第17話 曇りの日



『エオトニアと我が国の友好を快く思わぬもののしわざでしょう。これに惑わされぬことこそ、未来への道と信じましょう』

『メーティス陛下の騎士、イファンシ殿のおかげで大事とはなりませんでした。心より御礼申し上げます』


 トラブルの後、帰路につく女王メーティスは鷹揚な態度を示し、聖母ケイラは彼女とイファンシに謝辞を送った。

 借りを作った形になるし、恥ずべき失態だ。

 不審者の侵入を許してしまったのは警備体制の問題だが、イファンシに対応させてしまったのは一緒にいた俺のミスとしか言えない。



「落ち込んでもしょうがないでしょ」

「噂の薬物兵士って話だぜ。死体から安堵薬モルッペ反応が出たってよ。ザオゾウの連中、イカれてるってのは本当らしい」


 カレッサガレージのモニターで昨日の報道を無言で睨んでいる俺に、エメテラが呆れた声音で、ヒューロウは努めて明るい調子で話しかけてきた。

 彼らにも迷惑をかけた。

 失態を繰り返すわけにはいかず、警備兵とは別にシゼドール一行の周辺、行き先を徹底的に監視した。ハーノは聖母ケイラの周辺を。


「いい、狙われたのはあんたよ。シェミィ。卑怯な手段で」

「……」


 狙撃された弾道は俺に向かっていた。

 残っていた痕跡から、最初は正面玄関側を狙っていたらしいこともわかっている。

 貨物側に移動したから標的が変わったのかそうでないのか。しかし狙撃者は騎士を殺そうとしていたのも事実。

 他の人間を狙っていたのなら対物ライフルなど必要ない。



「要人暗殺なんてずっとなかった。警備の不手際の方が大きいでしょ」

「シゼドールの連中が来るより前から潜んでいたんだろ。シェミィがどうにかできる話じゃねえって」

「わかっている」

「だったらふくれっ面をやめなさいよ。子供みたいに」


 当面は厳戒態勢の為、いつでもカレッサを動かせるようガレージ近くの待機部屋に詰めている。

 ふくれっ面などしていないが、笑顔でいられる気分でもない。

 休憩から戻ったエメテラが、姉のように俺を責めた。



「あれか、イファンシの前で恰好つけられなかったから拗ねてんのか?」

「そうなの?」

「違う」


 ヒューロゥの戯言にわずかに納得しかけたエメテラに短く否定した。

 下らない。


「母ケイラに恥を掻かせた。その場にいた俺が先に気づくべきだった」

「一キロ先の茂みに潜む狙撃手を雨の中見つけろってさ」

「まあ無理ね。その距離で必中なんて芸当、できる狙撃手は何人もいないでしょ」


 超長距離狙撃を成功させるのは極めて難しい。当たり前だが。

 ライフル弾とて真っ直ぐ飛ぶわけではなく、風の影響も受ければ温度湿度でもブレる。

 専門の訓練を受け、薬物で異常な集中力を得ていたとしても、そうそうできる話ではない。


「わかっている……つもりだ」


 悪い偶然が重なった出来事で、自分ひとりの責任ではないことくらい理解している。つもりなのだが。

 どうにも胸中が収まらないのはやはり腹が立っているのだろう。

 自分を責めても仕方ないがそうせずにいられない。エメテラに言われた通り子供のよう。



「……少し休む」

「おう、そうしろって言ってるだろ」

「警戒が厳しくなりすぎてなんもないわよ。ゆっくり休みなさい」


 重要人物近辺の安全確認や何かであれば、騎士などより捜査機関の方がずっと有能だ。

 狙われたのは騎士であり、こうしてガレージに引っ込められたのを考えてみても今は役に立たないということ。

 休憩する。

 次に何か事態が動いた時に、万全な状態で臨めるように。


「お前を狙った奴にはらわた煮えてんのはお前だけじゃねえ。それくらいわかっとけよ、シェミィ」

「……悪かった。感謝する」

「おう」


 ヒューロゥのぶっきらぼうな言葉に自分の視野が狭まったことに気づかされ、苦笑と一緒に少し体から力が抜けた。



  ◆   ◇   ◆



「どう思う、あれ?」

「見ての通りでしょ」

「あんな感情的なシェミィは初めて見たぜ。例の危険な兆候ってわけじゃねえのか?」

「あれで危険って言うならあんたはどうなのよ」


 エメテラは軽く息を吐いてヒューロゥに渋い顔をさせて、それから軽く微笑んだ。


「かわいいじゃない、意外と」

「そうかぁ?」

「お友達にカッコいいところを見せられなかったって。単純な話よ」


 先ほどまでシェミィが座っていた場所を眺めてもう一度くすりと笑う。


「感情の読めない子だと思っていたから、私はむしろ安心したかしら」

「そりゃまあ……」

「母ケイラに恥を掻かせたって言うのも本当。別に揺らいでいるわけじゃないわ」


 ならいい、とヒューロゥも深く息を吐いて少し肩を落とした。

 いらない力が入っていた。

 それも仕方のないこと。



「カルメの装主に異変があったらって、よ」

「シェミィに限ってそんな日は来ないわよ、きっと」

「……だな」


 二人は知っている。

 先代のアナンケとヒマリアの装主がなぜ死んだのか、シェミィの知らない事実を聞かされていた。

 そんな日が来ないことを祈るように、もう一度頷いた。



  ◆   ◇   ◆

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