない人生だったかもね。」

「あながち間違いじゃなかったかも?」

「そこは否定しなよ。」

 二人で笑い合ったこの日が僕が最後に桜夢に会った日になった。

 あの日以降僕はぱったりと会わなくなった。と言うより会えなくなった。面会ができないと言われ、その次はここにはいないと言われた。どこに行ったのかはさすがに個人情報で教えてくれることはなく何も知らないまま別れを告げた。

 僕はもどかしくてしょうがない。ここ一年近く当たり前に横にいた存在はふわっと消えてしまった。

「例の子ともう会ってないの?何で連絡先聞かないの。」

 逃げるようにゲーム、ゲームでそれでも付き合ってくれる和真。感謝しかない。

 確かにこれまで連絡先を聞こうだなんて思わなかった。いや、そんなこと思いつきもしなかった。それはいつもあの場所にいて、いつも。あれ、僕はなんでそんなこと思わなかったんだ。いつでもあの場所にいるなんてどこに確証があった。普通に考えたらわかることなのに。

 それから二週間ほど片時も忘れることはなく、できるのであればもう一度会いたい。あの優しく微笑む姿を見たいと思ってしまう僕は重症だと思う。

 僕の手元に配達されてきたものがあった。大きめの封筒をサイズに合わせて折り曲げられた小包。開けば見覚えのある二通の手帳と手紙、またさらに紙に包まれたもの。


2月13日

本当は明日だけどマフラーをあげた。

手作りのマフラーなんて重いかな?重いよね。

言えたら楽なのかな。でも、言っても言ったら逆に辛くなっちゃうかもしれない。

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