パラオ #10

* 目白宗一郎の才能


1959年 昭和三十四年 一月三日

彼女は約束の時間より少し早くにめじろ不動産にやってきた。あの日と同じ変わらずの青白い顔色をしている。

「いらっしゃい。いらっしゃい。明けましておめでとうございます。」

「明けましておめでとうございます…。」か細い声だ。彼女にとっては然程めでたくない新年なんだろうな…、今は…。

「お疲れのようだし、前置きは省きます。本題をお話します。」

「…。」返す言葉も無いか…。僕のお手並み拝見て、ところかな…。

「正直申しますと…あなた方の協会が目論む【高額・多額の寄附金を募る】に、ついては無理がありますね。」

「…。」『今更、そんなこと分かってるわ…。』という風な顔付きだな。

「このご時世、仮に成功できたとはいえ、この国は依然、復興の最中、まだまだ何が起きるか分からない。」

「…。」

「だから、誰も大きなお金は使いたくない。」

「…。」

「でも、逆を返せば…小さな【お金】は出る可能性はある。」

「…。」『小銭じゃ間に合わない…。』という目つきだな。

「先日、シンコさんから【協会と協会会員は、崇高な理念によって固く結び付いている。】と、お伺いしました。」

「…。」

「その強固な結び付きで、協会は結構な数の協会会員を確保出来ている。と、お見受けしました。」

「…。」否定はしてこないようだな…。

「でも、今日の現状では、いくら崇高な理念に対する【支援金】であっても…大勢いる協会会員にとってそれが単なる【負担】であるならば、賽銭程度が精一杯です。」

「…。」『そんなこと分かってるわ…。』という感じだな。

「でも、【崇高な理念】という協会の礎となる考えが…、現実の【商品】や【サービス】に付随し反映されるとしたら…。」

「…。」

「それも…。協力支援した協会会員だけが享受できる【特典】という形にして反映されたたとすれば…。」

「…。」

「協会会員達の日々営まれる商売や消費が…、本人達の知らぬ間に協会に多大な【支援金】を集める仕組みになっていれば、誰でも協力できるでしょう。」

「…。」『半信半疑…。』て、表情だな。

「会員の中には、僕のように会社を営んでる方も多いでしょう。」

「…。」おっ…。頷いてくれた。

「その中で、より協会に協力的な企業や店舗の方々に、より協会に協力的な協会会員の方々だけに商品特典やサービス特典を提供して頂きます。」

「…。」『よく分からない…。』て、感じかな…。

「分かりやすく言うと…。協力的な…長いな。協賛…協賛会員の方々にとっては、協賛企業・協賛店舗では安く物が買えたり安くサービスを受けることができる…。」

「…。」

「協賛企業・協賛店舗にとっては、協賛会員の数だけ顧客がいることになる。そして、協会が協賛会員を増やせば増やすほど…協賛企業・協賛店舗は売り上げが伸びる…。」

「…。」

「ここで、僕が言う【協力的】や【協賛】とは、先程の利点を理解し【協会会費の上乗せに賛同で出来る。】ということを意味しているのです。」

「…。」

「協会会員は、一般的な会費に少し上乗せすることで協賛会員となり【特典】を受け取れる…。協会会員の企業や店舗は、一般的な会費に少し上乗せすることで協賛企業・協賛店舗となり、協会から【協会認定企業・協会認定店舗】のお墨付きを頂ける…。協会には、上乗せ分の【収入】が増える…。」

「…三方良し。」おっ…。やっと声が聞けた。

「よくご存知でしたね…。互いに助け合って存続している間柄のことです。」

「…。」また、黙っちゃったよ…。

「協会に【理念団体】の面だけではなく【互助会】的な面を持たすんですよ。」

「…。」

「こうすれば、先程話した様に、毎月毎月のこれまでの会費だけではなく【特典】を得続ける為の会費と【認定】を維持し続ける為の会費の上り分が増える…。」

「…。」『その程度じゃあ…。』て、ところかな…。

「でも、こんな程度では、シンコさんの望む成果はついてきません。」

「…。」『その通り…。』て、顔だな。

「協会には、何か…協会のマーク・紋章の類や会員が付けられるバッチの様な物はありますかね?」

「それらはあります。」

「良かった。じゃあ…会員企業・会員店舗には、必ずマーク・紋章を貼り出すように指示して下さい。」

「ええ…。」

「会員の方々には、必ずどんな服装の時でもバッチを付けることを徹底して下さい。」

「ええ…。」

「で、ここからです。」

「えっ?」

「会費上乗せで【認定】になってくれた協賛企業、協賛店舗には、色を変えたマーク・紋章を貼ってもらって下さい。」

「はぁ…?」

「会費上乗せで【特典】を得る協賛会員の方々にも、色を変えたバッチを付けてもらって下さい。」

「…。なんのために…?」やっと、食いついてきた…。

「協賛企業・協賛店舗、協賛協会会員と、平企業や平店舗、平協会会員との【格】の違いを明確にするためです。」

「…。なぜ…?」

「折角、協会の考えに賛同してくれた協賛企業・協賛店舗、協賛協会会員の方々です。会員としての格付けをひとつ上げるべきです。そして、それは協会内での優越感になるはずです。」

「…。」

「それから…、協賛会費以外に協会へ支援金を申し出た協賛企業・協賛店舗、協会認定企業・店舗でより沢山お金を使って下さった協賛会員の方々、彼らを協会で表彰して下さい。そして、彼の格付けをもう一段上げて下さい。」

「…。」

「それに…、より多くの協賛会員を獲得した協会関係者も格付けを上げて下さい。」

「…。」

「人々の欲望は無限大なのです…。」

「…。」

「徹底的に競争心を煽ってやりましょう。どんどん。どんどん。そうすれば…。」

「…。」ここまで聞いて、やっと彼女の顔色が戻ってきた…。


* 天路信子の変心


途轍もない人間が私の味方になってくれたのかもしれない…。

彼は一見するとひ弱そうに見えた。彼はいつも口数が少ない。

しかし彼は沢山の修羅場をかいくぐってきたのかもしれない…。

今日の彼の話は、私でも想像できる当たり前のことから始まった。

正直言って、その辺りではがっかりした。時間の無駄だと思った。

期待外れ以外の何物でもなかった。過度の期待をした私が馬鹿だった…と。

やはり、単なる町の不動産屋風情でしかないのだ…と。


しかし、私は次第に彼の話に魅了されてしまった。

彼の話の理路整然さに…。彼の話の途方も無さに…。

彼の言う通りにすれば必ずや成功出来る…と、信じざる得なくなっていた。

彼はずるい…。彼は私の心を見透かす…。彼は私の心を弄ぶ…。そして私は彼に心を掴まれた…。

物凄く賢い人、目白宗一郎…。

私は、目白宗一郎という人間に心奪われてしまった。


* 太郎の心配


ぼくが待望の百々乃ちゃんに会えたのは、七草を過ぎてからになった。

冬休みの間はじっと自室に閉じ籠もって、外出もしてないみたいだった。

そして、やっとの思いで会えた百々乃ちゃんは何故かとてもよそよそしく、宗一郎叔父さんも紗千叔母さんも戸惑う程だった。

ぼくには百々乃ちゃんに何があったのか全く想像もつかない。百々乃ちゃんが急に変った心当たりすら無い。

仕事に身が入らない。仕事が手につかない。

ぼくは心中穏やかではいられなかった。


* 目白百々乃の意思


目白のウソ親や太郎さんから変な目で見られている…。

あたしがぎくしゃくしているせいだ…。

これじゃダメだ。

あたしの気持ちを知られちゃいけない。あたしの決意に気づかれちゃいけない。

ちょっと前の様に…、ごく自然に…、普段通りに…、しなくちゃ。


ただ…。

太郎さんに対してだけは、以前の様に接することは出来ないよ…。

太郎さんとは極力距離を置く…。以前の様に太郎さんの近くにいると、あたしの決心が揺るぎそうでこわい…。

太郎さんを嫌いになったからじゃない…。太郎さんを嫌いになれるわけがない…。

あんなに決心したのに…。あんなに辛い思いをしたのに…。

太郎さんの側にいると、全てを忘れてしまいそうになるあたしがいる…から…。


もう…。

洗っても洗っても汚れの落ちないあたしは太郎さんの近くにいる資格が無い…から…。

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