パラオ #28

* 鳩山今日子の二学期


高校生活最後の夏休みもあっという間に終わり、夏休みの余韻を残したまま、二学期初日の登校。

始業のベルがあと5分程で鳴ろうかって時に「鳩山今日子さん。鳩山今日子さん。至急、職員室まで来て下さい。繰り返します…。」って、急に校内放送で呼び出された。

『えっ…。なに?なに?夏休み中はずっと雉川のおば様と一緒にいたよ…。何もしてないよ…。』

同じクラスの同級生達が皆、わたしを見てる…。隣のクラスの子達も、廊下からわたしを観察してる…。

『いったい何なの?とにかくここは居心地が悪い…。早く行こ…。早く行こ…。』そそくさと教室を出て、廊下にたむろする隣のクラスの子達を障害物競走みたいに避けながら結構な速足で職員室へ向かった。


肩で息をしながらどうにかこうにか職員室へ。

その職員室に着くなり、担任の先生は何も言わずにわたしの腕をを引っ張って、職員室の隣にある校長室に連れてった。

『先生、何か言ってよ…。わけ分かんない…。』

校長室には、言わずもがなの校長先生、教頭先生、各学年主任の先生の方々…。【ずらり勢揃い】って、感じ。

『わたし…、知らない間に何かやらかしちゃったの…?それじゃあ、わたしって精神病だよ…。』なんて思ってると、応接セットのソファーに座らされ…。

それと同時に、正面に座ってる校長先生が口を開いた…。

「鳩山今日子さん。二学期最初の登校早々、お呼び立てして申し訳ないね。」って、校長先生はきれいに固めてる白髪頭を下げた。

「鳩山さん。少々、伺いたいことがあるんだが…。」って、校長先生の後ろでパイプ椅子に座ってた三年生の学年主任が矢継ぎ早に聞いてきた。

「はい。なんでしょうか…。」わたしから何を聞きたいの?

「先日、当校にこれが届いたのだけど…、身に覚えはありますか?」って、校長先生の隣のソファー座るバーコード頭の教頭先生が何の変哲もない茶色の封書を応接セットのテーブルの上に置いた。

「なんでしょう…。手に取ってもよろしいですか?」そこにいる全員に懇切丁寧に確認を取り、静かに手に取って、なんの変哲もない茶封筒を見てみた。

茶封書の表には、速達って赤色のハンコが押されてて、あとはワープロ文字で学校の住所と学校名の書かれたシールが貼られてた。

裏には「株式会社ニュータカナシ 人事部」って、茶封筒に印刷された表記があった。

『ニュー…、タカナシ…。タカナシ…。たかなし…。高梨…。ああ…。博多人形の会社からだ…。』

それを確認した上で「はい。心当たりはあります。」って、返答した。

返答したその瞬間、私以外の校長室いる全員が色めきだった。わたしには皆目見当が付かない…。

「鳩山さん。じゃあこれは事実なんだね。」ネクタイを緩めながら、顔を真っ赤にしたバーコードが聞いてきた。

「何がでしょうか?」

「ニュータカナシへの就職だよ。」ゆでだこ状態のバーコードが吐き捨てるように説明してくれた。

「あっ。はい。お願い致しましたが…。」

「おおぉ…。」っと、雄たけびが上がった。ざわめきが起きた。

正面に座る校長先生は腰を上げ、急にわたしの両の手を取り…。

「ありがとう。ありがとう。鳩山今日子さん、本当にありがとう。我が校開校以来の大偉業ですよ。ありがとう。」って…。

わたしは全く訳が分からず「何がですか?」って、目上に対する敬語も忘れ反発した。

校長先生は、汗ばんだ手でわたしの両手をずっと握りしめてることを忘れるほどヒートアップしているのか…。

「当校はね。開校以来、女子の地位向上、女性の自立、女性の社会進出をスローガンに学校運営を行ってきたのです…。」って、低音の良く通る声でいきなり力説し始めた。

「でも、現実は厳しい…。実際は程遠い…。」って、より低音な声で何かを絞り出すようにもらした。

「確かに、大学への進学率は伸びたでしょう…。」

「当校の高い偏差値から、卒業後の就職も良くなったでしょう…。」

「しかしながら、どうしても、結婚するまでの【良妻養成学校】と、いったイメージは拭えていない。」って、音程を上げて力強く…。

「それは当校から超一流企業、超一流大学、等々への進路実績が今日まで無かったからなのです。」って、また元のトーンに戻してゆるやかに…。

「世界企業でバリバリ働くキャリアウーマン…。知能集団の中でひと際異彩を放つ研究者…。と、いった存在を輩出していないからなのです。」

「しかし。それを今回、鳩山さんが覆してくれました。世界的な優良企業、株式会社ニュータカナシへの就職決定。おめでとうございます。」って、トーンを上げて盛り上げる…。

「ありがとう。鳩山今日子さん。ありがとう…。」って、やっとエンディングテーマ…。校長先生は汗だくの手でわたしの両手を握ったまま、涙まで流し始めた。

「はぁ…。そうなんですか…。」彼らの話を聞いて、とりあえずは英子おば様の会社への就職はできたってことは分かった。でも、なんか…、全然実感ない…。

二学期初日の一幕目はこれで終了…。


そして、二学期初日の二幕目が開演…。噂っていうものは瞬く間に広がる。

わたしが脱力状態で教室に戻ると…。

「今日子。おめでとう。」

「えっ…。なに?」

「聞いたわよぉ。さすがねっ。今日子。」

「何のこと?」

「すごいねぇ。今日子は持ってるものが違うって思ってったよ。」

「なんなの?いったい?」

「ニュータカナシへの就職。おめでとう。」などといった賛辞がクラスの同級生達から津波のように押し寄せた。

「…。」そのことか…。


休憩時間に廊下に出ると…。

「鳩山さん。おめでとう。」

「すごいねぇ。鳩山さん。」

「輝かしい成果、同級生として誇りに思うわ。」

って、隣りのクラスの子達からも賛美を受ける。

「ありがとうございます…。」目眩がしてきた…。


下校時間には…。

「鳩山先輩、おめでとうございます。」

「鳩山先輩、お祝い申し上げます。」

「鳩山先輩、お慶び申し上げます。」

って、下級生から絶賛された。

「ありがとう…。」意味が分からない…。


わたしはパパが受けた屈辱に対する仕返しのため、雪辱のため、意趣返しのため、それを実行するためだけに株式会社ニュータカナシへの就職を決意しただけのこと…。

なのに…、誰も彼もが賞賛してくる…。

「良い企業に就職出来るのは良い事…。」って、言わんばかりに、判で押したように、みんながみんな同じことを言ってくる…。

誰からも教えられた訳じゃないのに…、学校で教わった訳でもないのに…、みんなの価値観の一致に気色悪い寒気を覚えた。気味悪い雰囲気を感じた。

『なんか、前にも同じようなことが…。』

…ああ、…思い出した。

小学校高学年の頃、わたしには、老若男女、誰彼問わず、様々な人間達から色んな意味を含んだ好き勝手なレッテルが貼られてた…。

そんな好き勝手なレッテルが貼られるようになった原因は、わたしのこの見た目…。

でも、まだ幼いあの頃はわたしは、何も分からず受け流してた…。

それに、ちやほやされてるって、勘違いしてて、ある面、楽しんでた…。

だけど成長した今は、誰からも好き勝手なレッテルを貼られたくない。

貼られると腹が立つ…。貼られることに嫌悪感を抱く…。貼られることは不愉快極まりない…。


今回の件もそう…。

良い企業に就職して良い生活を送りたい。だからこそ、ニュータカナシに就職希望をした…。訳じゃない!!!

わたしには果たすべき事があったからこの道を選んだだけ…。

わたしには恨む者があったからこの道を進んだだけ…。

わたしには信じるものが無くなったからこの道を信じただけ…。

『誰も彼も、何も知らないくせに…。何も分かってないくせに…。勝手に決めつけるな!!!』


わたしは、人間達の集合的無意識や人間達からの無言の圧力が胸くそ悪く、道にしゃがみ込んで恥も外聞も無く髪を振り乱し、涙を流し、鼻水を垂らし、大声で意味不明な言葉を叫んでた…。

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