第11話 溶け込んでいた日常
梅雨に入り、ほぼ毎日雨が降り続け傘が手放せない日々。季節も夏に近づき半袖でも過ごせるぐらいになってきた。1歩外に出れば湿気の多い空気と高くなってきた気温が動じに襲ってむわっとした嫌な蒸し暑さが押し寄せる。
初めて会ってからもう2ヶ月ほどが経とうとしていた。それでも僕は事情を知らず、でも聞くことはできずただただその時間を楽しんでいた。きっと心のどこかで思っていたのだろう。話してくれるときが来る。いまはそのタイミングではないと。
「梅雨だから雨ばっかで嫌になっちゃうよ。じめじめして嫌な暑さ。」
「もうそんな季節かぁ。ここは基本的にあまり変わらないですからね。あまりそういうのは肌で感じないけど、空見てればわかる。あと、ここに来る人たちの服装。」
「季節の感じ方独特だね。」
「仕方ないでしょ。ここで過ごすしかないから。」
頬を少し膨らませしかめっ面。
「ごめん。怒らせた。」
「いえ、別にそんなことない。そうだ、梅雨が明けたらもう夏でしょ?夏の目標を決めたの。」
いつもの手帳のリストに付け足されていたのは“浴衣を着る”と一文。
「浴衣?浴衣が着たいの?」
「はい。実はこんなの着たことないです。」
「僕、こんなの疎いからわからないけど自分で着られるものなの?」
「いまどき動画でもなんでも検索すれば出てくるから大丈夫でしょ。その練習を含めて早めに手に入れたいけど、ネットで買い物とかしたことなくて。」
すでにお目当ての物は目星をつけているようで、通販サイトを見せては頭を抱えている。インドア派の僕にとってネットショッピングはもう手放せない存在で使い方を教えることは容易いことだ。ひたすら説明をして購入画面に進む。
結局いろいろ相談した結果、僕の家に届くようにして届いたら僕がそれを届けると言うことになった。
「早速支払いに行きましょう。下のコンビニ昼時は混むので。」
そう言って鞄を手に持ち行こうと促してくる。後ろを就いて歩けば久しぶりに見た院内のコンビニに到着。手こずりながらも支払いは完了してご満悦の様子。
「初めてのネットショッピングこれにて完了。」
三日ほどが経ち届いた段ボールは予想よりも大きくて、このまま運び出すのは大変だしちょっと恥ずかしい。でも、「模様はまだ見せたくないから絶対見ないでね。着てからのお楽しみ。絶対、開けないでよ」と帰り際に口酸っぱく言われてしまったら開ける気にもなれず、このまま運ぶかと少々嫌気が差しながら家を出た。こんな大荷物を持ちながらの移動は周りの目からの視線が気になる。
「今日は面会できないです。」
いつもと違う。よくわからない胸騒ぎがする。
「すみませんが今日はこのままお引き取りいただいてよろしいですか?」
僕は家族でもなければ親戚などでもない。あくまでもただの友達同士の関係でそれ以上でもそれ以下でもない。
「じゃあ、これ渡しておいて貰えますか。」
家から遙々持ってきた段ボールを差し出せば、渡しておきますと快く引き受けてくれた。
その日は雨こそは降らないものの厚い雲が空を多い、日差しは感じないくせに妙に暑く感じる何とも言えない微妙な天気だった。
ベッドの上に寝っ転がりながら考えることがあった。自分の人生がいかに廃れているかということ。何の取り柄もない。愛嬌もない。何もできない僕がこの世界を生きていて役に立っているのだろうか。一人暮らしで頻繁に連絡を取り合っている人もいない。この世界から僕がいなくなったら下手したら気づかれないかもしれない。それぐらい人間関係が希薄で何にもない僕だけどそれでも桜夢は友達になったこと。不思議で仕方がなかった。あれだけ素直で性格もよくて、愛嬌があるのだからきっと他にもっといい人が現れそうだし、慕ってくれる人もたくさんできるだろう人がどうして僕だったのかいくら考えても答えは出なかった。でも、自分の存在意義が彼女によって成り立っているところもあって、そうなると彼女の存在を手放したくないと頼り切ってしまっている自分がいた。
来る日も来る日も面会を断られ、そんな日もしばらく続き、次に面会が許されたのは久しぶりに日差しを感じられ梅雨も終わりを告げようとしていた頃だった。あれだけ居座っていた黒い厚い雲も嘘かのようになくなり、青い空と白い雲にもう夏になったのかと疑うほどの強い日の光を久しぶりに感じた。
その間は顔を合わせられない日があることに違和感を覚えるぐらいで、それだけ自分の日常に溶け込んでいたことだったと気づかされた。
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