第22話 1か月ぶり

 もう既に半年以上通うようになったこの病院ももう見慣れたもので職員の顔もなんとなくわかるようになっていた。

「おはよう。」

「おはよう。なんか久しぶりだね。」

 前に来たときから一ヶ月ほどが経っていて、すっかり秋も深まって長袖でも十分に過ごせるくらいの季節になってやっと過ごしやすい季節になって僕もカーディガンを着るようになった。

 桜夢の両親に会って以降、本人の気持ちを聞かない限り受け入れられないとは言いつつも行きづらくなってしまってこの一ヶ月どうしても足が向かなかった。

「あれ、そんな色珍しいね。」

 僕が着ているのは青と緑の中間みたいな色のカーディガンに安定的な黒のボトムス。

「ちょっと新しく買ってみた。普段、こんな色着ないからちょっと落ち着かないけど。」

「でも、似合ってると思う。じゃあ、これであの項目も消せるか。」

 開いたやりたいことリストの“いつもと違う色を着る”という項目。

「いつの間にそんなこと書いてたの。」

「いつでもいいでしょ。これでこの項目も解決と。」

「いや、でも桜夢関係ないよね?だって僕が着てるだけで解決って。」

「いいの。判断基準は私だから。」

 本人がいいならいいかと無理矢理飲み込む。

「この前はごめんね。うちの親何か言ってたでしょ?特にお母さん。」

 ちょっと嫌な記憶がよみがえる。

「まあ、言われたけど。たぶん、大丈夫。」

「本当?会わないでとか言われたでしょ?」

 その言葉に目が泳いでしまう。まさにその通りで図星だ。

「その反応は図星だね。今までもそうだったの。小学校も中学校もなぜか定期的に色紙書いて持って来てくれたりしたこともあったけど、一度も私が直接受け取ったことないから。理由はなんとなくわかる。だから、今回もそうだったのかなって思って。

 そんなことも束の間、ちょっと咳き込む音だけが響いた。

「ごめん。今日はもうお開きにしよっか。ありがとう。」

 まだ着て数分。たぶん過去最短の滞在時間。

「わかった。また来るよ。」

「うん。顔見られてよかった。」

 とりあえず言われた通りに部屋をあとにする。しばらく歩けば僕が歩いてきた方向に向かって看護師や医師が急ぎ足で歩いて行く。そのときにここは病院だったなと改めて思わされる。

 家に辿り着けばまだまだ一日の半分も終わってなくて、これから何をしようと考えていると珍しくスマホがなる。

『今、時間ある?こないだのゲーム人足りなくて一緒にやらない?』

 ゲームが立ち上がるまでの間に返事をする。

『いいよ。ログインしたらまた連絡する』

 送った瞬間に既読がつき、OKというスタンプが送られてきた。

 あんなに鳴らなかった僕のスマホは珍しく役割を果たしていて、明日天気でも悪くなるのかというぐらい今日は珍しくてなんだか嫌な予感がした。

「森下くんゲームうまっ。えっいつもの感じから想像つかないわ。」

「そうかな?」

「うん。むしろあんまりゲームとか興味ないのかと思ってた。」

「逆にゲームしかしない。」

「まじかよ。じゃあ、もっぱら時間あるときはゲーム?」

「まあ、そんな感じ。」

「他には?彼女とかもしかしているの?」

 その言葉に動揺する。頭に浮かぶのはただ一人で僕はもしかしてとも思う。

「いるの?どんな子。」

「いや、いないけど―。」

「けどってことはいい感じの子がいるってこと?」

 こんな内容で盛り上がるなんて大学生っぽい。と言うか青春という感じがする。今、僕は人生で初めて青春を実感している。

 あの言葉に動揺するなんて思いもしなくて自分でもびっくりする。もしかして僕は好きなのかもしれない。でも、僕たちは友達だ。友達として好きなだけ。そうそれだけの話。

 二日後に桜夢のもとへ向かえばできれば見たくなかった顔。恐る恐る部屋に入ろうとすればその手を止められた。

「覚悟はある?」

 そう聞かれて僕は疑問しかなかった。ただ、静かに首を縦に振る。それを見て桜夢の母がそっと扉を開けた。その隙間から部屋のなかを覗けばそこには変わらずにいるはずの桜夢の姿ではなく、口元には酸素マスク、胸の辺りからはコードが伸びてそのコードは機会に繋がっている。腕からは点滴の管が伸び、静かに白いベッドに横たわった姿だった。

 以前話したベンチに案内され、話始める。

「このあいだはごめんなさい。つい熱くなってしまって。私も桜夢から話さないでと言われているから話さないけど、あの姿が全てよ。」

 どうしても空気は重くなってしまう。それもそのはずで、あの姿を見てそうならないわけがない。

「二日前にね。ちょっと容体が悪化して、なんとか山場は越えたけど、次同じようなことがあったらそのときは覚悟しなきゃならない。そうお医者さんに説明を受けたわ。」

 二日前って僕が会いに来た日。あのとき既に何か兆候があったのかと思うと自分の惨めさに苛立つ。

「あのあと、桜夢とちょっと喧嘩になって。『私の何がわかるの』って。気持ちを高ぶらせてしまって、そのあと少し発作気味にさせてしまったのが今回に繋がったのかと思うと悪いことをしてしまった。でも、あのとき初めて本音を聞いた。今まであまりそういうことを言う子じゃなかったから驚いたけど違ったのね。本当は本音を隠していただけで、私も本人にきちんと向き合わなかった。やっと友達ができて、周りと同じ生活に少し近づけてあの子もうれしかったのね。きっと。森下さん。私から説明してもいいけど、それでも聞きたいですか?もうあの姿を見て知らずにはいられないでしょ?」

 一瞬、揺らいだ。もうここまできたら知らずにはいられない。でも、本人が話すなと言ったことを簡単に知ることはできない。

「正直に言うとあの姿に驚きました。なんとなく薄々感じる部分はありました。でも、僕はそのタイミングをずっと待っていました。これからも待ちます。本人が言いたくないのであれば僕は無理に聞くつもりはありません。」

「そう。本当は本意ではないのよ。ただ、あの子の思いを尊重してあげたい。だから、これからもあの子と仲良くしてやってください。」

 頭を下げられたが下げるべきは僕の方だ。

 とことん最後までついて行こう。そう決めた。

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