2023年 終話

2023年 令和五年

「古都流ミラさんの投稿小説、更新しないねぇ。」

「もう2年くらい更新してないんじゃない?」

「結構ドロドロ泥沼で良かったのに…。」




2023年 令和五年 5月

「小鳥遊グループの前会長の小鳥遊栄子さん、惜しい人を喪ったわねぇ…。」

巣鴨駅前の売店の早刷り新聞の見出しを指差し語らうおば様達。

「ワクチンを接種した後に急死ですって。こわいわねぇ…。」

「ちょっと前の息子さんの件でかなり落胆してたみたいだし…。」

「本当に残念ね。自分のことより他人のことを優先できる人格者だったのに…。」

「御父様である故時田二郎都議の影響なのかしらねぇ…。」

「御父様は、戦後、パラオから引き揚げて来られたみたいだけど…。パラオから戦災孤児も一緒に連れて帰って来られて…。孤児院まで建てられて、まるで自分の子供の様に育ててられたのよねぇ…。」

「あそこの不動産会社の社長さん。ほら、前に溺れてる子供を助けて、ご自分は亡くなった…。」と、ひとりのおば様が巣鴨駅前のロータリーの先に見える不動産会社を指差した。

「当時、時田さんの部下だったんだって。時田さん同様、孤児を引き取られて育ててたわねぇ…。」

「なんか…。人格者って短命なのかしらねぇ…。」

「私達は人格者じゃなくって…,良かったわねぇ…。」と、ケラケラ笑っていた。





東京都 中野区 警察病院の一室。

長い体躯をゆったりとしたベッドに横たえた男。

顔には呼吸器が付けられ、体にはたくさんの管が付けられている。

そのベッド周りに数人のスーツ姿の男達。

「ほんと、この事件、不可解なんだよなぁ…。」

「1年近く調べても奴さんの動機らしい動機が判明しねぇ…。」

「初めは亡くなった奥さんが執筆した小説を現実だと思い込んじゃった被疑者の暴走…。って、考えてたけど…。」

「確かに、小説自体はノートパソコンに保存されてたんだよ。作成履歴も残ってる…。」

「そうなると…、奥さんの逝去からの精神薄弱…。判断能力欠如からの犯行…。で、責任能力無し。に、なっちまう…。」

「双極性障害…。なんて話で終わりだよなぁ…。」

「それに、この小説。ネットに投稿されてたんだよなぁ…。」

「でもなぁ…。投稿されていた時期が問題なんだよ…。」

「奥さんが亡くなってからだからなぁ…。」

「…っう事は、被疑者が投稿したってことになる…。」

「何なのために?」

「奥さんの作品を世に出したかった。とか…。」

「そんなに奥さんを大事にしてたのかねぇ…。」

「それに、どんだけ調べても…。あのノートパソコンからはこいつの指紋しか出てこないんだよね…。」

「謎。謎。謎。謎だらけなんだよなぁ…。」

「多分…。捜査の攪乱…。自作自演…。」この言葉とともに、背の高い日焼けした年輩の紳士が病室に入ってきた。

「えーっと。どなた様でしょうか?」

「お話に割り込んでしまって申しわけございませんでした。私、喜寿川嘉葎雄と申します。練馬で医者…。」

「ああ、あの時の被害者の…。」

「それで、今日はどのようなご用事で…?」

「見舞いです。親友の小鳥遊伊知朗の容態を見に来ただけです。」

「そうでしたか。喜寿川さんはあの時のお怪我は?」

「私の方は首の皮一枚切った程度でしたが、伊知朗の方は頸動脈を傷つけてしまったので、かなり危ない状態でしたね…。と、言っても…、一命は取り留めましたが、植物状態ですけどねぇ…。」

「それで、先程、話された【自作自演】とは、どういう意味でしょうか?」

「そうですねぇ…。何から話ましょうか…。では、伊知朗の奥さんの鏡子さんの事故から…。」



(バレバレじゃん。) 私の頭の中の【声】が投げ捨てたようにほざく。

(甘い甘い。警察舐め過ぎ…。) 私の頭の中の【声】が諭す。

(嘉葎雄のことも舐め過ぎ…。) 私の頭の中の【声】が追い打ちをかける。

(単なる嫉妬。そっちの人生羨んでも…。) 私の頭の中の【声】が小馬鹿にする。

『駄目かい。羨ましく思って…。』

(今更じゃない。)

(ここまで我慢したんだから…。)

『いや。もう限界だった…。』

あの1962年7月✕日…。

私と誰かは間違いなく入替えられた。

誰かの手によって…。

私には記憶があるのだ。

こんな事を話ても誰も信用しないだろう。でも覚えている。

入替えられていなければ、優しい母の元、好きなように成長しただろう。

それなのに、入替えられた事で、私はやりたくもない勉強をさせられ。

行きたくもない学校へ行き。好きでもない仕事につかされた。

それもこれもこの企業のため…。この一族のため…。

もううんざりだ。

今からでも私の人生をかつおから取り返したかった。

キジカワに私が本当の子供なんだと名乗りたかった。

ただ、それだけ…。



(…で。それは頭の中のどの【声】?)

(この後に及んで、創作はいいから…。)

(単純に厳しい両親が嫌だっただけ…。)

(単純に会社への責任が重荷だっただけ…。)

(単純に嘉葎雄から鏡子を奪いたかっただけ…。)

(鏡子が「喜寿川に嫁げば良かった。」って言ったから、階段から突き落としただけ…。)

(嘉葎雄を殺ろうとして、自分が大怪我しちゃうし…。)

(笑える。)

(また、早合点…。)

(【声】は全部あなたであり私だから…。)

(全ては、妬み、嫉み…。)

(種明かしされちゃったね…。)


『…。』


私は動かぬ手を必死で尻の下に入れようとしていた…。


       −おわり−

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パラオ 明日出木琴堂 @lucifershanmmer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ