第5話 友達とやりたいことリスト

 学年も1つ上がり、新しい授業が始まっていく新学期。1年は通ったくせに未だにぼっちを貫いていて、淡々と授業を受け家に帰ってゲームをするというのが日常だった。

目の前のゲームモニターから放たれる眩しい光。手元に持ったコントローラーと言う名の武器を操ればモニターのなかの自分が思うように動いていく。この時間がたまらなく大好きだ。モニター内の現実とは違う世界感、壮大なBGMとリアリティのある音。たまらなくゾクゾクする。ハラハラとワクワクに満ちた世界。

 ほぼ毎日やっていることと言えばゲームぐらいで、きっと夜遅くなっても止められないこの手のせいで朝起きられないと思われているが実際は寝坊なんて人生で一度もしたことがなかった。たまたま健康診断の前日に入ったバイト。コンサートの撤去作業が終電まで続き、くたくたに疲れた体で眠りについて気づけば朝になっていた。時計を見れば受付時間はとっくに過ぎていて諦めがついたからそのまま行くのをやめただけだ。

「後ろ敵いないから今のうちに攻めよう。」

 ヘッドフォンからゲーム友達の声とともにゲーム内の音が流れる。もう一息で一位と言うところで敗北した。

「いまの惜しかったな。」

「あれはもう無理でしょ。」

 ゲームに負けた悔しさをオンライン上、二人で噛みしめた。

「今日ちゃんと行ってきたの。」

「行ってきたよ。めちゃくちゃ時間かかった。」

「へぇ。もう一戦行く?」

「バイトほどほどにしとけよ。もう一戦ね。これラストな。」

「よっしゃ。次こそガチでいくわ。」

 そう盛り上がっている声は一人しかいない僕の部屋で静かに消えていった。

 友達がいたら誰か起こしてくれたりしてくれたのかもと思うとそんなときだけ友達がほしと思ってしまう。現状、それ以外で困っていることもないので別にいらないなとも思ってしまう。

この世界だけは自分が思うがまま動いてリアルな自分より素直でいいかもしれない。相手もゲームをするだけの友達。それ以上でもそれ以下でもない。だから、必要最低限のことしかお互い知らないし、知りたいとも思わない。その関係が僕にとって丁度よくて、居心地がよかった。僕はリアルよりこの世界の方が幸せに生きられるかもしれない。

 ゲームに熱狂していた夜も明け、いつもと変わらない朝が僕を迎えに来た。結局。ラストといいながら三戦やって眠りについた。

 季節も春になってちょっと薄着の服を出したらヨレヨレだったためさすがに新調しないといけないと珍しく外に出かけた。

 休日ということもあってかなりの賑わいだった。服には無頓着な僕はいつもファストファッションブランドで適当に済ませている。そしてなぜか黒ばっかりになってしまい、いつ見てもクローゼットのなかは真っ黒だなと自画自賛するほどだ。

 せっかくここまで来たからと思いふらっとバラエティショップに立ち寄った。豊富な品揃えに思わず釘付けになる。一角に春の新グッズ。まだ四月の上旬で桜関連の商品がずらりと並んでいる。そこに一つだけ置かれたのはフレームのなかに花が埋め込まれたもの。フレームアレンジメントというらしい。そのなかには春にちなんで桜が埋め込まれていた。これを見た瞬間に僕は手に取ってふと思い出した。

『ちなみに桜を間近で見たことはないんですけどね。』

 そのセリフと一瞬曇った彼女の顔が脳内をよぎる。あのときの僕の罪悪感もあってなのか鮮明に覚えている。

 僕の手の中にある満開のさくらが埋め込まれた小さな額縁を購入し、その足で彼女のいる病院へ向かった。

 ここに来たことが記憶のなかから鮮明によみがえってきて、一つ変わったことはここに入るためのノックをためらう気持ちがなくなったことだ。

「はーい。どうぞ。」

 前に聞いたときと同じ返事。扉を開けてそっとなかへ踏み込んだ。

「あら、意外と早かったですね。もっと日にちが空いてから来るかと思っていました。」

「あの、ちょっと見て欲しくて。」

「ああ!待ってください。ちょっと着替えるので。お客さんが来たのにこの格好は恥ずかしいです。」

 着替えを抱えてカーテンを閉められた。しばらく待っていれば、前に見たときと同じ服の服を着て、髪にはヘアピンもつけられていた。

「はい。完了。いいですよ。」

「あっ桜夢さん。あのこれ。」

 机の上に先ほど買ってきたものを置く。

「わあ。綺麗ですね。どうしたんですか?これ。」

「さっき店で見つけて、これ見たときに 『間近で桜見たことない』って前言ってたこと思い出して、これなら見れるかなって思って買ってきました。フラワーなんとかってちょっと忘れちゃったけど、本物の桜が入ってるみたいです。」

 僕が話している姿を真剣な眼差しで聞き入れ、目の前に置かれた桜をまじまじと眺めた。

「これが桜。本物初めて見ました。初めてって言うと語弊がありますかね。写真とかそう言うのでは見たことありますよ。ただ、実物を目の当たりにしたのは覚えている限りでは今日が初めてです。今日は記念日ですね。」

 そう言って取り出したのは今年の手帳。なかはどうやら一日一ページかけるタイプのもので何やらを書き足している。

「これは私の日記みたいなものです。なんでも書き留めています。書き始めたのは十五からなのでこれも五冊目ですね。」

 得意げに見せてきたページには今日の日付が印刷されており、初桜と嬉しそうに書かれていた。

「いつも書くことなくてその日の気分で絵を描いたり、文章を書いてみたりいろいろですけど今日やっと日記らしくなったというか初めての出来事ってわくわくしますね。」

 こんな些細なことから幸せを得られる彼女は幸せを見つける天才。でも、ある意味子どものようで見ていてなんだか微笑ましくなる。

「そう言えば敬語なんですね。」

 なんでそんなことを聞くのと言わんばかりの表情で言ってきた。

「だって、あのとき『いいよ』とは言わなかったじゃないですか?だた『好きにしていいよ』とだけ言ったので実際は嫌だったのかなと思いまして。」

 確かにそう言ったことを思い出した。それは別に嫌だったわけでもなく、ただ初対面の人に『いいよ』とも言えずどっち着かずの答え方をしたまで。

「あれはあの日初めて会ったので、こうなんと言うか。初対面でもう会うことがないかもしれない人に『いいよ』とも言えずに。」

「そうですよね。聞いた私も悪かったです。その返事はいいってことですか?」

「あっはい。どうぞ。」

「ありがとうございます。桜翔くん。」

 急に名前を呼ばれたことに驚いたとともにいつぶりにその呼び方をされたかと懐かしんだ。

「桜翔くん?」

「森下さんだとちょっと遠い気がするし、それに既にいるんですよ。森下さんって職員の方が。ややこしくなるので桜翔くんと呼びます。嫌だった?」

「いえ、なんでもないです。」

「私のことは桜夢と読んでください。これは私からのお願いです。私はあなたと友達になりたいのです。」

 友達ってこんな風に作る物だったかと感じたけれど、それでも彼女の真っ直ぐな思いは受け止めてあげたい。だから、僕は首を縦に振った。

「友達の作り方って合ってます?私こうやって友達作ったことなくて。」

「あまり友達になりたいって率直に言ってきた人はいなかったかな。」

「間違ってましたか?恥ずかしいな。」

「いや、間違ってはいないけどまあ素直だなとは思った。」

 ペラペラとページをめくって出てきたのはやりたいことが箇条書きされたもので、一番上に書いてあることは友達を作る。

「で些細なことも書いてて、でも全部やりこなせたことは一度もないけれど書いた方が叶うかなって。忘れることもないし。それで今日は1つ叶ったと。」

 友達を作ると書かれた文を赤のボールペンで上から線を引く。これで友達になれたのかは疑問だが、満足そうなのでよしとしよう。

 それからそのメモのことを僕のなかで勝手にやりたいことリストと名付けた。

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