2021年 夏                 003

障子から射し込む乳白色の柔らかな光で私は目を覚ました。

昨夜は鏡子の部屋で考えもなく鏡子の遺品を漁っている最中、コロール 1944という気になるワードを見つけ興奮と妄想のうちに寝入ってしまったようだ。

嘉葎雄の所から帰ったままの格好で寝てしまった為に、白のリネンのシャツもトップグレーのサマーウールのズボンも皺くちゃだった。

(秘書さんにクリーニングを頼まないとねぇ…。) 私の頭の中の【声】が助言をくれる。

その【声】に賛同する間もなく (時計を見ろよ。) と、私の頭の中の【声】が注意してくる。

私は、チタンのクロノグラフの腕時計に目をやった。『もう6時じゃないか…急いでシャワーを浴びて着替えないと…。』

平日は、7時前には当日の屋敷担当の秘書達が来る。

私の朝食を用意してくれて、私のその日のスケジュールを伝えてくれる。

薄水色でコーディネートされたブレックファーストルームへ入って行くと、秘書のひとりが当日のスケジュールを教えてくれた。

今日の予定は、取引先の代表や、グループ企業の取締役達と数件の面談を行った後はフリーのようだった。

(良かったね。) 私の頭の中の【声】が呼びかけてきた。

(出来るだけ早く帰りたいね。) 私の頭の中の【声】が私の気持ちを代弁してくれる。

【声】たちの言う通りだ。

「出来るだけ早く屋敷に戻ろう。コロール…どこかの地名かなぁ…。」と、朝食を頬張りながらも独り言が口からこぼれる。


『今日に限って…早く戻るつもりが…こんな時間になって…。』

いつもより遅い夕食を取った後、はやる気持ち抑えつつ、屋敷のライブラリにて《コロール》について調べることにした。

赤褐色のマホガニーの椅子に腰掛け、濃紺の表紙に金文字で「ENCYCLOPEDIA」と書かれた分厚い本を開く。

『コロール…パラオ共和国…旧首都…。』調べ物は思いの外早く解決し、先程までのはやる気持ちは一気に霧散した。

パラオ共和国…西太平洋のミクロネシア地域に位置する500以上の群島からなる国。

『そこに鏡子の母方の祖父母はいたのか…?なぜパラオに…?』と、私の疑問は次々と面白いように湧いてくる。

辞書を読み進めるうちに『彼らがパラオにいた可能性はある。』と、感じ始めていた。

パラオ諸島は第一次世界大戦後、日本の委任統治領となった。

日本は、旧首都のコロールに、南洋庁、南洋西部支庁を置いた。それにより、パラオは周辺諸島の中核的な島となった。その後、日本による統治は進み、コロールには官庁街や日本人街もできた。

当時、多くの日本人がパラオに移住し、最盛期には4人に3人が日本人であった。

第二次世界大戦が始まると、コロールは日本海軍の重要な作戦拠点となった。

ペリリュー島、アンガウル島では大きな戦闘があり多くの戦死者を出した。

1945年の日本の降伏とともにパラオの日本の統治は終了する。

私は日本人でありながら、パラオと日本の関係を深く知る由もなかった。

『しかし、そんな不穏な時期のパラオに、鏡子の母方の祖父母が移住していたのだろうか?』と、私の疑問は増える一方であった。

(行くしかないね。) 私の頭の中の【声】が急に提案してきた。

(気になるんだったら、行くしかないね。) 私の頭の中の違う【声】が賛同してきた。

(知りたかったら行くべき。) 私の頭の中の【声】が後押ししてきた。

私も私の頭の中の【声】たちの意見に賛成だった。


自分勝手にパラオ行きを決意した夜は、遠足の前の晩の子供のように、私は興奮で眠れなかった。


翌朝、私は、薄水色のブレックファーストルームで朝食の用意をしている秘書にパラオへの渡航について調べてくれるよう頼んだ。

そして、巨大な温室の様な店内にパームツリーをふんだんに植樹した我社のグループ企業が経営するカフェで昼食を取っている時に、都留丘秘書室室長から直接、今朝の依頼に対する報告を受けた。

それによると、パラオまでは、成田空港から直行便であれば5時間弱、乗り継ぎやチャーター便では半日程で行くことができるという。

日本との時差は無く、気候は海洋性熱帯気候。高温多湿で年間の平均気温は28℃前後らしい。

都留丘秘書室室長の話をコーヒーを飲みながら聞いていた私は、珍しく浮かれていた。

ただし、現時点では、パラオ共和国は入国に際して、感染症による入国制限措置を行っている。

それによると、渡航前に日本からの私個人に関する感染症に対する様々な証明書の準備及び、提出が必要であると…。

出発前日までに、直近の世界的な機関が承認または許可する抗原検査の陰性結果が必要でもあると…。

また、パラオ到着後、全ての渡航者は、パラオ共和国の感染回避命令による全ての措置に従わなくてはならないと…。

ここまで聞いて、先程までの私の稀有な浮かれた気分は儚く散った。

パラオに行くまでにどれ程の時間と労力がかかるのかと、私はパンデミックの現状を恨んだ。

(勇み足だね。) 私の頭の中の【声】が馬鹿にした。

(早とちりだね、また。) 私の頭の中の【声】が私の失態に吹き出した。

私は組んだ脚のつま先をせわしなく動かしていた。

『最短で5時間弱で行けるところを…いつ出発出来るのか?』

『いつ入国出来るのか?はっきりしないなんて…。』

『気持ち的には、明日にでも着いていたいのに…。』

私の立場上、不確実なスケジュールを組んでもらうわけにもいかない。私事で仕事に穴を空けるわけにもいかない。

『断念せざるを得ない…のか…。』私は私の目一杯膨れ上がった気持ちが一気に萎むのが分かった。

(パラオ…やっぱり気になるね) 私の頭の中の【声】が追い打ちをかける。

(パラオ…諦めるの?) 私の頭の中の違う【声】が畳み掛ける。

私はコーヒーカップを持ったまま途方に暮れていた。


気落ちしている私の様子に気づき、報告をくれた都留丘秘書室室長が「お急ぎならばオンラインツアーはいかがですか?」と、提言してくれた。

聞きなれない単語に「オンラインツアー?」と、私は彼女に聞き直した。

「昨今は簡単に海外渡航が許されないので、旅行会社等が映像やバーチャルリアリティーを使って旅行気分を疑似体験出来るサービスの提供を行っているものです。」と、都留丘秘書室室長は教えてくれた。

『なるほど…インターネット回線を使っての疑似体験ツアーか…。それならば確かに感染症の影響は受けない…。』と、私はひとり合点した。

「もう少し詳しく教えてくれますか。」と、私は生気の戻った顔を都留丘秘書室室長に向けてリクエストした。

「はい。各国の観光地や名所旧跡を現地のガイドを使って映像と音声に収めたものを有料でカスタマーに配信するサービスです。」と、彼女は優しい顔で説明してくれた。

「どの様に観賞するのですか?」と、私は興味を持って質問をした。

「旅行会社が提供するVRゴーグルやヘッドセットでの観賞も有りますが、自身のパソコンやスマートフォンでも観賞は可能です。」

「オンラインツアーのコースは決まっているのですか?」私は、間髪入れずに質問した。

「はい。パッケージツアーのようなものになります。」と、都留丘秘書室室長は、まるで旅行会社の営業の如くすらすらと回答してくれた。

『アイデアは悪くない。ただ…海外旅行気分は味わえるけど…少し、私の望んでいるものとは違う…。』少し考えてしまう。

「個人的に現地ガイドを雇えば同じ方法で、自由旅行ような仮想体験をすることは可能ですか?」と、私は、自分の考えと違う事で、まるで会議室でプレゼンテーションした部下に対し「違うアイデアはないのか。」と、言わんばかりに彼女の説明に対し冷たい口調で質問を返してしまった。

「可能だとは思います。現地に信頼できるネットワーク環境があれば、あとは弊社グループのハード、ソフトを駆使すれば問題ないと思われます。」と、優等生の様な回答が戻ってきた。

『それはまずい…。鏡子の件は公にはしたくない…。いくら私の会社と言っても…グループを巻き込んでまで大ごとにはしたくない…。』私は少し冷静さを取り戻していた。

「あくまでも私事ですので、あまり大掛かりにならない方法は有りませんか?」と、今度は相手を傷つけない様に、柔和な口調で提案を否定した。

「そうですね…現地のガイドを雇って、ビデオ通話やオンライン会議…等の手法は有ります。」と、彼女は少し冷めた口調で妥協案を持ちかけてきた。

「なるほど…国際電話レベルでのやり取りですね…。」

『それぐらいの方が色々と勘ぐられなくって良い…。』と、私は、会議の話し合いが良い結末を迎えた時の様に、胸をなでおろした。

(それは良い手だね。) 私の頭の中の【声】が胸躍らせる。

(時間も取られないし。) 私の頭の中の違う【声】が同意する。

(何かが見つかるかも。) 私の頭の中の【声】がときめく。

「パラオに伝手の有る人は、うちのグループ内にいますかね?」

『結局はグループの力を借りることになる。これくらいなら波風は立たないでしょう。』と、特に意識することなく私は得心していた。

「はい。では…海外部門を持っているグループ内企業に当たってみます。」と、答える都留丘秘書室室長の顔が、私には少ししたり顔に見えた。

「ありがとう。ただ、くれぐれも大ごとにしないようによろしくお願いします。」と、再度、念を押させてもらった。


数日後の午後、パラオに伝手のある海外部門から連絡があり「現地ガイドを紹介出来そうだ。」との返答をもらった。

私は、ためらうことなく依頼した。

その日の夕方、依頼した海外部門から現地ガイドの詳細がメールで送られてきた。

現地ガイドは20代の青年で名前はパロマというらしい。

添付ファイルには、短く刈られた黒髪。褐色の肌で引き締まった身体。眩しい程真っ白な歯が印象的な青年が写っていた。

「彼は日本語が達者で、日本人旅行者相手のダイビングインストラクターをやってる。」と、記載されていた。

私は、メールを一読すると居ても立っても居られず、時刻も考えずにパロマのメールアドレスに連絡を入れた。

十数分後、私のプラチナ色のノートパソコンに返信が来た。メールは英文で書かれていた。

「日本語は話せるが、書くことはでいない。」という詫びる文章から始まっていた。

メールの内容は、パロマからの挨拶文とビデオ通話ツアーをいつから開始するか?という事務的なものであった。

私は「貴殿の方に問題が無ければ、当方は明日からでもビデオ通話ツアーを始めたい。」とメールを返信した。

直ぐに、パロマの方からも「問題ない。」と回答が来た。私達は明日のツアー開始時間を決め、今日のメールは終わりにした。

翌朝7時、薄水色のブレックファーストルームにプラチナ色のノートパソコンを持ち込んで、朝食を食べながらパロマからの連絡を待っていた。

1分も待たないうちに、マイクロソフトチームズにパロマが現れた。

「おはようございます。小鳥遊さん。」パロマの音声が流れる。張りのあるいい声だ。

「おはようございます。パロマ君、よろしくお願いしますね。」

「はい。こちらこそ。」確かに流暢な日本語を話す。

「今日は 私は 余り時間が ない。」私の方がたどたどしい日本語になってしまった。

「はい。」

「なので、今日はコロールの旧日本人街の映像を撮ってメールで送ってもらえませんか。」

「はい。大丈夫。わかりました。」

「次のツアーのスケジュールは本日中にメールしますので。検討してご返事下さい。」

「はい。わかりました。じゃあ今日は旧日本人街を写真やビデオに撮って送ります。」

「よろしくお願いします。ではまた後程…。」

「はい。マウリウル。」

私は朝食を済ませ、プラチナ色のノートパソコンを薄水色のブレックファーストルーム置いたまま仕事に向かった。


今日の私のスケジュールを終え、緋色のダイニングホールで夕食を取りながらプラチナ色のノートパソコンを開く。

マイクロソフトチームズにはパロマからのメールが入っていた。

メールを開いてみると、添付ファイルばかりだったが私の希望通りのものだった。

コロールの旧日本人街には日本が委任統治していた頃の建物が残っていた。

洋風建築の立派な庁舎や石造りの門柱、日本語が彫られた石柱…。

ここコロールに日本人が大勢移住していたのは間違いないようだ。

そしてここに鏡子の祖父母もいた。

(さて、ここで何があったんだろう?) 私の頭の中の【声】がにわかにしゃべり出した。

(不穏な時代だよね。) 私の頭の中の【声】が時代を推測し始める。

(現地人との浮気?それとも不貞?) 私の頭の中の【声】が唐突に一つの仮説を投げかけた。

『鏡子に外国人の遺伝子…これを考えると、私もその考えは無きにしも非ず…。』と、思ってしまった。

『いったい、鏡子の祖父母にこのコロールという地で何があったというのだ…。』妄想が膨らむばかりである。

私は次のツアーの希望日時をパロマへ送り、プラチナ色のノートパソコンを閉じた。


翌朝のパロマからの返信は、私の希望通りのスケジュールで問題は無い、というのものだった。

私は少し冷静になりたくなり、リアルタイムでのツアーはキャンセルした。

今回のツアーも前回同様に、コロールの今の街並みや人々の生活を感じられるダウンタウンの映像をメール添付ファイルの形でリクエストした。

パロマは快く引き受けてくれた。そして、私が帰宅し、緋色のダイニングホールでプラチナ色のノートパソコンを開くまでには、私の依頼は送られてきていた。

添付ファイルの映像は、和洋ごちゃ混ぜの建物や、日本の昭和風な建物や看板、南国風な小屋、変わった神社…等々の画像であった。

歴史上、さまざまな国の統治下にあったパラオ独特の光景と言えるのかもしれない。

それなのに、何故かとても懐かしい感覚を覚えた。

あまり背の高い建物がないせいか、画像に写り込んでいる空はとても広く青かった。

『ああ…そうか。日本の60年代の風景に似ているんだ。』と、思った一瞬、私の古い記憶とプラチナ色のノートパソコンの今の画像がリンクした。


この後の何度かのツアーは、リアルタイムでコロールを案内してもらった。

画面が揺れたり、映像が安定しなかったりで、気持ちが悪くなる事はあったが、概ね期待通りの成果はあった。

この何度かのツアーでは、パロマに現地人へのインタビューを行ってもらった。私は、おおかたの現地人が日本語を話せることに驚いた。

クライアントが日本人であるということへの忖度もあるのだろうが、インタビューした人々は、委任統治していた日本のことを皆一様に悪く言わない。

敗戦国日本イコール悪者扱いが、戦後70年以上経っても日本の近隣周辺諸国の考えである。

日本人の子孫としては、何か不思議な思いである。

私は「可能であれば、次のツアーは残り少ない戦争経験のある方の話を聞きたい。」と、パロマに要望してみた。

パロマは「アンガウル島に移った親戚の婆さんが戦争経験がある。」と、返信をくれた。

そして「島に行くにはお金も時間もかかる。」とも、書かれていた。

私は、パロマの申し入れを快諾し「渡航準備が整ったらアンガウル島に渡って欲しい。」と、要請した。


2週間後の午後、パロマはアンガウル島に到着した。

アンガウル島へは、1週間に1便の定期船がコロールのマラカル島から出ているという。コロールからは約4時間の船旅になるようだ。

コロールへ戻るには、また1週間後に来る定期船に乗らなくてはならない。最短1週間はアンガウル島に滞在することになる。

定期船が港に入って行く映像には、きれいな青い空、青い海とは対照的な投棄され朽ち果てた赤錆色の戦車の様な物体が写り込んでいた。

戦争末期、アンガウル島はペリリュー島と並んで大量の戦死者を出した激戦の島となった。

島の至る所に戦争による傷跡が残っており、至る所に未だ収集されていない幾多の戦死者の遺骨が眠っている。

パロマは「今から、港から車で2~3分で市街地に着く。そこに住んでいる親戚のお婆さんに会いに行く。」と、呼びかけてきた。


木々の緑に囲まれた一軒の黄色の家屋の庇の下に置かれている木製のベンチに白髪で白いワンピースを着た老婆がちょこんと座っていた。

パロマが老婆を紹介してくれた。年齢は90歳を超えているそうだ。名前はクークーというらしい。

パロマとは大叔母の関係にあたる人で、結婚するまではコロールに住んでいて、日本の官庁街で働いていたらしい。

高齢のため耳が遠く、普通の会話は困難であるという。

ただ、昔話を一方的に喋ってもらう事は可能のようだ。

私は、コロールの官庁街で働いていた頃の話を聞かせて欲しいと頼んだ。

パロマが大声で彼女の耳元で何かを言うと、彼女は露骨に嫌な顔をした。そして暫くして、おもむろに小さな声で話し始めた。


「私、9人弟妹、長女。」

「私、13歳、働いた。」

「弟妹、育てる。」

「日本の役所、メイドやった。」

「掃除やった。お使いやった。皿洗いやった。ゴミ捨てやった。」

「何でもやった。」

「日本人、お金くれた。」

「私、15歳なった日。

日本人、プレゼントくれた。」

「白いワンピースくれた。」

「ケーキくれた。ジュースくれた。」

「…目が覚めたら…私、裸だった。」

「…。」

「…。」

「…私…。」

「…私…赤ちゃん…できた。」

「…私…赤ちゃん…産んだ。」

「…私…赤ちゃん…取られた…。」

「…赤ちゃん…取られた…日本人…。」

「…日本人…連れていった…。」

「私の…赤ちゃん。」

老婆は、か細い声で泣き出した。

私はパロマに礼を言い、話を切り上げさせた。

老婆は、泣き続けていた。

私は通信を切った。


西日が緋色のダイニングホールをより鮮やかな赤にしていく。食前酒を口に含む。香りも味もしない。

目の前の夕食を口に運ぶ。味がしない。口に入れたものが喉を通らない。

何かが頭の中でつながろうとしている。パズルが埋まりだしている。でも、ピースが足りない。

あの老婆の話が本当ならば、いつの時代にも、どんな時代にも、人間のクズはいるものだと虫唾が走った。

パロマには「今回でツアーは終わりにしたい。」と、一方的に申し入れをした。これ以上、私の好奇心に彼らをつき合わせるわけにはいかない。

パロマからの返信はまだきてはいない。

(聞いた話が引っかかるねぇ…。) 私の頭の中の【声】がぽつりと言った。

(あんな事は頻繁にあったのかなぁ…。)  私の頭の中の【声】が続ける。

(そうなると…遺伝子検査の件、可能性あるね…。) 私の頭の中の【声】が連想を語る。

私の頭の中の引っ掛かりも彼らと同様だ。ただ、ピースが足りない。

『老婆の話の様な事が頻繁にあったとすると…鏡子の母親は、パラオとのハーフかも知れない。』ひとつの仮説が浮かび上がった。

私の推理は一歩前進した。


私は青い畳に座して檜の無垢天井板の木目を見つめ脱力していた。両手は尻の下に敷いていた。

鏡子の死から始まった不思議な推理譚はパズルは揃わなかったけれど、ひとつの仮説を導き出せた。私は概ね会心していた。

やっとほんの少し鏡子を知れたという思いとともに。

大きなため息とともに頭を下げた。

下げた視線の脇に黒い何かが目に入った。

『…なんだ?』

月明かりだけの鏡子の部屋は薄暗く、一瞬認知出来なかった。

『…あゝ、鏡子のノートパソコンか…。』

『…鏡子のノートパソコン…。』

急に鏡子のノートパソコンに興味をいだいた。

『鏡子は…これを…。』何に使っていたか思い出そうとしたが出てこない。

当たり前である。鏡子がノートパソコンを使っている姿を見たことがないのだから。

私はゆっくりと文机のノートパソコンに近づき、ゆっくりとモニターを開けた。

『電池が切れている…。』私は先日来、広げっぱなしのままの鏡子の遺品の持ち物から電源コードを探し出す事を試みる。

持ち物が少なかったおかげで然程時間もかからず電源コードを見つけ出しノートパソコンを充電する。

そして、ノートパソコンの電源を入れてみる。ウィーンと低い音を立てながらモニターが明るくなる。

ユーザー承認画面になる。

ユーザー名…Mirror…なるほど、鏡子だから「Mirror」ね。こんなことも知らなかった。

パスワードは…単純に覚えていた鏡子の誕生日を入れてみた。起動した。

デスクトップ画面には「パラオ」と名前の付いたファイルがあった。

私はファイルをクリックした。

パラオ…?

古都流 ミラ…?

ことりゅう…?

こ・と・り・ゆ・う…。

こ・とり・ゆう…小・鳥・遊…?!

小鳥遊…ミラ…Mirror…鏡…鏡子!!

それは…残されていた物語…。

私はそれにのめり込んだ…。

どうやら私はパンドラの箱を開けてしまったようだ…。

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