パラオ #21

* 鳩山今日子の進学


1983年 昭和五十八年 春

中学生になったわたしは灰色の学生生活を送ってる。

理由は簡単明白。全てはこの容姿のせい。誰よりも早く女の子から女になってしまったこの外見のせい。

不良、ふしだらと誤解されるこの見た目のせい。

わたしが通うこの女子中学校は所謂、有名私立お嬢様学校。

そしてこの学校には、かつての小学校の同級生は一人もいない。わたしのことを知っている人は誰もいない。

わたしの突出した容姿は、わたしの知らない間にクラスメイトの女子達を威嚇しちゃてるみたい。なので、誰一人、わたしには近づいてこない。静かに遠巻きに観察されるだけ。そこらじゅうからの視線が気持ち悪い。


わたしの事を知ってる女子が一人でもいれば…、わたしを遠巻きに見ている女子達にそれとなく話してくれる…。って思う。

誤解や偏見を解いてくれる…。って思う。

そしてその話は噂になって急激に広まる…。って思う。

その噂は好奇心に変わり、興味に変わり、そしてわたしへの壁を無くしてくれる…。って思う。

小学校の時はそうだった。

まだ、見た目なんて気にしない小学校低学年の時に仲良くなった女の子達。

同じ時間を一緒に成長した女の子達。

その女の子達がわたしの成長を一番知ってて、わたしの気持ちの一番の理解者。

だから小学校高学年になってもその女子達がずっとわたしの盾になっててくれた。

でも、事情を知らない他の子達からは「大人の女が小学生の格好している。」とか「化粧しているデカい小学生の女子がいる。」とか、悪口、陰口を相変わらず言われ放題…。

けどそれも、あの女子達が守ってくれた。あの女子達がいたから耐えられた。あの女子達…。女友達…。女友達たち…。友達。…が、ここにはまだいない。

『早く友達を…。』


だから中学入学早々、わたしから積極的に同級生に話しかけるようにしてみた。

けど…、

話しかけられた同級生は、言葉少なで、迷惑そうな顔つきで、直ぐにわたしから離れてく…。

わたしもだんだん話辛くなってく…。

それが誤解と偏見をどんどん大きくしてく…。


わたしは焦る。

『早く、誰かと友達にならないと…。早く、誤解や偏見を解かないと…。』

わたしは悩む。

『どうすれば友達ができるの…?友達ってどうやって作るの…?』

よくよく考え直したら、わたしは自ら進んで友達になりにいったことなんてなかった…。

あっちから勝手に友達になりたがって来た…。

これまでは…。

たぶんそれは、わたしといると注目されるから…。わたしといるとちやほやされるから…。わたしといると学校の人気者グループにいれるから…。

小学生までは…。


でも、お嬢様女子中学生の今は…。

わたしといると目立つから…。わたしといるとませてるって、誤解を受けるから…。わたしといると不健全って、偏見を持たれるから…。

『どうすればいいんだろう…?』どれだけ悩み、どれだけ考えたところで簡単に正解にたどり着けるわけがない。


そんな悶々と悩める日々を送っていたある土曜日の午後、家の玄関のチャイムが鳴った。

『誰だろう?』

お祖母ちゃんは寿丘不動産でお仕事中。代わりに半ドンで家にいたわたしが玄関に出てみると、近所に引っ越してきたご家族の御挨拶だった。

「よろしくお願いいたします。」って、挨拶されて、手土産を渡された。

この瞬間、閃いた。

『よく知らない人と仲良くなるには…、手土産…。』って。


ただ、閃いたものの…、手土産にできる物なんて持ってない。

『お菓子でも持って行く?』切羽詰まった幼稚な発想…。

ダメダメ。学校に不要なものを持って行くことは校則違反。『お菓子なんて目立つもの没収されちゃう。』『それに、校則違反なんてしたら…、それこそ不良のレッテルまで貼られちゃう。』まるでボケツッコミ…。

『なんかそんなに嵩張らないで…。あげて喜ばれるもの…。』何も深く考えずに勉強机をガサガサかき回してみる…。

すると見覚えのない綺麗な紙の束を発見。

『なんだったけ…?これ?』

引き出しから取り出してよく見てみると…。

【1983年4月15日オープン 東京ディズニーランド ご招待券】って、印刷されてた。

紙の束をパラパラと指で弾いてみると…。全部招待券…。なんと、ざっと50枚ぐらいある。

『えっ…。これって…。この前オープンした東京ディズニーランドの招待券なの…?そう言えば、小学校の仲良しグループだった子も開園したら行ってみたいって、話してたっけ…。』

思い出した!思い出した!この券って…。2カ月ぐらい前に…。パパだって言った鼠色のおじさんがくれたもの…。使えんの…?裏の注意書きを読んでみた。

「券一枚につきお一人様まで入園無料…。有効期限は…。昭和58年8月31日迄…。」期限はまだある。でも…本物?

『電話番号が書いてあるし…、確認してみよ…。』

家の電話から招待券に書かれてた電話番号にかけてみた。3コールもしないうちに受話器が取られた。綺麗な声の女性だった。券について聞いてみると「間違いなく使えます。」って。わたしは嬉しくって目一杯のお礼を告げて電話を切った。

『これは使えるかも…。でも…。わたしが勝手に使っちゃていいのかなぁ…。こんなにたくさん…。あの鼠色のおじさん、わたしにくれたんだよねぇ…。わたしの好きに使ってもいいよねぇ…。』


それから眠る暇も惜しんで土日の二日間、考えに考えた。考えたけど…、何のプランも浮かばないないまま月曜日の朝…。とりあえず学生鞄の中に招待券を忍ばせ登校した。

『持って来ちゃったはいいけど…。いったいどう渡せばいいの…???』

ろくすっぽ誰とも話ししたこともないのに、急に「これ、あげる。」なんて言っても不審がられるだけ…。

それに、誰かにあげて、誰かにあげないなんて事になったら…。それこそ、その後の事を考えるとこわくなる…。

クラス中に行き渡るだけの枚数はある。けど、どうやったら皆に行き渡るようにできる…???

…って、あれこれ考えているうちに校門近くまで来ちゃってた…。

『どうしようか…。』

校門にはクラス担任の田中先生が風紀当番で立ってた。田中先生は、全然若い先生のいないこの学校には珍しい今年の大卒新任教師。わたし達にとってはお姉ちゃんみたいな感じの先生。

そのお姉ちゃん先生を見た瞬間、またまた閃いた!!

何も考えることも迷うこともなく、わたしはお姉ちゃん先生に近づいてた。

「おはようございます。田中先生。」

「おはようございます。鳩山さん。」

「先生、ご相談があるんですけど…。」

「ん?なに?」

「これなんですけど…。」って、わたしはディズニーランドの招待券の束をお姉ちゃん先生に見せた。

「これ、どうしたの?」

「親戚からもらったんですけど…、わたし一人じゃこんなに使いきれなくって…。」

「うん。うん。」

「よかったら、クラスのみんなに貰っていただければ…、嬉しいんですけど…。」

「うん。うん。」

「先生からクラスのみんなに渡してもらえませんか…。」

「…ん。先生の一存では決められないわ。いま話題のディズニーランドの招待券だもんね。学年主任の先生に聞いてみるわ。」

「ありがとうございます。」

「だけど、許可が下りなかったら、ごめんね。」

「いえ。無理をお願いしてすみません。」って、わたしは招待券をお姉ちゃん先生に託した。


朝のホームルーム終わりで「今日は、鳩山さんから皆さんにお裾分けがあります。」って、お姉ちゃん先生はしゃべり出した。

「なに?なに?」

「何なの?先生。」『まるで小学生みたいなざわめき。』

「先日開園した東京ディズニーランドの招待券です。」

「えっー。えっー。」

「ディズニーランドのただ券?」

「欲しい。欲しい。」『幼稚なざわめきは、小学校の頃を思い出す。』

「はい。はい。静かに。静かに。欲しい人は職員室の私のところまで取りに来て下さい。学校からの注意事項とともに券を渡しますので。ちゃんと人数分ありますから慌てなくても大丈夫だから。分かった?」

「はーい。分かりました。」『やっぱり小学生みたい。聞き分けがいい。』

瞬時に起きた嵐のような喧騒は、安堵とともに、一瞬で静まり返った。


二時限目が終わった休憩時間には、招待券はみんなに行き渡ったみたい。何人かの気の早い子達は、いつ行くか相談し始めてた。

そんな中、数人の子達がわたしの席に近づいてきて…。

「鳩山さん。ありがとう。」

「ディズニーランドって、入場券買うだけで何時間も待つんだよぉ…。」

「すごいね、鳩山さん。こんなすごいチケット、こんなに沢山持ってるなんて…。」

「早く行ってみたかったんだぁ。ありがとう。」って、ハイトーンの感謝の言葉に取り囲まれることになった。

そしてその取り囲みは、わたしを捕らえて逃がさないって言わんばかりにどんどん大きくなってった。


この日以後、わたしの学園生活は輝き始める。


* 目白紗千の追及


「おばあちゃん。学校から電話だよ。」

学校からの電話…。学校からの電話はろくな事が無い。嫌な記憶が甦る。

「はいはい。ありがとう。はい。お電話変わりました。目白でございます。」

電話は今日子の通う女子中学校の担任教師の田中先生からだった。

話の内容は「とても高価な招待券を沢山頂き、ありがとうございました。」と、いうものだった。

私はいくら聞いても話の内容が理解できず、仕事中ということもあり、早々に電話を切り上げた。

『そう言えば…。』招待券と聞いて思い当たる節があった。

それは鳩山広志がここに訪ねて来た日、太郎が「お隣の鈴木から貰った遊園地の招待券が無くなった。」と、話していた。

あの日は、鳩山広志の支離滅裂な言い草でここは混乱を喫していた。

「その時に紛失したのだろう…。」と、太郎は言っていた。


『今日子が学校に持って行った招待券は、あの時紛失した招待券なのかねぇ…?』

『もしそうだとすれば、何故、その紛失したチケットを今日子が持っていたのかねぇ…?』

『あの日、今日子は鳩山広志が帰ってからここに来た。その時にここで拾ったのかねぇ…?』

『否…。ここで拾ったなら落ちていた事を言うはず…。黙って持って帰る事などしないだろう…。それに、勝手に学校で配ることなんて、どう考えても考えられないねぇ…。』

いったい何が起こっているのか、全く見当がつかなかった。

『もうじき今日子が迎えに来る。帰りの道すがら聞いてみるかねぇ…。』この時の私は、この事を深くは考えていなかった。


いつものように寿丘不動産に今日子が立ち寄り、いつものように二人で家路につく。

「今日子。今日、田中先生から電話があったよ。」

「えっ…。」

「何でも、今日子がえらい高価な招待券をクラスのみんなにお裾分けしてくれたって、お礼言われたよ。」

「…。」

「そんな高価な招待券をどこで手に入れたんだい?」

「…。」

「どうして黙ってるんだい。」私は何も言わない今日子に業を煮やし、きつい口調で問い質していた。

「…。」

二人ともに黙ったままで家の近くまできた時、今日子が不意に口を開いた「おじさん…。知らないおじさん…。」と。

「知らないおじさんから貰ったのかい。何故、言わなかった。」

「…こわかった。…お祖母ちゃん、悲しませるから。」

「そいつはどんな男だった?」

「…覚えてない。…鼠色のおじさん。」鼠色…?鼠色の…。鼠色の男…。私には見覚えがあった。

「そいつは何か言ってたかい?」

「何も…。」

「そいつがくれた招待券を学校で配ったのかい?」

「うん。…持ってるのが、…こわかったの。」

「そうかい。分かったよ。もういいから。」と、今日子に言って二人で家に入った。


家に入ったとたん、今日子は自室に閉じこもってしまった。【取り付く島もない】とは、こういうことを言うのだろう。

鼠色の男。たぶん、あの日現れた鳩山広志だろう…。偶然にも娘に出くわしてしまったのだろう…。

今日子のあの口ぶりだと、今日子は鼠色のおじさんが鳩山広志で、そいつが父親だとは分かってないのだろう…。

鳩山広志は成長した娘を分かったことは間違いない…。

今日子の母親である百々乃を彷彿とさせるあの容姿を見れば…。

『鳩山広志が寿丘不動産から持ち出した遊園地の招待券を娘の今日子にやったんだね…。』そう考えれば合点がいく。


私は得体の知れない不穏な流れを感じざる得なかった。


* 鳩山今日子の面倒事


家に着くなり、大急ぎで二階の自室に逃げ込んだ。勉強鞄をベッドに投げ捨て、勉強机の椅子に座り込んだ。

『びっくりしたぁ…。田中先生から電話があったなんて…。でも当たり前かぁ…。』あの時、急に思いついた幼稚な作戦の結果に思わず笑いがこみ上げた。

勉強机に頬杖をつき深くため息をつく。

『この後のお祖母ちゃんの追及…。厳しいだろうなぁ…。』鏡を覗かなくっても、自分の顔が嫌な顔になってることが分かる。

『お祖母ちゃん、納得するまで聞いてくるだろうなぁ…。でも、さっき話したことで押し通さなきゃ…。』少しでもボロが出ちゃうと、お祖母ちゃん追及は絶対止まらなくなる。

『それに絶対パパに会ったことは言えない。言っちゃいけないはず…。』なぜだか不思議とそう思える。

『はぁ…。ご飯一緒に食べるの嫌だなぁ…。』お腹が痛い…。


しかし、予想に反して、お祖母ちゃんから追及されることは無かった…。

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