第16話 謀の目
「もし自由に――」
「イファンシ様たちはあちらに」
さらに詮無いことをイファンシが言いかけたところで倉庫の奥側から複数の人が入ってきた。
両国の研究員とその護衛など。
シゼドールの科学技術局長のテナスは一目で記憶に残る。顔の半分が焼けただれている女性だった。
「残念、用事は済んじゃったみたいだね」
「そうだな」
「筆頭騎士が並ぶ姿というのはそう拝めるものじゃない。なかなか興味深い光景だなぁ」
ぎょろりとした目玉が印象的なラクレイデ主任研究員の弾んだ声を受けて、一歩離れた。
他国の騎士と近すぎるのは無用な誤解を招く。
「いやいや、御二方の距離が近いことは喜ばしい。両国の親密な関係を表しているようだ」
「母ケイラが望み、エオトニアの幸福となるのであれば」
「どうですテナス局長。我らが誇りシェミィ・ノール卿は噂通りに堅物でしょう?」
「ひゃはぁ、噂以上だってイファンシが言ってた通りだよ」
テナスの顔は左の額の上から鼻、右唇辺りまで火傷で
楽し気な声音でラクレイデの言葉を肯定しながら、その奥の眼が俺を捉えて鈍く光る。
テナスの顔の怪我がどういう経緯か知らないが、科学研究などしていればそんなこともあるのだろう。
「【糸斧】カルメの装主殿。結い環は先代ブロンテ卿から譲られたのかい?」
「母ケイラより授かった。元の持ち主はそうだと聞いている」
「あぁ、そりゃあそうに違いない。ひゃひゃっ」
俺の左手薬指を見て尋ねておきながら、さも当たり前のように頷いた。
カレッサを駆動させるのに必要な結い環は騎士の証だ。白金色のねじれた指輪。柔らかみがあって伸縮するから金属とは違う。
当然、イファンシの指にもはめられている。
「バシフロラを相手に見事なもんだったよ。さすがはエオトニアを代表する騎士様だ」
「他の誰かでも同じようにしていた。たまたまだ」
「謙遜することぁない。カレッサの副椀を折った武器も気になってたのさぁ」
「装主の技量だって言うんだけど」
火傷の痕と、火傷に近い前髪が真っ白なので高齢かと思い込んでいたが、話してみると中年から初老のようだ。やけに気さくなのはイファンシの言うところの『雑』なシゼドールの気風なのかもしれないが別に不愉快ではない。
賛辞と合わせて技術屋らしい関心を話すテナスに、ラクレイデはあいまいな笑顔で肩をすくめた。
骨断ち包丁はラクレイデ主任が設計したと聞いている。ただ巨大なだけの包丁ではない。カレッサの異常な強度に負けないように三角形の構造を重ね合わせて巨大な包丁形状にしたとか。
決定打までではなかったが、バシフロラの副椀を折ってもあの骨断ち包丁は折れなかった。十分な成果だ。
おそらく今後の武器開発に応用されるはず。
「誰も彼も、カレッサに通じる武器なんて諦めてるのが本当さぁね。神様を引っ掻いただけでもあたしゃ嬉しいじゃあないのさ。ひゃっ」
カレッサ開発の頃の文明から衰退し、カレッサを傷つける武器など作られなかった。
超硬弾のような鉄の塊ではなく、機神を斬る剣を打ったと見れば賞賛に値する。
「今の技術でもできるってわかっただけで十分。騎士様の腕もあってのことだってわかっちゃいるよ」
「ボクらも無駄めし食いって言われないで済むから今回の成果は嬉しいんだ。今さらだけどシェミィ殿に感謝してる」
「俺は役目を務めているだけだ」
「こうして近くで話せるんだから、雨も悪くないねぇ」
倉庫の外の雨空を見てにやりと頷くテナスにつられて、皆が外に視線を向けた。
と、その視線が戻る前にテナスが一歩俺に近づく。
「あまり近くに――」
「あたしゃこの通り目が悪くてね。ちょいとしっかり見させてほしいのさ」
「……」
やけに騎士との距離感が近いのもシゼドールの人間だからか。
どうするか迷った次の瞬間だった。
「動くな!」
「っ!」
イファンシが叫んだ。
俺の左手にあった金属製の台座を片手で掴み、振り回す。
外に向かって。
「ふっ!」
だぁんっ!
爆発するような音を立てた。
遅れて別の音も届く。発砲音と、雨粒を切り裂くように迫ってきた大口径の銃弾の軌跡。
遠距離から狙撃された。
「すまない」
「いいっ!」
「伏せて下さい! 伏せて!」
悲鳴と怒号の混乱の中でイファンシに詫びるが、ひしゃげた金属台を盾のように転がしながら否定される。
イファンシは外を見て狙撃手に気づいた。俺はテナスに気を取られていた。
俺が迂闊に動いて周囲を巻き込まないように動くなと言ったのだ。
「対物ライフル!」
「わかった!」
た、た、と二歩で建物から飛び出し、濡れたアスファルトに三歩目を踏みしめる。
方角、距離はおよそわかった。
雨のせいで視界が悪いが、数秒で逃げられるはずもない。
イファンシが対物ライフルだと言ったのは二射目がすぐ来ないと知らせる為。反動が強すぎて狙いをつけられない。
他国の騎士であるイファンシが対応するより俺が対応すべき事案。襲撃。
「っ!」
地面が歪むほど強く蹴る。後ろの者たちは急激に加圧されたアスファルトから吹きあがった水蒸気で視界を失っただろう。
音速を超える。雨粒がはじけ飛び、行く手を遮る木々を払いのければ粉々に砕け散る。
ライフルの弾速には及ばなくとも特急列車のような勢いで、発砲音の発生場所まで数秒で詰めた。
「ひぃっ! くそっ」
がちゃんと金属音を鳴らしながら長い筒を振り回す迷彩柄の服の男。
超長距離狙撃を可能にするスナイパー。雨にまぎれて気配を察知できなかったが、近くに仲間はいない。
「やらせん」
長い銃身を上に払いのけた。
同時に轟音と共に強い衝撃が響く。
「く」
「う、がぁぁっ!」
払いのけた俺の手が、遅れて強い熱を感じる。
銃身が焼けるほど熱くなっていた。秘密裏に持ち込んだ為、使い捨ての構造だったのかもしれない。
悲鳴を上げた狙撃手の肩がだらりと下がり、ライフルを落とす。
肩が外れていた。
無理な姿勢での発砲による反動のせいか、俺が払いのけた衝撃だったのかはわからない。
「ば、っけもの、がぁ」
「どこの手の――」
相当な訓練を受けている兵士。普通の人間なら騎士と接触した衝撃だけでひっくり返りそうなところだが。
憎々し気に呻きながら、しかし口元が上がる。にぃ、と。
「っ!」
「お前も死ねば俺は」
飛び退いた。
何も考えずに飛んだせいで茂みに突っ込むがどうしようもない。
目の前が真っ白に染まった。
ガァァァァッ!!
「ぐぅっ」
光熱と衝撃を顔に感じながらさらに下がる。
「く、焼夷手榴弾か!」
目の前で使われたのなら対応できた。
そうではない。俺が迫る前、おそらく狙撃に失敗した直後に既に足元に転がしてあったのだ。
騎士と相対して勝てるはずがないのだから、自分の命を餌にして俺を仕留める為に。
「なんとも……」
雨の中でも強く燃え上がって狙撃手を焼く炎を見ながら、顔に張り付いた葉を拭う。
視界も音も妨げる雨のせいでとんだ失態だ。舌打ちもしたくなる。
せめて、忌々しいこの火がエオトニアの山に広がらないことくらいが救いか。
◆ ◇ ◆
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