第7話 水曜日の昼下がり
一週間の折り返しの日。午前中だけで適当にお昼を済ませて電車に乗り込む。この時間の電車はかなり空いていて席を選んで座れるぐらいだ。家の最寄りは通り過ぎて、病院の最寄り駅に行く。
僕はあれから週に一回ほどのペースで定期的に通うようになっていた。そのおかげ淡々としていた僕の日常が変わった。特にすることもないけれど、ひたすら桜夢との話に花を咲かせるだけで時間を過ごしていた。友達らしい友達もいなかった僕はどこかで友達として認められたことをうれしがっていた。
「いらっしゃい。」
今日も変わらずにそこには桜夢がいた。初めて会ったときと何も変わらないその姿は見て僕はなぜか安心感を覚えるようになった。僕が来るのはだいたい決まっていて、授業の少ない水曜日の午後。それに合わせて桜夢は服を着替えて待っている。いつも気に入っているという白いワンピース。そして、いつでも自由気まま。
「今日は何しましょう?」
いつもDVDを見るかって聞いてきたり、誰かがお見舞いで持ってきたであろうフルーツを食べると聞きながら手はもう既にフルーツの皮を剥き始めていたり、思い立ったように絵を描き始めたり僕の予想を遙かに上回ることばかりで子どもの相手をしているよう。
「いちご食べますか?実はお見舞いに来た家族が置いていったのがあって、食べきる前に傷んでしまいそうだから。」
お皿にいちごを乗せて僕に振る舞った。今日はいちごだったみたい。
「うん。おいしい。一緒に食べましょう。」
僕も目の前にあったいちごを取り頬張る。いちごなんてめったに買う物じゃないし、久しく食べていなかったからか甘さが体全体に行き渡る。
「私、今年はやりたいこと全部やりきろうって決めた。」
いちごを口に入れたまま話す顔をとても幸せそうだった。
「急にどうしたの?」
「やりたいこと今まで諦めることが多くって、結局願ってももがいてもできることなんかなくて。いっそのことこのままこの世界から消えても何も思わないだろうなって思ってたけど、でもそんなの嫌だなって思う自分もいて―。でも、こないだあれ持ってきてくれたときに諦めなくてもいいなって。」
窓辺に飾られた桜の置き物。花の隙間から日の光が差し込んで落とした影にも花が浮かんでいた。
「些細なことばかりかもしれないけどそれでも達成できたことは幸せで、何より友達ができたってそれだけで私にとっては大きな一歩。すごく嬉しかった。だから、他のことも叶えられるかもって思うともう少し頑張ってみようかなって。」
そんなことを言われたのは初めてでむず痒い。
桜夢の目はいつもより水分が増して、光を多く取り込み宝石のように輝かせて言った。
「私はこの命が燃え尽きるまで全力で生きるって決めたから見てて。」
その目は決心の目で、奥底で何かがメラメラと燃えさかっているよう。その話を聞いて泣くつもりなんてなかったけれど制御しないとなぜか涙が溢れ出そうで仕方なかった。それは可哀想と言う哀れみなのか、それとも単なるもらい泣きなのかわからない。ただ、僕にできることがあるのならば僕だって全力で答えようじゃないか。
「ごめん。ちょっと重くなっちゃったよね。こんなつもりじゃなかったんだけどな。」
「友達になったからには僕だって全力で友達やるから。だから、とことん付き合うから。」
「ありがとう。やっぱり、桜翔くんはいい人だ。」
そう言って笑った顔はこのあともう見ることはないぐらいに儚くて触れたら消えてしまいそうだった。
いつも手元にある手帳の後ろのページは新しいことが足されることもなく、たった1行の文だけが赤で線がされている。友達を作るの1行が。
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