第16話 自家製プリン
予定もバイトぐらいしかない僕のスケジュールもなんだか虚しくなる。周りはバイトに旅行にレジャーといかにも学生らしい時間を謳歌しているのかと思うと自分は人生で最大に学生という時間を無駄にしている気がする。
「一緒にどこかお出かけしない?」
「急にどうしたの?」
「いや、せっかくだしどこか行きたいなって思って。外出届もちゃんと貰っておくから。」
手帳を開いて、この辺りでどうと9月の頭を差して聞いてくる。
「大学も夏休みだからいいよ。どこに行きたい?」
悩みながらあそこもここもってたくさん出てくる。
「動物園、水族館、テーマパークもいいね。映画とかも見に行きたい。」
「そんなに行くの?」
「無理だね。じゃあ、行き当たりばったりでいいか。その方がワクワクするね。」
来る日も来る日もどんどん出てくる新しいアイデア。そして、貰った外出許可。たった一日だけど、その日を桜夢は心の底から楽しみのようで何を着ていこうかとか何を履いていこうかとかいろいろ悩みに悩んでいる。
そんなこともあって九月の頭。まだまだ暑いのに、店には秋物の服がずらりと並び始めたこの日。初めての外出。よく晴れた日で日差しもジリジリと照りつける。
待ち合わせは十時に病院にあるバス停近く。平日の朝だがバスに乗ってくる人は絶えない。
「お待たせ。」
そう現れたのはいつもと同じではなく、花柄のワンピース。風でなびくスカートの裾からサンダルが見える。口元は前に買ったリップが塗られていて、髪は緩くふわりと巻かれていて、精一杯のおめかしという感じが湧き出ている。
「新しい服を卸したの。張り切って服もサンダルも。」
音符が見えそうなぐらいのるんるんとした軽い足取り。わかりやすいぐらいに張り切っている桜夢に続いてバスに乗り込む。
バスは繁華街に向けて走って行く。空いたバスに隣同士に座って揺られる。流れる街の景色はどんどん賑やかになって、歩いている人も目的地に近づくに連れて増えていく。
行き当たりばったりだから何もプランはない。
「あれ、行こうよ。」
「あそこに行ってみたい。」
目に入るもの全てにあっちにこっちにと振り回されっぱなし。計画決めずに来て正解だった。
何度も来たことのある街のはずなのに立ち入らないようなところや初めて見つけた場所もあって同じ街とは思えないほど新鮮に感じた。
「サンドイッチのセットでお飲み物がコーヒーのアイスがお1つ、自家製プリンがお1つ、アップルジュースお1つ、以上でご注文よろしいですか?」
「あっ、アップルジュース氷抜きにしてもらえますか?氷がない分、少なくても結構なので。」
「はい。かしこまりました。しばらくお待ちください。失礼します。」
店員はその場を去って行った。
昼時だと言うのにすんなりと入れた喫茶店。趣のある店内の窓際の席。ガラスを一枚挟んだ向こう側は眩しいぐらいに明るくて、何かに生き急いでいるかのように人が行き交う。一方ここはまったりとした時間が流れていて、同じ時間を過ごしているとは思えない。
「ごめんね。凄い振り回しちゃった。行きたいところとかない?」
「僕は大丈夫。何度も来たことあるから。」
「そっか―。」
この少し濁った表情。何度も見てきた。なのに、その意図は未だに汲み取ることができない。
「こんなに自由なんだね。この世界は。でも、みんな何かに縛られているようにも見える。それは桜翔くんも含めてね。」
「どういうこと?」
「そのままの意味、見えない何かに縛られてる。私もそうだけどね。」
ガラス窓から差し込む自然光に照らされた髪は少し栗色のやわらかな髪が綺麗だった。
「髪、茶色だね。」
思ったことが口にそのまま出てしまった。
「ん?そうかな。確かに桜翔くんと比べれば茶色いかも。なんか変だった?」
「いや、そう言うことじゃなくて。僕は地毛がこの色だから何かいいなって思って。」
「ふーん。初めて言われたかも。誰かと比べてみることなんてなかったから。」
「そう言えば、高校の時怒られてる女子いたな。地毛ですってめちゃくちゃ言ってたけどずっと早く戻してこいって言われてそのまま貫き通してた。」
「それって変じゃない?理不尽。別に生まれてくるときに選べるわけじゃないから否定しなくてもいいじゃない。もし、選べるなら苦労しないよ。」
「お待たせしました。お先にお飲み物です。失礼します。」
運ばれてきたアイスコーヒーと氷が抜かれたりんごジュース。店員が立ち去るのを確認して話し出す。
「選べるなら苦労しないってどう―」
「このあと、必要なものあるから買いに行っていい?」
遮るように、いや聞かれたくないから逸らしたかのように会話が被る。僕はどこか気になっていた。“選べるなら苦労しない”という言葉。僕の考えすぎなのかもしれないが妙にそのときは引っかかって仕方なかった。
「お待たせしました。こちらサンドイッチと自家製プリンになります。ごゆっくりどうぞ。」
手作り感満載のサンドイッチとプリンが並べられ、全ての注文が揃った。
「プリンだけでよかったの?お腹空かない?」
「大丈夫。帰ったらご飯出るし、朝も食べてきたから。」
プリンを美味しそうに食べて、とても幸せそうで何よりだ。少し前に運ばれたコーヒーは汗をかき、りんごジュースは変わらずに平然としていた。
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