エピローグ 春告げ
1
◇
薬師とは、山と里との仲介人だ。山の脅威も恵みも、山のことはみんな、
「覚えておきなさい。薬師が仲介しているのは、お山の動植物や天候だけじゃない。お山そのものだ」
それを、
妻を早くに亡くし、身体の元々弱かった父は、葛路が二十歳を迎えたその頃にはもう、店に出られず一日中伏していることも多くなっていた。店には馴染みの店員が三人、近所に住む、葛路にとっては妹のような子が二人と、それに、葛路の幼馴染でもうすぐ嫁ぐ予定の、はるだけだ。
「……それは、
床の上で上半身を起こし、
山の中腹にある村には、尾羽の山神を
しかし、
「どうかな……私も、実際に目にしている不思議は薬師ぐらいのものだ。その薬師も、もう、町に降りてくることはなくなるかも知れない。それでも、知っておきなさい。そして、それを次代に伝えるも、伝えないも、自由になさい」
町長はご子息に、あまり詳しいことを話さないことにしたそうだよ、と。父はそう言って、葛路が淹れたお茶に視線を落とした。
町長の息子は、今年五歳だった。そして、町には少しずつ、
「……少しずつ、世の中が変わってきた。古くからあるものも、忘れられ、消えようとしている。きっと、この先も変わるだろう……だが、りくが山から降りてこなくとも、りくがいなくなる訳では、ない。尾羽の山もだ。だから、知っておきなさい。薬師が仲介しているのは、お山そのものだということを」
「……はい」
その日を境に、葛路は碧水屋のおかみとなった。そして数日後、父は、りくの薬で
その、数ヵ月後。
葛路は、途方に暮れた顔で荷物を抱え、帝都から来たと言ってお茶を一杯頼んだ娘を、従業員として雇うことにした。
りくが
山と縁深いものは、まだ、確かにいる。
そして、それを知っている人間もまた、まだ、いる。
◇
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