第9話 リップといちごクレープ

「今思うと制服って楽だったなって思うよ。今は毎日着る服決めなきゃ行けないし。」

「そう?私は好きな服を着たくてしょうがないよ。毎日ファッションサイト見てはこんなの欲しいなって。それは着る機会が少ないからかな?私も毎日外に出るようになったら面倒って思うかな?」

「さあ?好きな人はそんなこと思わないと思うけどな。僕は疎いから面倒っておもっちゃうけど。でも、制服着られるのは貴重だよ。そんな時間あっという間に過ぎるし、今の僕が着ればただのコスプレだからね。」

 自虐を交えながら答えれば、残念がるような表情を奥底に隠したような表情をした。

「私も制服着たかったなぁ。もう着る機会なんてないね。やりたかったことが過去形って何か寂しいね。やっぱりその時にしかできない経験って山ほどあるし、その時にやるから価値があることもいっぱいあるね。もうそんなのなしにしよう。」

「そうだね。」

 僕はそれだけしか言えなかった。

「黒い服じゃなくてさ、もっと違う色も着なよ。絶対似合うから。」

「そう言うそっちこそ違う色着たらどうなの。他の色も似合うと思うから。」

「確かに人のこと言えないよね。なんかね自然に似た色ばっかりになっちゃうんだよね。」

「次買うときは違う色にしてみるよ。」

「わかった。私も普段着ないようなのにしてみるから。そうは言っても着る機会ないからそのうちね。」

 確かにクローゼットは黒ばっかりだったなと思い返す。そう思うと似たり寄ったりの服ばかり買っている自分がおかしくてクスっと笑えてきた。

「そんな風に笑うんだね。初めて見たかも。」

勝手に反応してしまっている口を手で覆う。人前で感情を出したことなんてなくてちょっと恥ずかしくなる。

「笑ってない。」

 目を逸らしてどりあえずごまかす。

「いや、ちょっと口角上がった。いいじゃん。ここにいるときぐらいは笑っててよ。」

 感情表現が苦手なのはずっと昔からのこと。小さい頃からあまり笑ったり、泣いたりすることはなく無愛想な子だったと自分でも思う。そのせいか友達も知り合いも少ないし、いまだって手に持っているスマホにメッセージは一件もない。だから、目の前で愛想よく振る舞える桜夢が羨ましい。結局、ないものねだりだ。

 僕のスマホは一日の最後まで何も僕に知らせることはなかったようだ。

 それでも毎日は過ぎていって、回数を重ねるごとに会話もなんとなく弾むようになり、通うことも習慣化し始めていた。

「これ、頼まれてたやつ買ってきたよ。」

「ありがとう。なかなかセンスあるね。」

 手のひらに乗るぐらい小さな箱から取り出されたのはリップ。

「わからなくて、売り場で彷徨って絶対変人だったよ。恥ずかしくてたまらなかった。」

「ごめん。でも頼めるの1人しかいなかったから。」

 今まで踏み入れたこともない化粧品コーナーで無知の僕がただただ頼まれたものを選ぶのはこの先もう二度とないと思う。

 早速鏡を前に唇に乗せていく。もとの唇の色にピンクが足されていく。その瞬間、女の子ってこうやって大人になっていくんだとなぜか不思議な気持ちになってこの瞬間をなんでもない僕が目の当たりにしていいのかという罪悪感が襲った。そんなこと関係なしに桜夢は満足そうで恥ずかしさを感じてでも買ってよかったとも思う。

 やりたいことリストのリップを買うに赤で上から線がされた。些細なことだけどリストの項目も増えていた。

「あと、これ。」

そう言ってビニール袋を差し出す。

「クレープ?」

「やりたいことリストに書いてあったの見えて。何がいいかわからなくていちごにしたけどそれでよかった?」

 焦って開かれたノートには確かにクレープと書かれていて驚いた様子。

「クレープって持って来られるの?」

「うん。テイクアウトできるよ。たまたま近くの公園に来てたから。」

「そうなの?世間知らずにもほどがある。」

 頭を抱えて自分の知らなさに絶望しているよう。

「いらなかった?」

「いります!食べます!ありがとう。」

 クレープを思いっきり大きなひと口で頬張った。

「うま。甘い。クリームふわふわ。美味しい。」

 その様子を横目に自分用に買ってきたクレープを食べる。久しぶりに食べるクレープは思った以上にクリームたっぷりで甘い物がそんなに得意じゃない僕には少し重かった。それでも、横で思いのまま美味しそうに食べているのに釣られてか意外とペロッと食べられた。どこまでも自由気ままで素直な姿に僕は少しずつ惹かれていった

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