第15話 似た者



「騎士様を雨に濡らして待たせるわけには参りません。技研内は広い区画も多いですから、どうぞ中へ」


 建物内に入ることを拒む俺に、技術研究所の女性職員が手を合わせて懇願する。

 彼女の視線がちらちらと俺の横隣りに向いて、困惑のまなざしで。


「僕は構わないけどね。シェミィの判断に従うよ」

「……わかった」


 曇天の朝。

 シゼドールの技術者や護衛は、エオトニア国立技術研究所本部の建物に入っていった。


 聖都の外れ、郊外の立地で周囲は緑が多い。

 俺とイファンシ、その他数名だけが外に残って待機していたのだが、いよいよ雲行きが怪しくなってきて遠くに雷鳴も響く。

 中に入るよう促す職員の女性も、このままでは雨に濡れることになるだろう。



 ぽつ、と。

 一滴の雨が頬にかかるのを受けて、仕方なく頷いた。


「貨物側のシャッターを開けてくれ」

「それは……いえ、わかりました。すぐに」


 重機や戦車も出入りするシャッターを指した俺に戸惑いながら、職員は何度か頷いて振り向いて建物側に大きく身振りで伝える。

 シャッターを開けと。


「なるほど、気を遣うもんだね」

「正面入り口で一般人に近づきすぎるのは危険だ」

「うっかり避けようとしただけでガラス戸が粉々になるかな。もちろん、シェミィの言う通りでいいよ」


 建物側面の貨物入り口に歩き出すイファンシに続く。彼女の履き物は平べったい靴底で、いざという時に十分な力で地面を蹴る為の造り。

 全力で走れば分厚いコンクリートにも足型が残るはず。

 ガラガラと音を立てて開かれるシャッター前まで来ると、急かすようにぱらぱらと雨粒が落ちてきた。



「すみません。騎士様を裏口にお通しするとは考えていなくて」

「構わない」


 シャッター入り口付近は慌てて片付けたように物が端に避けられていたが、奥側ではまだ作業員が大きな乗り物にシートを掛けている。

 エオトニア軍の戦車か航空機か。技研本部の倉庫にあるのだから開発中の新型の可能性もある。

 カレッサとは比較にならない戦力だが、他国の人間に見せびらかすようなものでもない。


「ごめんごめん。見ないようにしておくから」

「そうしてくれ」

「さすがに砲口の前に立つのは怖いから避けておくよ」


 生身で戦車砲を食らえばさすがに騎士でも死ぬ。

 照準を合わようと駆動したらその音で察知できるし、そもそも今は中に誰も乗っていないことも音でわかる。

 しかし暴発なんてこともあるかもしれない。意図せずか、意図してか。どちらにしても。

 出入口中央から少し脇に寄って、灰色の雨空を二人で見上げた。



「エオトニアはやっぱりシゼドールとは違うね」

「俺はシゼドールを知らないから答えようがない」

「ちゃんとしているんだよ、騎士の扱いが。シゼドールは良くも悪くも雑然としてるって感じかな」

「筆頭騎士のお前がメーティス女王の警護につくと思っていたが」

「ははっ、シェミィがそう考えると思ってこっちに来たんだよ。嬉しい?」


 いたずらっぽく意味不明な問いかけを続けたイファンシに溜息だけ返す。意味がわからない。

 俺たちの後ろで、声を掛け合いながら金属製の机を持ち上げる職員たち。

 机やテーブルではなくて、おそらく砲弾などを並べる台だ。数人がかりで運んできて俺の後ろに置いた。


「騎士様、せめて水を」

「あぁ」

「ありがとう、助かるよ」


 水差しとコップも金属製。

 二つのコップに注がれた水の片方をイファンシは何のためらいもなく口にして、用意した職員に礼を述べる。

 騎士は余計なものを口にしないが、当たり前に水は飲む。技研の職員としてはできるだけの気遣いだ。



「慣れている感じだな」

「言っただろ、シゼドールは雑なんだ。女王陛下にしたってちょっと型破りな性分してるから」

「メーティス陛下は……確かに、常識に捕らわれない御方らしい」


 シャッターの外、町から反対方向の山々を見渡しながら俺も水を飲んだ。

 騎士を連れて他国を訪問するなど聞いたことがない。六十を数えるはずだが、頭の固いタイプではないのは間違いない。

 そもそも国のトップが他国に行くなど格下と侮られかねない行動。エオトニアからすれば受け入れやすかった。

 現実の国力差はともかく、プライドの問題や国内の政情も簡単な話ではないとはず。

 来訪することでそれ以上の利益があるのか、政治家ではない俺には皆目わからない。


「変わり者だって自分で言ってるよ。ケイラ猊下はほんと聖母様って感じがする」

「ああ、あの方こそエオトニアの母だ」

「ずいぶん心酔しているんだ」

「当然だろう」

「うん、そうだね」


 少し首を傾けながら、イファンシは目を閉じてゆっくりと頷いた。


「ほんと、君こそ騎士って感じだね。シェミィ」


 彼女もまた自分が仕えるメーティス女王を誇りに思っているはず。国は違っても同じこと。



「ザオゾウの騎士とは大違いだ」

「どうだろうな。あまりいい話は聞かないが、実際にザオゾウ国内でどうなのか」

「気に障った相手を殺してもお咎めなしってのは本当だよ。市民虐殺の噂は裏取りしてないけど、御付きの侍従を八つ裂きにして庭木に吊るしたのはうちの諜報員が確認してる」

「……」


 ザオゾウ共和国の内情について、エオトニアでは悪し様に偏って報道されやすい。

 敵国なのだから仕方がないが、どこまでが事実なのかわからない。


 戦場で見るリジー達ザオゾウの騎士の様子から察する限り、彼らが品行方正な振る舞いをしていることはないだろう。一般人を嬲り殺して何も咎められないというのも信じられないが、そんなこともありそうだと納得もできる。


「彼らはだいぶ自由に生きてるって」

「あれは自由ではなく身勝手と言うんだ」

「カレッサの選定も独特で、【貫彗】トゥリパの前任装主を殺してバーンが後継になったのも事実だってさ。自分の名前もトゥバーンに変えたりとか」

「野蛮人のすることだろう」

「強くなければ騎士の存在意義がない。人道には外れているけど理には適っているかな」


 力がなければ守れない。

 ザオゾウ共和国のやり方には不快感を覚えるが、手段を選ばないから最大勢力の国家を維持している。


「エオトニアに生まれたことをあらためて神に感謝する」

「彼らからすればザオゾウで生きる為にそうするしかなかったんだと思うよ」

「誇りもなく恥知らずに生きるくらいなら死んだ方がマシだ」

「シェミィは厳しいなぁ。もちろん僕もリジーなんか嫌いだけどね」


 雨の降り続く空の東をちらりと見てイファンシが苦笑する。

 あばずれなどと呼ばれていたし、彼女も俺にリジーの首を取れとけしかけていた。敵国という関係とは別に個人的な悪感情もありそうだ。




「【王秤】レダの動きは見たな?」

「何度も見返したよ。さすが世界最強、疑いの余地がない」


 トゥリパの話が出て、そのトゥリパの大槍を受け止めたレダのことを聞いてみようと思った。

 手にしていたコップを鉄の台に置いて大きく首を振る。挙手挙動が大振りなのはイファンシの癖らしい。


「一対一であれを倒す手段はないね。トゥリパの一撃を受け止めたってことは、あれは防御寄りのカレッサだ」

「ただの防御型ならともかく、パワーもけた違いな上にあの動き。クーロイに手出しできない理由を思い知らされた」

「正面からの打ち合いでもおそらくバシフロラを凌ぐ。あれは反則だよ。まあカレッサ自体が反則みたいな存在なんだけどさ」


 溜息交じりに言いながら、しかし平然とした態度で確信した。



「対抗策があるんだな」

「……おやおや、もしかして僕は軍事機密を探られているんだろうか?」

「別に話せと言っているわけじゃない。俺もいくつかプランは考えた。成功率は言いたくもないが」

「ま、そりゃあね。僕だってシゼドールの騎士だ。戦争の全権代理人として、万一の時に無為無策ってわけにもいかない」


 カレッサ装主として、国を守る義務がある。

 レダが敵になった場合に打つ手なしというわけにはいかない。正面から勝利するのは困難でも対抗手段は考えておく。

 敵対すべきではないというのが前提だとしても。


「君が知りたいって言うなら、僕は話してもいいんだけどさ」

「いいはずが――」

「シェミィ、君は」


 すい、と。体を寄せられた。

 あまりに無防備に、不適切な距離で。

 互いの鼓動すら聞こえてしまいそうな近さ。海を思い起こさせるイファンシの匂い。


「君が知らないことを教えてあげてもいい。僕と一緒同じ道を歩いてくれるならね」

「……」

「君は僕と似ている……いや、同じだよ。そう思う」


 丸みのある輪郭は優し気で、やわらかく整った顔立ち。俺とは違って人に親しまれやすいはず。

 触れてしまいそうなほど間近で、わずかに見上げてくるイファンシの瞳はふざけているわけでもない。真っ直ぐに俺を映したまま。

 俺が頷くわけもないのに。


「……」

「やっぱり、君は優しいな。シェミィ」


 くすっと笑って半歩離れた。


「突っぱねられるかと思ったけど、僕が本気だから困ったんだろ」

「お前はともかく他の者が怪我をするかもしれない」

「僕を傷つけないように考えて答えに迷ってた」

「答える必要もない話だ」

「そうかな?」


 くるくると表情が変わる。俺とはどこも似ていない。

 シゼドールには年の近い騎士がいないから、似ていると思い込んで妙な距離感なのだろう。

 エメテラが映画の物語に思い焦がれる感覚だと察する。



「もし自由に──」



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